スペインのタルゴ社がドイツ鉄道向けに製造する「ICE L」の模型(撮影:橋爪智之)

2024年3月、ハンガリーのコンソーシアムであるガンツ・マヴァグ・ヨーロッパは、スペインの鉄道メーカー大手タルゴ社の全株式を6億1900万ユーロ(約1050億8600万円、1株当たり5ユーロ=約850円)で買収するオファーを提示、3月7日にスペイン国家証券市場委員会(CNMV)へ買収に関する申請書を提出した。

EUの規則では、あらゆる買収に関して、ルールに則った手順を踏めば阻止することはできない。今回のハンガリーによる買収提案も、不備がなければスペイン側はこれを阻止することができない。しかし、スペインのオスカル・プエンテ運輸相は、あらゆる手段を講じてでも政府はこれを阻止すると述べた。

「親ロシア」国への技術流出を懸念

スペイン政府は、自国の技術が他国の手に渡ることを望んでおらず、とりわけタルゴ社が保有する高速鉄道技術が流出することに強い懸念を示している。

しかし、それよりもさらに大きな懸念がある。ハンガリーのオルバン政権は親ロシア派として知られ、EUに属しながらロシアとの強い絆が指摘されており、この点でスペインはタルゴ社がハンガリーの手に渡ることに危機感を抱いている。

ガンツ・マヴァグ・ヨーロッパには鉄道車両メーカーのマジャール・ヴァゴン(55%)とハンガリー国営投資ファンドコルヴィヌス(45%)が参加しており、これらはオルバン政権が支援している。

【写真】スペインのタルゴ社が誇る独自技術の車両や買収に名乗りを上げたガンツの機関車、そして対抗馬のチェコ・シュコダ製車両など(11枚)

タルゴ社は、軌間可変車両(日本でいうフリーゲージトレイン)のパイオニアとして知られるスペイン企業で、車軸のない連接構造など、独自の技術が特徴のメーカーだ。


タルゴ社の高速車両「タルゴ350」(Renfe 102形)(撮影:橋爪智之)


タルゴ社独自技術の車軸がない独立車輪による連接構造(撮影:橋爪智之)

近年は高速列車市場にも参入を試み、2021年にはスペイン鉄道(Renfe)へ106型高速列車「アヴリル」(Avril)を納入する予定となっていたが、開発の遅れによって2024年現在も引き渡しは行われておらず、スペイン鉄道はタルゴ社に対して1億6600万ユーロ(約281億8300万円)の違約金を科している。


タルゴ社の高速列車アヴリルは納入が遅れている(撮影:橋爪智之)

こうした問題が明るみに出たことで、タルゴ社の株価は4%下落し、1株当たりでは4.20ユーロ(約713円)となった。前述の通り、ガンツ・マヴァグ・ヨーロッパは1株5ユーロでの買収を提案しており、これはかなり魅力的な提示と言える。

現在、タルゴ社の株式は投資ファンド、トリランティックが40%を保有しており、残りは小規模の投資家が保有している。トリランティックの保有株売却はすでに数年前から噂となっており、2021年にはタルゴ社のライバルであるスペイン企業のCAF社がタルゴ社の買収を検討していた。

ハンガリーからの思わぬ買収提案に、同国企業であるCAF社による買収の再検討を期待する声も上がっている。ただ、CAF社が買収を検討していた当時のタルゴ社の市場価値は4億ユーロ(約680億円)を下回っており、6億ユーロ以上を提示するハンガリーに対抗するためには、倍額に近い提示をしなければならないという問題がある。


ガンツはハンガリーのメーカー。写真の電気機関車も製造している(撮影:橋爪智之)

スペイン政府が後押し?チェコ企業が名乗り

そんな中、6月に入って新たな話が浮上してきた。チェコのメーカー、シュコダ・トランスポーテーション・グループが、スペイン系の投資持株会社クリテリア・カイシャ(Criteria Caixa)社からの要請に応じて、タルゴ社のパートナーになることを申し出たのだ。


チェコのシュコダが製造したドイツ鉄道向けの電気機関車。同社は長年鉄道車両を作る老舗メーカーだ(撮影:橋爪智之)

4月末には、シュコダ・トランスポーテーション・グループの幹部がマドリードでスペイン運輸省の高官と会合を開き、そこでスペイン政府は同社による参入の可能性を承認している。オルバン政権が後ろ盾のガンツ・マヴァグ・ヨーロッパによるタルゴ社買収を阻止し、ハンガリーへ自国の技術が流出することを防ぐため、スペイン政府が自国の投資会社を使ってEUのパートナー国であるチェコ企業へ接近を試みたことは明らかだ。

だが、これは両社にとって悪い話ではない。タルゴ社側にすれば、ロシアと距離を置くEU域内の企業に買収されることは願ってもないことだ。それだけでなく、タルゴ社はスペイン鉄道向け高速列車やドイツ鉄道向け長距離列車など、同社史上最大規模の契約を複数抱えながらも2つしか工場がないことから、生産の遅延が懸念されていた。すでにいくつもの工場を保有するメーカーに買収されることで、その懸念を払拭することができる。

一方、シュコダ側にとっては、これまでやや手薄だった高速および長距離輸送という2つの分野の技術を一挙に手に入れることが可能となる。スペインが相手としてシーメンスやアルストム、シュタドラーといった業界大手ではなくあえてシュコダを選んだのは、その分野の技術を必要としていると踏んでのことだろう。


シュコダ製の中距離列車用電車(撮影:橋爪智之)

そもそも経営に課題あり

とはいえ、タルゴ社の現状そのものに懸念がないわけではない。前述の通り、スペイン向けの高速列車アヴリルは納入が年単位で遅れており、すでに違約金の支払いが生じている。

また、ドイツ鉄道向けのICE Lと称する新型連接式客車は、同社にとって超大型契約となったものの、新形式に必要な認証試験にパスしておらず、こちらも2024年の運行開始予定が少なくとも2025年夏まで延期されることが決まっている。


ドイツのICE Lに採用されたタルゴ社の連接客車(撮影:橋爪智之)


ICE Lは2024年の運行開始予定が納入遅れで2025年夏以降へ延期された(撮影:橋爪智之)

また、アヴリルはフランスの民間企業、ICE Lはデンマーク鉄道とそれぞれ追加の契約を結んでいるが、これらはいずれもまったくの新形式で、そもそも認証試験にパスすることができるのか、という根本的な部分が未知数となっている。このまま納入延期が続けばさらなる違約金の発生や、最悪は契約破棄というシナリオも否定できない。

タルゴ社は、最終的にどこの国の企業によって買収されるのか、という心配よりも、まずは買収に値する技術力や企業体質を兼ね備えているかをきちんと示すことが最も必要と言えるかもしれない。


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(橋爪 智之 : 欧州鉄道フォトライター)