優秀な社員が辞めていく職場にはどんな特徴があるのか。関西大学の藤田政博教授の著書『リーダーのための【最新】認知バイアスの科学』(秀和システム)から、社員のやる気を削ぐダメな上司・ダメな職場の共通点を紹介する――。
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■社員のモチベーションを下げる「上司のバイアス」

ポピュラーなバイアスとして、一貫性バイアスも挙げられます。これはリーダーとなる方であれば、気をつける必要のあるバイアスの一つです。

これは「人の行動の傾向や、その人の内側にある考え方などは、常に変わらずに存在する」と感じるというバイアスです。

たとえば、普段から「だらしがない」と思っている部下がいて、その部下が会社に遅れてきたら「あいつはいつもだらしないからな」と判断するとき、このバイアスの影響を受けているかもしれません。

「だらしがない」という内的要因が、その部下にあって、いつもその影響を受けて行動すると考えるバイアスがあると、このような判断になるでしょう。

本当は事故で電車が遅れてしまい、やむを得ず遅刻してきたのかもしれません。しかし、そういったことを考慮せずに、さっと判断してしまうのです。

多忙で、一つ一つのことを考える心の「リソース」がないときほど、陥りそうなバイアスと言えます。簡単に言えば「十分に検討する余裕がない」とでも言いましょうか。

性格と行動を結び付けて考える一貫性バイアス

「個人には性格というものがあって、いつもその性格に従って行動するものだ」と思っていると、それが一貫性バイアスとなり得ます。

この考えは「性格が変わらない限り、行動は変わらないのだ」という考えにもつながります。だから私たちは、自分や他者の性格を知りたいと思うのでしょう。

一貫性バイアスに囚(とら)われると、柔軟な思考が失われます。先の例でいえば、上司は「この部下は今日なんで遅れたのかな?」と部下の様子を観察したり考えたりせずに「だらしがない性格」が原因と考えて、それ以上は考えなくなるのです。

なぜなら、逐一「今回どうしてあの人はああいう行動を取ったのか」と考えるより「あの人はああいう性格だから」として終わりにしたほうが楽だからです。

一貫性バイアスは、状況の力を無視する方向に働きます。

「人の行動は(結構)状況で決まる」というのが社会心理学の考え方ですが、それと反するのが一貫性バイアスです。

もちろん、人の行動は状況だけで決まるわけではありません。正確には「状況とその人個人の要因で決まる」と言えます。

いずれにしろ、状況の影響の大きさを強調するのが社会心理学の考え方です。

■成功は自分のおかげ、失敗は部下のせいと「自然に」考えてしまう

一貫性バイアスで、会社が直ちに危機に陥ることはないと思いますが、人事評価という点では影響を考慮する必要があります。

同じように、リーダーが囚われてしまうと、人事評価などで組織として影響が出るのが自己奉仕バイアスです。

セルフサービングバイアスとも言いますが、要するに「よい結果が起きたのは自分のおかげ」「悪い結果が起きたのは自分以外のせい」と物事の原因を認識してしまうバイアスです。

私たちは誰でもしていることですが、リーダーや社長が仕事面でおこなうと、影響が組織全体に広がります。

このバイアスに囚われると「うまくいったときは自分の能力や自分の努力のおかげで、悪いことが起きたときは外的な状況や他者の行動が悪かったから」となってしまいます。

つまり、向こうに原因があるとか、相手が悪かったからと考えるようになるのです。

これに、本書(第3章)でご紹介する「基本的帰属の誤り」が加わると「悪いことが起きたときは他者の能力がなかったから」と考えてしまう可能性が出てきます。

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謝罪会見で「人のせい」にするダメな経営者のアタマの中

日本では、企業の不祥事などが起きて大きな問題になった際、トップの謝罪会見がおこなわれることがよくあります。

多くの場合、ことのなりゆきを幅広い対象者に説明して、納得を得ます。世間をお騒がせした場合、企業のトップがそれを沈静化するべく取られる、重要なコミュニケーションの一つです。

しかし、謝罪のための記者会見なのに、十分その機能を果たしていないなと思われる会見も、ときにおこなわれることがあります。

はっきりは言わないにしても、謝罪することが期待されている会見の当事者の言葉の端々から「このような悪いことが起きたのは、まわりのせい・状況のせいなのだ……」という叫びが聞こえてくるような場合です。

はたからは「失敗を人のせいにして……」と見えるのですが、じつは発言している本人は「客観的に考えてそう見える」と、本気で考えているのです。その原因が自己奉仕バイアスです。

せっかく会見を開いても、責任回避と思われてしまっては、見ている人たちも納得せず、謝罪会見を開いた目的が達成されなくなってしまいます。

■「何のために謝っているのか」をよく考える

納得してもらうという意味では、ミスした部下と一緒に、得意先に上司が謝りに行くということもあります。

このような場合、上司が自己奉仕バイアスに陥っていたら「この状況が起きたのは部下のせいだ」と考え、部下を得意先と一緒に責めてしまうおそれがあります。そうでなければ「私の管理不足、指導不足でした」と得意先に謝ることもできます。

