6階級制覇も睨む26歳が見据えるは“モンスター”の背中――特筆すべき中谷潤人の進化と近未来【現地発】

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日進月歩で進化を続けてきた中谷。その底知れぬポテンシャルに対する評価は日増しに高まっている。(C)Getty Images

「スーパーフェザー級くらいまでいけたらなと」

 世界的に関心が薄いとされる軽量級の選手でありながら、26歳にして3階級制覇を成し遂げた中谷潤人(MT)の欧米での声価は高まり続けている。ここまで27戦全勝(20KO)の戦績を残す万能派のサウスポーは、米老舗誌『The RING』の「世界で最も価値がある」とされるパウンド・フォー・パウンド(PFP)ランキングでもすでに10位にランクインされている。

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 同誌のPFPは、禁止薬物使用と体重超過のライアン・ガルシア(アメリカ)にKOされ、その後に結果が無効試合に変更されたデビン・ヘイニー(アメリカ)をランキングに戻すかどうかで現在、パネリストの間で激しい議論が展開されている。その際にも「中谷をランキングから落とすとすれば残念だ」という声も挙がっているくらいだ。いまだ「未完」の印象があるにもかかわらず、“ネクスト・モンスター”がこの位置まで上がってきた事実は特筆すべきことに違いない。

 7月20日、両国国技館で挙行される次期防衛戦では、いよいよAmazonプライムビデオが主催する興行のメインイベンターを務める。指名挑戦者のビンセント・アストロラビオ(フィリピン)は、昨年5月にジェイソン・モロニー(豪州)に敗れているが、侮れない実力者だ。

 この一戦では勝敗ではなく、中谷がどんな勝ち方をするかが注目される。目先の勝利だけではなく、それに付随したストーリーと評価が問われる段階に彼は差し掛かって来たのだ。

 今後、“ネクスト・モンスター”にとって重要になるストーリーラインは2つ。まずはどのあたりまで階級を上げられるか、だ。

 身長173cmの中谷はフライ、スーパーフライ、バンタム級と階級を上げる度に迫力を増してきた。今年5月に『The Ring』のために筆者が行ったインタビュー時には、本人も減量苦が和らいだ好影響を語っていた。

「階級を上げることによってプラスの方が大きいなとは感じています。スピードが上がりましたし、パンチのキレも感じられます。いい方向に作用しているんでしょうね。試合に挑む過程でもそれが感じられます。体重調整が関わってきているのでしょう」

 6回TKOで圧勝した2月のアレハンドロ・サンティアゴ(メキシコ)戦はバンタム級での初戦ながら、これまでで最高とも思える内容だった。昇級するごとに派手な勝ち方ができるという凄みは、スーパーフライ級(オマー・ナルバエス)、スーパーバンタム級(スティーブン・フルトン)への昇級初戦がおそらくキャリアのベストファイトだった井上尚弥(大橋)を彷彿とさせる。そして中谷の場合、年齢、身長を考慮しても、まだまだ上の階級でも戦えそうだという点が興味深くもある。

「(現在、普段の体重は)61、62キロです。(将来は)スーパーフェザー級くらいまでいけたらなと。骨格的にはいけるんじゃないかと思います」

 そんな本人の言葉通り、現在戦っているバンタム級からさらに3階級上のスーパーフェザー級まで制し続けたとすれば、中谷は6階級制覇を果たすことになる。

 もちろん、ここから先の階級でも力が通用すると示されたわけではない。気が早い話ではある。ただ、ここまでまったく底を見せていないサウスポーは、さらなる昇級の過程で強敵も倒してしまうのではないかという可能性を確実に感じさせる。ボクシング・ファンは長期間にわたって中谷の挑戦を楽しむことができそうだ。

互いに意識をさせるコメントを残す井上(右)と中谷(左)。この両雄の対戦を望むファンは少なくない。(C)Getty Images、(C)Takamoto TOKUHARA/CoCoKARAnext

井上への野心があるからこそ重要になるのは――

 中谷に関してもう1つの注目ストーリーは、“モンスター”井上との「日本人スーパーファイト」が実現するかどうか。中谷がPFPランキング入りを果たし、さらに2人の活動階級が近づいている現況から、ここにきて対戦がファンとメディアの間でも話題になる機会も増えてきた。

 比較的、控えめなコメントが多く謙虚な中谷だが、井上との対決にはかなり以前から希望を公言してきた。対する井上も全米記者協会の年間表彰式で渡米した6月上旬に、米スポーツ専門局『ESPN』の試合中継でインタビューを受け、こう述べている。

「(中谷は)今の時点ですごく良い選手ですし、非常にこの先、対戦相手の候補の1人としてすごく楽しみな選手ではありますね」

 すでに欧米でもこのマッチメイクを“いつか見たい”というリストに組み入れるコアなボクシング・ファンが増えている。近い将来、『ジャパニーズ・ドリームマッチ』が挙行されるかどうかは世界的な興味を呼びそうな予感がある。

 ただ、少なくとも向こう1年以内といったスパンで実現するカードではないだけに、先走り過ぎるべきではない。このレベルのビッグマッチは当人たちの意図だけで決まるものでもない。何より中谷自身には、まだ井上と比べて自分のステイタスが足りないという思いがあるようだ。

「もっと評価を上げないといけません。周囲の人が最も期待してくれる状態でやれればと思うので、そのためにはバンタム級の統一だったり、複数階級制覇だったりというのが必要ですよね。もう少し時間がいるなとは思いますけど、なるべく早くできるようにいい試合をしていきたいです」

 そんな野心があるからこそ、ここからの毎試合が余計に重要になってくる。目前に迫ったアストロラビオ戦でも内容が問われてくるのはすでに述べた通りだ。統一戦や複数階級戦をこなし、そこでも1戦ごとに支配的な強さを誇示していった時、ついにモンスターの背中が見えてくる。

 それらは簡単なことではない。だが、井上以外にもこんな壮大な期待が抱けるボクサーが日本から出てきた事実を私たちは喜ぶべきだ。“ネクスト・モンスター”が新たなステージに足を踏み出したことで、「日本ボクシングの黄金時代」はもうしばらく続きそうな雰囲気が濃厚に漂ってきている。

[取材・文:杉浦大介]