岡口判事の弾劾裁判にみる「制度の欠陥」 裁判員の国会議員、欠席や交代だらけ 出欠状況を総まとめ
裁判当事者についての不適切なネット投稿などを理由に弾劾裁判にかけられている仙台高裁の岡口基一判事(職務停止中)への判決が4月3日に言い渡される。しかし、罷免・不罷免どちらの結果が出ても疑念が残りそうだ。
判断するのは国会議員14人で構成される裁判員。事前の評議で、出席した裁判員の3分の2以上が賛成すれば罷免となる(裁判官弾劾法31条)。仮に出席者が12人以上であれば、反対票が5票あるかないかが焦点になる。
だが、これまでの公判全15回を「皆勤」したのは3人のみ。出席率が7割を下回る裁判員が6人いるなど、欠席や途中交代が目立つ。
裁判官の身分は、権力等の介入を防ぐために厚く保障されており(憲法78、79、80条)、弾劾裁判は政治サイドから裁判官をやめさせる例外的な仕組みだ。罷免となれば弁護士や検察官になる資格も失い、退職金も出ない。また、結果には誰も不服を申し立てられない。
憲法の理念や罷免の効力の大きさからすれば、判断する裁判員の責任は重大なはずだが、実際の運営は必ずしもそのようにはみえない。弾劾裁判の構造的な課題を検討したい。(編集部・園田昌也)
●裁判員の大半は法曹資格を持たない
裁判員14人と予備員8人は議員による選挙で決める(裁判官弾劾法16条)。ただし実際の運用は、割り当て数に応じて各会派が出した候補者を、各議院の議長が事実上追認する形になっている。
途中交代も含め、今回かかわった裁判員・予備員には、複数の弁護士議員や計4人の法相経験者が名を連ねており、法的素養を期待される議員が選ばれる傾向にはある。
しかし、検察官に相当する裁判官訴追委員会(訴追委員20人、予備員10人)も国会議員から選ばれるため、法曹出身者の絶対数が足りない。最終的な裁判員14人のうち法曹資格を持つ議員は5人と少数派だ。
有資格者とて実務から離れて久しい場合もあり、公判では審理が滞ったり、裁判員や訴追委の言動に対し、弁護団や傍聴席から失笑が漏れるシーンも珍しくなかった。
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裁判員の出席率は以下の通り。途中から裁判員になった議員については、カッコ内に裁判員になってからの出席割合を示した(敬称略)。
<皆勤>
・船田元(衆・自民):15/15
・北側一雄(衆・公明):15/15
・杉本和巳 (衆・維新):15/15
<出席率90%以上>
・階猛(衆・立憲):14/15
・小西洋之(参・立憲):14/15(14/14)
<出席率80%以上>
・松山政司(参・自民):13/15
・片山大介(参・維新):13/15
<出席率70%以上>
・福岡資麿(参・自民):11/15(11/14)
<そのほか>
・山本有二(衆・自民):10/15
・田中和徳(衆・自民):10/15
・伊藤孝江(参・公明):6/15(6/6)
・森まさこ(参・自民):4/15(4/6)
・赤池誠章(参・自民):4/15(1/2) ※予備員時代の出席3回を算入
・葉梨康弘(衆・自民):2/15(2/2)
過去罷免になった7例の多くは犯罪にかかわるものだった。もしも岡口判事が有罪判決を受けていたのなら、裁判員に法曹資格がなかろうが、公判中に寝ていようが、欠席していようが判断は難しくなかっただろう。
しかし、今回はインターネット上への私的な投稿が理由となった初めてのケースだ。仮に出席数の少ない議員の賛否が「決め手」になったとき、判決の正統性は揺らがないのだろうか。
●必ずしも出席しない予備員
出席率の低さを指摘したが、弾劾裁判の現場では、裁判員の出席について強い問題意識はなさそうだ。
たとえば、裁判員は全部で14人と決まっているが、山下貴司議員(衆・自民)が辞職したあとの、第12回公判と第13回公判は後任が決まらず、13人体制だった。
裁判員が欠席するときは、各院4人ずついる予備員が出ることもあるが、補充は必須ではない。
国会議員は多忙だし、国会のスケジュールも不規則だ。毎回14人揃えるのが難しいことも理解できるが、結果として15回の公判中、裁判員席がすべて埋まったのは4回だけ。正規の裁判員が揃ったケースに限定すれば2回だけだ。
制度上、裁判員は衆参各5人いれば定足数を満たすため(裁判官弾劾法20条)、それを超えて裁判員席を積極的に埋めようという意識は薄いとみえる。
