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ブラックホールとは、テクノロジーを超えた先にあるもの?

2024年4月1日に東京・ZEROTOKYOにて行なわれたライブ・オーディオビジュアル作品『THE TRIP -Enter The Black Hole-』。この舞台芸術作品では、テクノ界のパイオニアとして知られる世界的アーティスト・DJのジェフ・ミルズさんの総指揮のもと、まだ解明できていない部分も多い未知の存在「ブラックホール」の可能性が、5つの理論的なシナリオを通じて探求されました。

インタビュー前編では、「ブラックホールこそがすべての源なのかもしれない」という衝撃的かつ独自のブラックホール観を語ってくれた、ブラックホール先輩ことジェフさん。

後編では、ジェフさんの音楽性とブラックホールとの関係性、ジェフさん自身のテクノロジー観、そしてそれが舞台芸術作品にどのように反映されたのかなどについて、引き続きジェフさんとコラボレーターのCOSMIC LABを主宰するC.O.L.Oさんに話をお聞きしました。

ブラックホールの先には何があるのか? “ブラックホール先輩”ことジェフ・ミルズに聞いてみた

エレクトロニックミュージックは人間的な要素を入れることが大切

──普段から、音数を絞ったミニマルテクノと呼ばれる音楽を制作されていますが、ジェフさんの音楽性はブラックホールとも関係しているのでしょうか?

ジェフ・ミルズ:そうですね。実はブラックホールだけでなく、レコード自体が宇宙を表現したものだと考えています。レコードは盤面を見ると、真ん中にラベルがあって、それを中心に回転しますよね。昔、私がリリースしたレコードの中には、内側に別の溝を刻んで、2曲同時に聴こえるようにした実験的なものもあります。これはそういった特殊な仕掛けで、異なる時空間を表現したつもりでした。

Video: AxisRecords1 / YouTube

今回の公演のサントラもレコード化しますが、実はそのレコードをブラックホールに見立てています。そのレコードは通常とは逆に、針が内側から外側に向かって回りながら再生されます。つまり、レコード自体がブラックホールで、それを聴く私たちはその反対側にいるという位置関係を作ることで、私たちが事象の地平線の反対側にいるということを表現しています。

──お話を伺っているとジェフさんは物事の距離感を重要視されていると感じます。たとえば、宇宙は地球からとてつもなく離れたところにありますよね。そうすると俯瞰的に見ることになるから、そこに見える要素自体はどんどんミニマルになっていきます。でも、実際にはそこにさまざまな要素が詰まっているように思います。それがジェフさんの音楽にも反映されていて、同時にテクノという音楽の本質にもつながっているように思うんです。

ジェフ・ミルズ:なるほど、それは面白い捉え方ですね。実は、今まで宇宙とテクノをそういう風につなげて考えたことはないんです。でも、言われてみれば確かにひとつの感覚がその根底にあるのかもしれません。一見シンプルに見えても、深く聴き込んでいくと複雑な要素が見えてきて、気づけば夢中になって音楽に魅了されている。それが音楽の魅力を伝える上で一番良い方法だと思います。

時々、あえて複雑にしようとすることもありますが、物事はシンプルであればあるほど、多くの人にアプローチしやすくなります。だからそのことは常に意識していますね。曲作りでは、まず全体の構成を考えてから、不要なものを削ぎ落として、必要な要素だけを残すようにしています。これはテクノアーティストとして、長年つちかってきた技術なんです。

そして、リスナーにはどこかへ旅立つような感覚を味わってもらいたい。だから、重要でない音は聴いてもらう必要がないんです。不要な音やアレンジを省いて、よりクリアにすることで、メッセージがダイレクトにリスナーに伝わる。その感覚を理解することで、リスナーは心地よさを感じ、最終的に私の音楽とつながるんです。だからこそ、シンプルでピュアな音楽が好ましいと考えているんですよ。

──今回の公演では、そういったジェフさんの考えを映像演出で実現するためにどういった工夫や苦労がありましたか?

