これまで「1kg数円」で処分していたが…マグロの希少部位「血合い」に水産業界の注目が集まっている理由
■厄介者扱いされてきた「血合い」
寿司ネタや刺し身でお馴染みのマグロ。本マグロやメバチマグロなど種類が豊富で、それぞれ大トロや中トロ、赤身といったネタが定番だが、近年はSDGs(持続可能な開発目標)への関心から、カマや脳天、ホホ肉のほか、中骨に付いた身をそぎ落とす「中落ち」といった希少部位も人気を集めている。
さすがに頭部や骨、ヒレは利用しにくいが、マグロの身でありながら厄介者扱いされ、大半が廃棄処分されている部位がある。それは「血合い」と呼ばれる赤黒い肉。普段はあまり世に出ないこの部位から、近年、驚きの健康パワーが見つかり、マグロ関係者から熱い視線を送られている。
■寿司店に卸すマグロに血合いが混じるのはご法度
サバやブリ、サーモンなど、マグロ以外にも血合いはあり、刺し身や焼き魚で食べるとき、目にするであろう。マグロの場合、ほかの魚種とは違って大型は数百キロにも及ぶため、血合いの量も半端ではない。
首都圏の台所である東京・豊洲市場(江東区)では、競り落としたマグロを寿司店などに卸すため、仲卸が解体してブロックやサクに切り分けていく。すると頭やヒレ、骨だけでなく、身の一部である血合いといった副産物が生じてしまう。これら不要部は専門業者に引き渡される。個体差がかなりあるようだが、複数の関係業者に聞くと、血合いの割合はマグロ全体の平均3〜5%といったところだろうか。
同市場のマグロ専門仲卸「大花」によると、日々何本ものマグロを扱うため、「血合いは1日40〜50キロになる」という。業者には1キロ当たり数円で買い取ってもらっているというが、回収できるのは1日にせいぜい100円ほどと、ただ同然だ。
処理される血合いをよく見ると、赤身も混ざっている。完全に血合いだけを除去するのは至難の業で、特にカチカチの冷凍モノなら、電動式のノコギリで不要部を切り落とす際、赤身やトロの部分を確実にカットしようとすれば、骨や皮のほか赤身なども若干、一緒に切り落とさなければならない。
握り寿司にもマグロ丼にも血合いは使えないため、仲卸がお得意様である寿司店などにマグロを卸すとき、少しでも混ざるのはご法度だ。高価なマグロは売り値で1キロ当たり数千円となるため、血合いが含まれていては仲卸の信用が疑われてしまう。
■国産天然本マグロの漁獲量と同程度が廃棄されている
マグロ基地として知られる神奈川県の三崎港(三浦市)周辺の加工業者によると、「血合いは値が付かないため、毎月トン単位で廃棄している」(丸福水産)という。赤黒くて見た目が悪い上、すぐ生臭くなる。解体後、市場に流通することはほとんどなく、卸業者や水産加工場、鮮魚店などで廃棄処分されている。
水産庁によると、2022年の日本のマグロ供給量は天然・養殖を合わせて合計約31.2万トン。うち血合いを全体の3〜5%と換算すれば、年間9400〜1万5600トンにも上る。国産天然本マグロの総漁獲量にも匹敵する量が、生産されては廃棄されていることになる。
そもそもマグロには、健康面で優れた成分が含まれていることは知られている。マグロに多く含まれるEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)は血液をサラサラにし、動脈硬化や心筋梗塞といった病気予防の効果があるとされ、中性脂肪を抑えてメタボ対策やダイエットにも有効だ。
そんな「健康食」ともいえるマグロのうち、なんと血合いにも貴重な成分が秘められているという注目すべき研究結果が最近発表された。「セレノネイン」という有機セレン化合物である。
■血合いを週3回食べ続ける実験からわかったこと
セレノネインは、2010年、当時の水産総合研究センター(横浜市、現・国立研究法人水産研究・教育機構 水産技術研究所)の山下由美子博士が発見した化学物質だ。魚の中でも生態系の上位を占めるマグロの身に、特に多く含まれていることが分かっていた。
山下博士がセレノネインを発見してから、マウスでの研究が進められたが、人への効果が明らかになったのは最近のこと。2021年から22年まで、神奈川県水産技術センター(三浦市)と国立研究法人水産研究・教育機構、聖マリアンナ医科大学(川崎市)が共同で実施した初の臨床試験だった。
県と聖マリアンナ大の職員約100人を対象に、まずはマグロの赤身をそれぞれ週3回(1食80グラムまたは120グラム)、3週間にわたって食べてもらうことにした。