もし、上司が得意先と同じ立場になって部下を責めたら、部下からすれば、わざわざ同行しておきながら、味方になってくれずに責められるわけですから面目丸つぶれです。そんな会社にはいたくないと思ってしまうかもしれません。

ミスをした部下にも自尊心はあります。リーダーは「自分は何のために謝っているのか」を考え、常に部下をリードできる存在でありたいものです。

■社員のやる気を削ぐ「やらないほうがマシ」という思考

リーダーよりも、チームのメンバーが陥りがちなバイアスもあります。その一つが、不作為バイアスと呼ばれるものです。不作為バイアスとは、何かをしてイヤなことが起こるならば、何もしないほうがよいと考えてしまうことです。

たとえば、年間1000人の命を奪っている感染症が流行ったとします。そこに、感染症にかからない薬が開発されたとしましょう。

しかし、強い薬のため重篤(じゅうとく)な副作用が生じ、年間700人ほどの命が奪われてしまいます。このとき政策判断者が「それであれば、その薬を認可しなくてもよい」と、薬が使われるようになることを拒むという話です。

そのままでも悪いことが起きるときに、悪いことが起きる可能性を減らせる行動はあるが、やらないでおくというのがこのバイアスです。

いずれにせよマイナスなのだから(何もしないほうがマイナスは大きいけれど)何もしないほうがいいという意思決定をします。

■「不作為バイアス」が組織を腐らせる

先ほどの感染症の例は極端ですが、よくあるのは「結局マイナスであれば、面倒くさいからやらない」というケースでしょう。

この「面倒くさい」というのは、つまり行動する際のコストです。コストを掛けても結果がマイナスならば、たとえ行動することでそのマイナスが小さくなるとしても、やらないでおこうという思考が働きやすいということなのです。

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ですから、このバイアスは、業績が右肩下がりのときに生じやすいと言えます。もう目標には届かないけれど、がんばれば近づくことはできる……でもどうせ届かないし、がんばりが報われないのもイヤだからやらない、という状況が想定できるでしょう。

たとえば、個人目標を達成したのに、全体が右肩下がりであれば、人事評価がよくても給与がマイナスになることもあり得ます。そのとき「ほかの社員はマイナス10だけど、きみはがんばったからマイナス4で済んだ」という評価をされても、なかなか気持ちよく仕事はできないでしょう。

リーダーは、部下を評価する仕事をしなければなりませんが、会社全体が右肩下がりのときで会社にお金がないときには、評価をよくしてもボーナスなどでマイナスにならざるを得ないことがあります。

■エース社員が辞めてしまう原因になっている

その結果、社員に不作為バイアスが生じてしまっても無理はありません。これは不況時のマネジメントとして、大事なポイントの一つになりそうです。その結果、組織としての活力や前向きさが、失われるおそれがあるでしょう。

今は幸い、日本では会社の貯金、つまり企業の内部留保は増えています。最近は賃上げの事例も増えています。内部留保はすべてが現金ではないので、すぐに使えるわけではありませんが、社員への還元を先延ばししていると、そのあいだに組織が不作為バイアスにむしばまれる危険性もあります。

たとえば「エース候補を何人も採用したのに、なかなかうまく育っていない」という会社のリーダーは、不作為バイアスを疑ってみてもいいかもしれません。

給料は一度上げると下げられません。ボーナスはともかく基本給はとくにそうです。今は払えても、また景気が悪くなったらどうするのか……。人件費だけでなく、税金も待ったなしで払い続けなくてはなりません。

そのような不安は十分に理解できるものですが、それによって社員への還元を先延ばしすることの副作用についても、よく意識しておく必要があります。

■検討もせずに「やらない」と決めるのは絶対NG

会社に限らず、こういった不作為バイアスはいろいろな現場で生じ得ます。教育機関で言えば、今は少子化の影響を受けています。

藤田政博『リーダーのための【最新】認知バイアスの科学』(秀和システム)

大学の組織運営でも入試を受ける受験生が徐々に減っているという問題が各地の大学につきつけられています。その対応として、閉校や合併がおこなわれています。

たとえば、毎年1000人ずつ減っていく今の状況下で、ある対策を打つと多少コストは掛かるものの、減る人数が毎年500人になるとしましょう。

対策を打ったほうがいいのでしょうが、不作為バイアスに囚われていると「どうせ減るならやらないほうがいい」となる可能性は否定できません。

対策を打ったときのコストや、本当に半減するのかを検討した上で「やらない」となるならよいですが、本当に「やらない」という選択肢を採ることが組織として正しいのか、ある程度の時間を掛けて正確に検証する姿勢も大切にしたいものです。

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藤田 政博(ふじた・まさひろ)
関西大学社会学部教授
1973年生まれ、神奈川県出身。東京大学法学部卒業、同修士課程修了。北海道大学大学院文学研究科修士課程修了、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。政策研究大学院大学准教授などを経て、現職。専門は、社会心理学、法と心理学、法社会学。著書に、『司法への市民参加の可能性――日本の陪審制度・裁判員制度の実証的研究』(有斐閣)、Japanese Society and Lay Participation in Criminal Justice(Springer)、『裁判員制度と法心理学』(共編、ぎょうせい)、『法と心理学』(編著、法律文化社)などがある。
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(関西大学社会学部教授 藤田 政博)