コントロールラインを通過した瞬間、角田裕毅はステアリングを殴りつけた。

 F1第11戦オーストリアGP、予選Q2最後のアタック。傍目にはほぼ完璧なアタック見えたが、ターン7の入口でわずかにリアがスナップして、ステアリングを修正した。2位から14位までが0.4秒にひしめく超僅差のなかでは、そんなほんのわずかなタイムロスが命取りになる。

 そのミスでQ3進出を逃したことが、角田には直感的にわかっていたのだ。


角田裕毅の走りはファンを大いに喜ばせたが... photo by BOOZY

「普通にミスしたというか、リアが出てしまっただけです。僕のせいです」

 予選後の角田は、珍しく苛立ちを隠そうともしなかった。メディアからの質問にも、怒気を含んだ声で、早口で短く答えるだけ。

 マシンの仕上げやレースがうまくいかない時、去年まではこういう態度を取ることが時々あった。しかし、今年はまだ一度もなかった。それだけF1ドライバーとしての成長を遂げていた。

 だが、今回の怒りは、自分自身に向けてのものだった。

「今日はQ3に行く速さがあったと思います。セットアップもうまく煮詰めて、マシンのポテンシャルは最大限に引き出せる状態まで持っていけたと思います。チームはいい仕事をしてくれたと思うんですけど、僕自身がアタックラップをまとめられなかったので、これは僕の責任です。本当に残念です」

 前戦スペインGPでは投入したアップグレードがうまく使いこなせず、RBは大きく低迷。そこから立ち直るべく、このオーストリアGPでは2台で新旧の仕様を分けて実戦テストに徹することを決めた。

 そんななかでも、チームは必死の改善努力でマシンをQ3争いができるところまで仕上げてくれた。それに対して結果で応えることができなかった。そんな自分に対する怒りだった。

 この週末、チームメイトのダニエル・リカルドが新型パッケージをトライし、角田は旧型パッケージを担当した。ある意味では、チームの成長のために自己犠牲を払ったのが角田だった。

 実際に3日間の走行を経て新型パッケージの効果は実証され、パフォーマンスとしてはリカルド車のほうが高そうだった。

【曲がりきれずに高速スピンを喫した代償】

 ビークルエンジニアリング責任者のジョナサン・エドルスはこう説明する。

「ダニエルが(新型と旧型の)ミックス仕様で、裕毅は旧スペックだ。それらがどのように機能しているかについては、理解を深めることができたと思っている。

 スプリントレースのあとは、かなりのセットアップ変更を施した。だが、それは空力パッケージではなく、今週末ここまでの走行のなかで抱えていた課題を改善するための変更だ。先週のバルセロナと比べても、そして今週の金曜日と比べても、予選・決勝のほうがうまく機能していたと言える」


角田裕毅にとって苛立ちの多い週末となった photo by BOOZY

 金曜午後のスプリント予選、角田はターン7出口の縁石でフロアを破損し、直後のターン9で曲がりきれずに200km/h超えの高速スピンを喫する場面があった。

 そのせいでスプリント予選とスプリントレースを棒に振ったばかりか、コースオフで外部からの衝撃を受けたパワーユニットも確認のためHRC Sakuraに送り返すことになり、最もフレッシュなエンジンから最もマイレージの進んだエンジンに交換せざるを得なかった。

 ホンダのパワーユニットは、ライバルに比べて走行距離による出力低下がほとんどないとはいえ、まったくのゼロではないため多少の不利もあった。

 決勝では、11番グリッドスタートのリカルドは早めのピットストップでアルピーヌ勢をアンダーカットし、ハース勢と戦いながら最終的に9位フィニッシュを果たした。

 角田は逆に、第1スティントを可能なかぎり引っ張る戦略。一旦は後方に下がったもののタイヤ差を生み出して、ペース的には優位にレースを進めた。

 だが、2回目のピットストップでライバルの後手を踏み、なおかつピットアウト時にクラッチのトラブルで加速が遅れた。アウトラップでランス・ストロール(アストンマーティン)にも抜かれ、気づけばピットイン前に争っていたアルピーヌ勢から12秒も差をつけられてしまった。

「スタートはよくて、途中まではアルピーヌ勢とダニエル(・リカルド)のうしろを走っていて、最初のスティントは悪くなかった。ですけど、2回目のピットインするタイミングが遅かったです。ピットアウトしたらアルピーヌ勢のはるか後方で16位まで落ちていたので、いったい何が起きたのかわかりませんでした。ミステリーみたいなレースです」

【わずかなミスで週末を棒に振ってしまった】

 ライバルより7周ほどフレッシュなタイヤで追い上げるはずだった最終スティントも、ハードタイヤのペースは思いのほか伸びず、14位のままレースを終えた。

「先行していたダニエルはアンダーカットをするために早めにピットインさせることにして、裕毅は早くピットインするメリットがないから長くステイアウトさせて、3スティントを均等割でタイヤのパフォーマンスを最大限に使う戦略を採ったんだ。最後にタイヤのアドバンテージを使って追い上げることができればと思ったんだけどね」(エドルス)

 角田としては、予選のわずかなミスがこのような大きな差につながってしまった。それが自分のせいだということがわかっているだけに、自分自身と真摯に向き合い、成長するしかない。

「自分のパフォーマンスを最大限に引き出せなかった部分もありました。いろいろと学んで、これからに向けて修正していきたいなと思います」

 それでも2台で収集したデータが、さらなるマシン改善につながることは間違いない。アップグレードパッケージにはまだポテンシャルがあり、RBが得意とする低速コーナーも少なくない次戦イギリスGPで、しっかりとそのポテンシャルを最大限に引き出すべく「チームは懸命な努力を続けている」と、エドルスは語る。

「まだまだ学習の途上だし、これからさらにしっかりとデータ分析を進めていく必要はある。このアップグレードパッケージのポテンシャルを、まだすべて引き出しきれていないからね。

 そのパフォーマンスを最大限に引き出すためには、セットアップ面をさらに改善する必要があることも理解している。セットアップとドライビングを適応させていくことで、さらにポテンシャルを引き出していけるはずだ」

 角田としては、チームのために大きな自己犠牲を払い、挽回のチャンスがありながらも自分のミスで棒に振ってしまった週末。

 その悔しさと苛立ちは、ただの感情ではなく、自身の成長へと変えて次に進むしかない。