ロシアから侵略を受けているウクライナは今後どうなるのか。ウクライナのセルギー・コルスンスキー駐日大使に、ロシアに対する考えや今後の展望について聞いた。(文=フォトジャーナリスト・小峯弘四郎、取材=EPU代表理事・加藤秀一)

■駐日ウクライナ大使「泣いている時間はなかった」

2022年2月24日、ロシア軍のウクライナ侵攻。これは忘れられない出来事です。

戦争が起きることは以前から分かっていました。ロシア軍による侵攻があり、戦争に発展する恐れがあることを記者会見でも発言してきました。しかし、侵攻から数週間は非常に大変で、業務に追われ眠れない日々が続きました。

予想以上に恐ろしい事態が発生して心を痛めていましたが、実際には泣いている時間すら無かったほどでした。私は大使として、ウクライナのためにできるだけ早く、最高の支持と支援を集める必要がありました。結果として、日本や海外からの多くの支持・支援を得ることができました。

■ドイツやイタリアのファシズムよりはるかに恐ろしい

当時、われわれはロシアの残虐さを十分に理解していました。ドイツやイタリアのファシズムより、ロシアのファシズムのほうがはるかに恐ろしいということを歴史から学んでいたからです。頭では理解していましたが、現実に起きていることを受け入れるのには時間がかかりました。

私自身が最もショックを受けたのは、キーウ郊外のブチャ、イルピンで起きたロシア軍による虐殺です。生き残った人々の証言を聞いた時は非常に心が痛みました。

写真=小峯弘四郎
コルスンスキー・セルギー駐日ウクライナ特命全権大使 - 写真=小峯弘四郎

キーウから近い行楽地であり、子供のころから夏場には必ず訪れました。写真を見ればどこかわかるほど、よく知っている場所です。自然に恵まれ美しい市域で、侵略者たちはレイプや虐殺を行い、多くの子供たちまで犠牲になりました。ショックのあまり頭の中を整理することができませんでした。

■目的を達成するためなら手段を選ばない

国際社会の一部には、ロシアに対して間違った認識を持っている人がいます。日本でも政治家、記者、有識者の一部に見られます。それは本当に恐ろしい間違いです。

ロシアは今までも、今も、想像以上に残酷で反人道的な帝国です。その帝国の中で、自分たちの課題を達成するために手段を選ばず、何をしてもいいと考えています。

日本でも「偉大なロシア文化」(Great Russian Culture)という表現を聞いたことがあるという人がいると思います。この表現はナンセンスです。ロシアの文化は基本的に無いんです。皆さんに知られているのはロシアという帝国が占領した他の民族から奪った文化・遺産です。共産主義国が得意とするプロパガンダに利用しているにすぎません。

日本の皆さんにはあまり知られていないかもしれませんが、これらの手法はロシアだけではなく、他の共産主義国でも使われてきました。私が29歳になるまで、ウクライナはソ連の一部でした。ソ連の時代を経験していますので、この手法をよく覚えています。決して皆さんは錯覚しないでください。

写真=小峯弘四郎
ロシアは目的達成のためなら手段を選ばないと指摘するコルスンスキー大使 - 写真=小峯弘四郎

■「北方領土を返してほしい」と言うほどロシアの深みにはまる

しかし、こうしたロシアを止めるための策はいまだにありません。ロシアは力の論理で物事を進めます。ロシアより弱い国には必ずその弱みを利用して、支配下に収めます。相手を常に敵国として扱い、平等な関係を構築する考えはありません。

唯一、ロシアと友好関係のようなものを構築できる時は、ロシアが支配下に収めている時だけです。友情などではありません。日本がロシアに「北方領土を返還してほしい」と言えば、それは日本の弱みになります。その弱み手を最大限に利用するのがロシアの手法です。言えば言うほどロシアの深みにはまり、利用されます。

ロシアの人口は日本と同じくらいですが、国土面積は広大です。そこには多くの資源があるにもかかわらず、ウクライナやジョージアを手に入れようとしています。北方領土も必要としています。ロシアには一般的な常識は一切通用しません。

※2008年、ロシアはジョージアのアブハジアと南オセチアに侵攻し、占領した。2014年にはウクライナ政変の隙を突いてクリミアを併合、ドンバス地方で親ロシア派とウクライナ政府の武力衝突が始まる。ロシアの侵略はこの時から始まっている。