C.O.L.O:僕のバックボーンのひとつはVJということもあって、反射的に音を拾って映像をシンクさせていくスタイルが根付いてしまっているんですよね。でも、ジェフからは今回、すごくゆっくりがいいと何度も言われました。これは「望遠鏡で宇宙を見渡した時、天体は動いてるのかどうかわからないくらい、すごくゆっくり動いている。だから、宇宙のような壮大な空間を感じさせるには、ゆっくり動くビジュアルが最適なんじゃないか」という彼の洞察から来る意見です。

C.O.L.O

僕もアンビエントやドローンといった音楽では、微分的に細分化しても変化していることに気づかないくらいの速度感のライブビジュアルは好んでやりますが、ジェフのテクノのテンポに反比例するようなスピードでのビジュアルは新鮮でした。そういう意味では新しく掴めた映像のグルーヴという感覚はありましたね。

──ジェフさんは今回の公演について、“現実では誰も経験できないこと”を想像力を使って表現したいとも話されていました。これに対する具体的な映像・照明面の演出としてはどのような演出が当てはまりますか?

今回、COSMIC LABは映像・照明のみならず、たとえば、ジェフが公演中に使用していた宇宙船型のコンソールの3Dデザイン・造作も手がけました。

ジェフが船長、僕が副操縦士みたいな役割でしたが、ジェフがスクリーンと対面して観客に背を向け、クルー・観客含む運命共同体のこれからの行方を預かりブラックホールへと突入していくという共同幻想を獲得するために、見慣れた通常のDJブースではなくて、コックピットとして仕上げる必要性がありました。

そして、それを操縦するジェフの存在自体も360度カメラで撮影しながら、本編にライブインサートしました。このアプローチに関しては、本番中に更にアイデアが湧いたので今後試してみたいこともあります。

──最近、海外の音楽メディアのインタビューで、Rolandの「TB-303」のようにシンプルな機材をもっと音楽メーカーは作るべきだとおっしゃっていましたね。現代の音楽機材の中には多機能化をセールスポイントに上げているものも少なくありませんが、やはり、多機能なものよりシンプルなものを上手く使うことを重視されているのでしょうか。

ジェフ・ミルズ:これは私が音楽を作るアイデアに通じることでもありますが、アーティストはプログラマーやエンジニアではなく、もっとミュージシャンであるべきだと思うんです。エレクトロニックミュージックはそもそも機械を使う音楽ですが、そこに人間的な要素を入れることが大切なんです。今は基本的にどんな機材でも1台あればなんでもできてしまいます。だからこそ、アーティストはもっとクリエイティブにならないといけないと思いますね。

そういう意味では、新しい機材は必ずしも必要ではないんです。アーティストは、自分自身の自然なリズムやアイデアを大切にすることで成長できる。問題解決の方法は自分で見つける必要がありますが、そうすることで機材の役割が見えてきます。でも今は、1台の機材でなんでもできるから、アーティストがリズムやアイデアを考える余地がなくなってきているように思います。メーカーが機材を賢くしすぎて、そこまで考える必要がなくなってしまったんです。だからこそ、私たちは"人間のアーティスト"になる必要があるんですよ。

AIが台頭しても再現できないものとは?

──最近は音楽制作の分野でAIが台頭し、音楽制作が以前より簡単になりました。これまでのようにハード機材やソフトで音楽を作るのではなく、AIに移行しつつある状況をどう思われますか?

ジェフ・ミルズ:正直、ちょっと気味が悪いですね。AIがアーティストの代わりになるとは思えません。いつかそうなるかもしれないけど、そうなってほしくはないですね。アーティストとして何かを考え、録音し、それを聴く...という創作のプロセスは変わらないと信じたいです。でも、テクノロジー、特にAIが簡単に何かの代わりになる可能性は否定できません。私たちが深く認識していないものも、いつかはテクノロジーに取って代わられることもあり得ます。

たとえば、近い将来スタジオエンジニアの仕事がなくなるかもしれません。AIがなんでもやってくれるなら、そういう仕事は指示を出すだけの退屈なものになりかねないと思います。それにDJだって、今よりももっとエンターテイナーやイベントのホストにならざるを得ないかもしれないし、逆に選曲やテクニックといった本質的なことが重視されるようになるかもしれません。これに関しては、みんながDJに何を求めるかによるので、まだよくわかりません。

ただ、物事は変化するから断言はできませんが、すべてがAIに置き換わる可能性はあります。今のイベントのお客さんはDJをそんなに気にしていない気がするというか、いろいろ求めてないんですよね。だから、このままだとDJの仕事がAIに取って代わられるんじゃないかという危機感はあります。

でも、AIが台頭したからといって、ミュージシャンの仕事がなくなったり、音楽レーベルが不要になるとは限りません。これはみなさんがアーティストやDJをどれだけ大切な存在だと思っているかに掛かっていると思います。