セレノネインは、およそ2週間で尿などからすべて排出されるため、この後3週間たってから、今度は血合いの部分を同じ条件で食べてもらい、血中濃度を測定。その結果、赤身を食べたときに比べ、血合いを食べた後のセレノネインの血中濃度の上昇率が、大幅に高いことが分かったのだ。さらに、クロマグロに加え、メバチマグロにも血合いに赤身の約100倍のセレノネインが含まれることが判明した。
■自然界で最強クラスの抗酸化物質
セレノネインは抗酸化作用が抜群で、同センターは「人の血液に入って、“万病の元”とも言われる活性酸素を直接退治してくれる」といい、「遺伝子などにも危害を加えない自然界で最強クラスの抗酸化物質」と絶賛する。活性酸素の除去能力は、ビタミンEの500倍にもなるというから驚きだ。
人はストレスを受けると活性酸素が増え、病気発症のリスクにもつながることから、聖マリアンナ医科大の遊道和雄教授は「血合いを継続的に食べると抗酸化力が高まり、心身の健康維持に役立つ」と説明。実証実験前には、参加者のうち7割が軽度から強度のストレスを感じていたが、血合いを食べた後は、逆に7割が正常な状態となった。
このほか、アンチエイジング効果も認められ、老化防止への働きも期待できるという。前述の通り、セレノネインは体内におよそ2週間留まることから、毎日のように食べ続けなくてもいいのだからありがたい。
これだけの有効成分ならば医薬品やサプリメントなどが市販されていてもよさそうなものだが、発見されて日が浅いことから精製技術が未開発であるため、「例えば1グラム精製してサプリにするのに、現時点では100万円ほどのコストが掛かる」(研究機関)という。本格的な開発までには「あと20年以上が必要」(同)との見方もある。
■流通下での鮮度の維持など、課題は山積み
とはいえ、マグロ関係者にとってこの発見は、まさに「目からウロコ」。すぐにでも効果をPRして売り込みたいところだが、そうできない事情がある。水産物の複雑な流通下では、漁港から最終消費の段階である鮮魚店や料理店までには、多くの業者が介在する。
消費者からは「食べていいの?」というくらい警戒される血合いだけに、聞きなれないセレノネインの効果に関する周知や鮮度の維持、商品開発への準備、ネーミングなど、課題が山積している。
現時点では、三崎港周辺の水産加工場や飲食店などで、マグロの血合いを使ったさまざまな料理を開発し、販売・メニュー化に向けた準備を進めている。さらに「血合い」のイメージを変えようと、水産加工業者や飲食店関係らで作る「まぐろ未病改善効果研究会」で新たな呼び名を一般公募し、今秋にも決定するという。
■塩入りのゴマ油をつけて食べるのがおすすめ
三浦市の水産加工業者は、「血合いは新鮮なら刺し身がおいしい。赤身と一緒に、塩入りのゴマ油やワサビ醤油で食べるのがおすすめ」と話す。研究者によると、血合いに火を通してもセレノネインは機能を維持できるため、焼いたり揚げたりしても効果が期待できるといい、いろいろな料理で味わうことができそうだ。
筆者も刺し身を試してみたが、解凍直後なら臭みもなく、なかなかの味わいだった。軽く塩ゴマ油をつけて口に運べば、かつてのレバ刺しのような食感も感じられる。
マグロを中心とした遠洋漁業の全国団体、日本かつお・まぐろ漁業協同組合(日かつ漁協、東京)の香川謙二組合長は、「これまで血合いは大半が捨てられてきた部位であり、健康食材として注目されるのは本当にありがたい」と話し、セレノネインのPRに向け、意欲を示している。
マグロは国民食といえるほど根強い人気だが、近年、寿司ネタではサーモンに人気を奪われ、マグロ全体としては需要・価格とも下がり気味。血合いが持つセレノネイン効果の恩恵を受けるには、複雑な流通下で水産関係者の連携・協力が不可欠だ。SDGsの観点からも、有効成分の活用に向けた取り組みに期待したい。
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川本 大吾(かわもと・だいご)
時事通信社水産部長
1967年、東京都生まれ。専修大学経済学部を卒業後、1991年に時事通信社に入社。水産部に配属後、東京・築地市場で市況情報などを配信。水産庁や東京都の市場当局、水産関係団体などを担当。2006〜07年には『水産週報』編集長。2010〜11年、水産庁の漁業多角化検討会委員。2014年7月に水産部長に就任した。著書に『ルポ ザ・築地』(時事通信社)、『美味しいサンマはなぜ消えたのか?』(文春新書)など。
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(時事通信社水産部長 川本 大吾)