■「日本は、過去に前例が無いほど多くの支援をしてくれています」

これまでに日本から膨大な支援をいただいてきました。そのため、これ以上のサポートをお願いするのは正直なところ申し訳ない気持ちです。

ですが政府への財政的な支援、避難者への生活支援、ウクライナ東部地域への支援ニーズも依然としてまだ高い状況が続いています。そして戦況はまだまだ終わりが見えない状況で、インフラなども毎日破壊され、人々が亡くなっているのです。

国際社会にこれまで存在した基本的な外交ルールや本質がこの戦争がきっかけとなり、大きく変わりました。日本との友好関係強化は、本当は戦時ではなく、平時(戦争が起きる前)からできれば良かったですが……。

これまでのウクライナに対する日本の支援に、とても感謝しています。遠く離れた国・ウクライナに、日本は前例が無いほどの多くの支援をしてくれています。そして今回の戦争によってできた絆が、将来両国の発展につながることを願っています。

例えば経済や復興の分野だけではなく、文化や教育などのさまざまな分野で人々の交流がさらに活発になることを期待しています。もしこれからもウクライナを支援してくださる方がいるようでしたら、大使館の寄付用口座やNGO、NPOなどの慈善団体へのご支援をよろしくお願いしたいと思います。

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大使館にはウクライナを応援するメッセージが書かれた色紙などが並べられていた - 写真=小峯弘四郎

■人の命を守るための防空システムが必要

もうひとつ日本の皆さんにお伝えしたい非常に重要なメッセージがあります。それは、ウクライナ軍への支援です。

日本国内には他国へ軍事支援をすることに異論があるのを承知していますし、心からに理解をしています。しかし、ここで強調させていただきたいのは、この戦争は歴史上最も多くのミサイルやドローンが使用されているということです。ドローンが本格的に使用された初めての戦争なのです。

ウクライナは毎日、ロシアからのミサイルやドローンによる攻撃を受けています。空からの攻撃を防ぎ、ウクライナを防衛するためにはパトリオットのような防空システムが必要です。ウクライナには人の命を奪うものではなく、人の命を守るための防空システムが必要なのです。

防空システムを数年で開発することは不可能であり、今のウクライナでは製造することはできません。日本の皆さまにお願いしたいのは、市民を守るためのウクライナ軍への支援です。言葉を言い換えれば、これは軍事支援ではなく、人道的な支援だと考えています。

写真=小峯弘四郎
「ロシアに負けないで下さい」と書かれた一万円札 - 写真=小峯弘四郎

■今も約2100人の避難者が日本で暮らしている

戦争初期には、ロシア軍がキーウ近郊まで進軍し国中が混乱していました。子供や女性を避難させることが非常に重要であったため、日本政府にビザの発給をしていただき、多くの人々が国外に避難をすることができました。日本政府の迅速な対応に心から感謝しています。

時間がたつにつれウクライナ国内の混乱は解消されました。ロシア軍を撤退させることができ、前線は安定化しました。こうした状況を日本政府が考慮し、22年11月から避難者へのビザ発給要件が変更となり、日本への避難者数は減っています。ただし本当に保護が必要な人は今でも避難の受け入れ対象となっています。

その一方、制度を悪用して避難の必要ない人が観光目的で来日していた事例もありました。ビザ発給の時間がかかっているのは、生命が脅かされ、避難が必要なのかどうかを日本政府がきちんと精査しているからだと思います。

今も日本には2100人の避難者がいます。彼らは戦争のトラウマを抱えており、住み慣れた故郷が毎日ロシアからの攻撃を受けているため、帰国することが難しい人が依然として多く、日本で受けられるサポートは非常に重要です。

写真=小峯弘四郎
大使館に飾られた第48代横綱・大鵬の写真。ウクライナ人の父親を持つ - 写真=小峯弘四郎

■「日本の方々の優しさに甘えているわけにはいかない」

日本財団による避難者支援は3年目で終了となりますが、これは非常に有意義な支援だったと考えています。日本財団と出入国在留管理庁は避難者を対象としたアンケート調査を定期的に実施しています。避難者のニーズを常に把握し、支援プログラムの改善を行っています。例えば日本財団には、1年間の無償の日本語教育プログラムを設けていただきました。最近では財団による帰国支援も始まっており、帰国の際の航空券代補助なども行われています。