──以前、ファッションショーでジェフさんがRolandの「TR-909」を使って即興演奏している動画を見ましたが、あれはきっとジェフさんにしかできないパフォーマンスだと思いました。

ジェフ・ミルズ:あの時は、何分間か演奏する時間があるので、即興でやってくださいと言われただけでした。だから、なんでもありという感じでしたね。正直、何をやったのかあまり覚えていないんですが、ひとつだけはっきりと覚えているのは、リアーナが目の前に座っていたことですね(笑)。

──去年のRainbow Disco Clubでも、CDJとTR-909を組み合わせた独創的なDJセットを披露されていましたが、そういった表現は、まだAIには簡単に再現できないと思います。

ジェフ・ミルズ:そう思うのは、あれが単なる機械的なものではなく、肉体的なものだったからです。それに観客の反応があるというのも大きいですね。時々、音を重ねたり止めてみたりしながら、オーディエンスの様子を見て次の展開を考えています。これは、その場の情報を自分の中に取り込んでいるからこそできることなんです。

こういったパフォーマンスのもっと面白い例は、私が以前やったDJとオーケストラのコラボレーションです。このパフォーマンスでは、他の演奏者は楽譜を見ているんですが、私には楽譜がないんです。その時の私は、ミュージシャンでありプログラマーでもあるような立ち位置で、オーケストラの演奏に合わせて即興でDJプレイをしました。

使う機材はTR-909、TB-303、CDJ、ミキサー、エフェクターなどですが、すべて即興なので、どういう順番でアプローチするかは決まっていません。その時々の感覚で、機材を組み合わせて演奏するので、後から再現しようと思ってもできないんです。こういうやり方で曲を作るのは、少なくとも今のAIにはまだ無理でしょうね。

この世には、私たちに理解できない感覚があるはず

──最近では、テクノロジーの進歩でブラックホールのことが少しずつわかってきましたが、ブラックホールとテクノロジーの関係性についてはどうお考えですか?

ジェフ・ミルズ:ブラックホールのような途方もなく大きなものを理解しようとすると、現在の私たちのテクノロジーには限界があるのかもしれません。また、ある種の物理現象は、今の時点では説明できないこともあるでしょう。ブラックホールもまさにそうで、私たちの想像を超えたものがそこにはあるのではないかと思います。

今では、星が死ぬとブラックホールができると考えられていますが、その外側にも私たちには想像もできない巨大なものが存在している可能性がある。それを想像するのは難しいですが、何かがあると考えざるを得ません。なぜなら、ブラックホールを観測してもそれだけでは見えない何かがあるはずだから。

同じように、私たちが理解できない感覚というのもあるはずです。テクノロジーを考える上で、それはテクノロジーと確実に関係していますが、今のテクノロジーでは、それ以上の予測はできません。私たちは宇宙科学や物理学の知識を使って、物理的な限界で何ができるのかを知ろうとしますが、それだけでは説明できないものがあるんです。

つまり、その限界を超えてしまうと、ブラックホールの中から出てくるものがあるということを理解できないんです。最近、それを説明する方法が発見されたそうですが、実際にはそのような方法では到底説明できないでしょう。ですから、遅かれ早かれ、数字などでは計算できない事象が出てくるはずです。そう考えると、近い将来、テクノロジーの限界に達することが予想されます。

C.O.L.O:テクノロジーは人間の願いや欲望の外在化であり、切り離せない相互依存関係にあると思います。たとえば、初めて飛行機で大西洋を横断したリンドバーグは、成功に導いた愛機を生き物に例えているんですよ。飛行中に生命と死を鋭く感じる中、どちらも相手の誠実さに依存していて、横断飛行を成し遂げたのは自分でもなく飛行機でもなく"我々"だったっていう表現を使って、大西洋上で得た完全なる人間とマシンの一体化を回想していたんです。もちろん、このバランスが崩れると歯車がズレてしまい、破滅的な方向へ進むこともあるんですけどね。

だから、ブラックホールのようなテクノロジーを超えた事象に立ち向かう時、テクノロジーと人間による依存関係を最善な形で結び直すことで、さらなる段階へと進化していくんじゃないでしょうか。

この公演に関しても、ジェフからは「予期せぬ何かに遭遇する」というワードが何度か出ていました。音をマスターとするタイムラインや、特定のタイミングに映像を完全に同期した状態を恒常的に作りながらも、時にはそこから敢えて外れて、想定外の中でハプニングを起こしていくような演出を、映像に度々取り入れました。

エントロピーの崩壊とそれを揺り戻す制御との関係というか。僕たちの映像や照明のシステムが環境と相互作用していき、新たな環境が形成されていく場として、あの空間を見立てていました。

──戸川純さんが歌う今回の公演のサントラ曲「ホール」では、テクノロジーとブラックホールの関係性を示唆するような歌詞があります。そこにジェフさんの考えが反映されているという認識で正しいですか?

ジェフ・ミルズ:その通りです。戸川さんはそのことを理解されているんですよ。だからこそ、その曲でそういった内容を歌っているんです。彼女の魅力は良い意味で計り知れないところがあると言う人が多いと聞きますが、私から見ると逆に現実的なところもあるんですよね。彼女は誰よりも人間の複雑さを理解しているアーティストだと思います。

──ジェフさん自身も、人間の複雑さを理解しようとしていて、その複雑な部分から不要なものを削ぎ落とし、本質的なメッセージを直接的に伝えることを心がけているように感じます。

ジェフ・ミルズ:そうですね。できるだけ多くの人に自分のメッセージを届けたいんです。でも、私たちには時間が限られていますから。私は、頭の中で次から次へと湧き出てくるアイデアを表現する方法として、音楽というものに出会えたんです。音楽を使わなければ、話したい人とただ話をするだけで終わってしまう。でも音楽なら、自分のアイデアを多くの人と共有するための近道になる。そう考えるようになったんです。

──今日のお話を伺っていて、もしジェフさんが何かデバイスを開発されたら、きっと機能性と使いやすさを兼ね備えた素晴らしいものができるだろうなと思いました。

ジェフ・ミルズ:そんな風に思ってもらえるとうれしいですね。でも正直なところ、もし私がデバイスを作ったとしたら、かなりのヒット商品になるでしょうね(笑)。

『THE TRIP - ENTER THE BLACK HOLE』ジェフ・ミルズ

ジェフ・ミルズが導く究極のサウンドトリップ

先行シングルとなる「矛盾」とアルバム収録曲「ホール」では日本の音楽シーンにおいて圧倒的な存在感を放つレジェンド、戸川純をシンガーとしてフィーチャー。

「矛盾」はジェフ・ミルズと戸川純の世界観が有機的に溶け合い結晶化、今までのジェフ・ミルズのイメージからも解き放たれたバンドサウンドかつミニマルな浮遊感溢れる楽曲となっている。「ホール」は”真性ジェフ・ミルズ”なビートに戸川のアヴァンギャルドな詩と歌、不穏なシンセサイザーの音が絡み合う。

両曲共に戸川がボーカルを務めるバンド、ヤプーズの山口慎一、ヤマジカズヒデも録音に参加。

アルバムには「矛盾」「ホール」の別MIXや、じわじわとした切迫感が漲る「Beyond The Event Horizon」、スペーシー現代音楽ともいうべき「Time In Abstract」、レトロSF映画のサントラにも通じる「When Time Stops」、3つ打ちのビートが心臓音のようにも聞こえ、体内を彷徨っているような「No Escape」、ドープなベース音とシーケンスのループが時間が遡る様を描く「Time Reflective」、アルバムの最後を飾るに相応しい極上のミニマル「Infinite Redshift」など様々なタイプの楽曲全12曲を収録。

ジェフ・ミルズの宇宙観/思考を具現化したコズミック・オペラ『THE TRIP -Enter The Black Hole-』。そのサウンドトラックは日本のアヴァンギャルドの雄、戸川純とヤプーズをも飲み込み、世界中のテクノミュージックファン、アンダーグラウンドミュージックのファンを虜にする至高の音楽集となっている。

< CD >

全13曲収録 ※CDのみボーナストラックを1曲収録

リリース日:2024年4月24日

価格:\2,700(税込)

品番:UMA-1147

https://lnk.to/JeffMills_TheTripEnterTheBlackHole_CD

<配信>

全12曲収録

リリース日:2024年3月20日 0時(JST)

ダウンロード価格:通常\1,833(税込):ハイレゾ:\2,750(税込)

配信、ダウンロードはこちらから

https://lnk.to/JeffMills_TheTripEnterTheBlackHole

< アナログレコード >

全8曲収録

LP2枚組、帯・ライナー付き、内側から外側へ再生する特別仕様、数量限定

リリース日:2024年5月22日

価格:\7,700(税込)

品番:PINC-1234-1235

https://lnk.to/JeffMills_TheTripEnterTheBlackHole_LP

Source: U/M/A/A, COSMIC LAB