日本での避難生活は3年目になり、日本語を学んでいる避難者はある程度の会話が可能で、仕事も見つけやすくなってきています。皆さんには早く自立できるようになってもらいたいと考えています。

私はお会いした避難者には毎回「ちゃんと仕事をして、社会の一員として、受け入れてくださった地域の皆さんに貢献しないといけない」「いつまでも日本の方々の優しさに依存したり、甘えたりしているわけにはいきません」と伝えています。働き者の日本人からウクライナ人は怠け者だと思われてしまう。日本の文化を学び、社会の一員として頑張ってほしいと考えています。

写真=小峯弘四郎
大使館に飾られた人形 - 写真=小峯弘四郎

■復旧はまだまだこれから

現時点で、ウクライナは(復興ではなく)復旧に向けた取り組みを進めています。

最も優先度が高いものがエネルギーインフラの復旧です。二つ目は橋や道路などの輸送インフラの復旧、三つ目は病院や学校などの社会インフラの復旧、四つ目は地雷除去です。

ウクライナは農業大国で、国土には広大な農地が広がっています。しかしロシア軍を撤退されることのできた地域では、今も多くの爆発物が残っています。戦時中でも農作業を止めることはできず、地雷などの爆発物が農業の妨げとなっています。

高速道路や鉄道、ドニプロ川にかかる橋、港湾設備などの大規模インフラの復旧は、ロシア軍によるミサイル攻撃で再び破壊されてしまう恐れがあるため、プロジェクトが延期されています。

輸出に関しては引き続き問題はありますが、輸出量は徐々に増えてきています。ポーランド国境で発生したデモが鎮静化したこと、黒海のロシア艦隊へのドローン攻撃が奏功したなどがその理由です。ウクライナ南部の都市オデーサからルーマニアのコンスタンツァを結ぶ輸送ルートも始まりました。

写真=小峯弘四郎
大使館前に立つコルスンスキー大使 - 写真=小峯弘四郎

■日本企業と一緒に復旧・復興を進めていく

日本の大手企業はあまり公開していませんが、ほぼ全ての大手企業・商社がウクライナ専門の部署を設け、企業ごとにさまざまなビジネスが検討されています。そこではウクライナへの投資が検討され、定期的に現地の視察が行われる態勢が作られています。

唯一の障害となっているのが安全面への懸念です。日本の外務省から渡航許可が下りない事例も多くありますので、日本国内で経営者のみなさんと会議を行い、エネルギーや農業などの分野で大規模プロジェクトを進めているところです。

写真=小峯弘四郎
セルギー・コルスンスキー駐日ウクライナ特命全権大使 - 写真=小峯弘四郎

■インタビューを終えて

5月21日、ロシア軍はウクライナ侵略の拠点としている南部軍管区で、戦術核兵器の使用を想定した演習を開始した。今後の戦況はより激化することが予想され、ウクライナは、地対空ミサイル・パトリオットミサイル(MIM-104 Patriot)などの防衛システムがより必要となる状況になるだろう。

日本政府は昨年12月22日、防衛装備品の移転ルールを定めた「防衛装備移転三原則」を改定し、パトリオットをアメリカに輸出すると表明した。今回の移転はアメリカからの要請に基づきアメリカ軍の在庫を補完するもので、戦後の歴史を変える大きな一歩を踏み出したと言える。今後、日本は自身のミサイル不足や生産能力の低さを改善させていかなければならない。

中国やロシアの動きから明らかなように、日本の安全保障環境は深刻化している。ウクライナが直面する危機は決してひとごとではなく、日本は積極的に防衛システムの供与を進めていく必要があるのではないか。今そこにある危機を認識し、日本自身が国力を強め、世界でリーダーシップを発揮できるようになることを願う。

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セルギー・コルスンスキー駐日ウクライナ特命全権大使
1962年8月10日にウクライナのキエフで生まれ、1984年にキエフ国立大学を卒業。2020年4月14日、大統領令No.142/ 2020により、駐日ウクライナ特命全権大使に任命。
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(駐日ウクライナ特命全権大使 セルギー・コルスンスキー 文=フォトジャーナリスト・小峯弘四郎、取材=EPU代表理事・加藤秀一)