●過去と比べても圧倒的に長い裁判期間
裁判員の出席回数が少ない最大の理由は、今回の弾劾裁判が異例の長さになった点にある。
初公判は2022年3月2日で、判決期日の2024年4月3日までの期間は763日。過去9回の弾劾裁判では1940年代にあった284日が最長だから、歴代最多を大幅に更新している。
判決期日も含めた公判回数も、1950年代にあった13回を上回る歴代最多。それ以降は5回前後で推移していただけに、16回になる今回は特異だ。
裁判が長引けば、任期や選挙で裁判員交代の可能性が高まる。今回も初公判後に参院選があり、鉢呂吉雄氏(参・立民)が不出馬で議員引退し、裁判員が代わることになった。
加えて国会の慣例で、大臣や常任委員会の委員長などになった裁判員・予備員は原則辞職となる。たとえば、今年に入って裁判員を辞職した浅尾慶一郎議員(参・自民)は、現在参院の「議院運営委員会」の委員長だ。
●証拠提出に時間がかかった訴追委
では、なぜ期間が長くなったのか。最大の原因は訴追委員会にあるといえるだろう。
岡口判事弁護団の野間啓弁護士は、結審後の記者会見で次のように指摘している。
「原因をつくったのは訴追委。証拠整理ができず、訴追から証拠提出まで約1年5カ月かかった。それでいて、岡口判事の任期中(2024年4月12日まで)に判決を出すため、弁護側の立証期間を短くしろという趣旨の意見書を出してきた。
どういうスケジュールや証拠で弾劾裁判を運営するか、ほとんど準備せず訴追を決めたのではないか」
岡口判事の初公判は訴追から約9カ月後の2022年3月。しかし、このときは冒頭手続きしかおこなわれなかった。途中に参院選が挟まったとはいえ、冒頭陳述と証拠請求がおこなわれたのは、さらに約8カ月後の2022年11月30日だった。
●慎重さが必要なケースほど、裁判員が変わりやすい
時間がかかった理由の1つには、訴追事由としてあげられた岡口判事の行為が13個にもなったことが考えられる。
過去の弾劾裁判で罷免となったのは、児童買春やストーカー、盗撮で有罪判決になるなど、犯罪やそれに準ずるケースがほとんど。そのため早ければ審理が1回で済み、第2回公判で判決ということもあった。
一方、今回は主として岡口判事のSNS投稿が問題となっている。女子高生殺害事件の遺族が起こした民事訴訟で、岡口判事の敗訴が確定しているように、不適切な行為があったことは疑いようがない。何度も繰り返された投稿に眉をひそめる人は多いだろう。
ただ、この民事訴訟で不法行為が認定された「遺族が洗脳されている」という趣旨の投稿について、最高裁は戒告の懲戒処分を決定しているものの、訴追請求まではしていない。
最高裁は、罷免事由があると判断すれば訴追請求することが義務付けられている(裁判官弾劾法15条)。言い換えれば、最高裁は裁判官をやめさせるほどではないと判断したともいえる。
また、女子高生殺害事件に関する投稿など4つの行為については、3年の訴追期間を経過している。これに対し、訴追委は13個の行為を一体として捉え、いずれも判断対象になるという立場だ。
論点が多く、より慎重な審理が必要になるほど弾劾裁判は期間を要する。しかし、判断する裁判員が代わる可能性が増え、精緻な判断が難しくなる。弾劾裁判は長期化に対応しづらい仕組みといえる。
さらにいえば、訴追されると裁判官は通常、職務停止になる(裁判官弾劾法39条)。職務停止後も従来通り給与は支払われるが、判断が難しい事案ほど、その期間は長引く。
●調書だけで適切な判断ができるか?
もちろん、すべての公判に出席しなければ、適切な判断はできないということではない。欠席しても公判調書を読めば、何があったかは概ねわかるし、通常の裁判でも異動などで裁判官が途中で変わるケースは珍しくない。
だが、証人の表情や仕草などから得られる情報はあるし、その場にいないと直接質問もできない。訴追請求した女子高生殺害事件の被害者遺族と、岡口判事の尋問の計4回をすべて聞いた裁判員は半数以下の6人しかいない。
岡口判事弁護団の伊藤真弁護士は結審後の記者会見で、裁判員の交代が判決に及ぼす影響について次のように述べた。
「(裁判の原則は)直接主義なので、証人尋問を見てほしかった気持ちはある。ただ、今回の弾劾裁判の証人尋問は、証言の信用性などに重点があるというより、証言の内容が重要。裁判員の交代は多かったが、書面をきちんと読んでもらえれば、通常の裁判に比べれば補えると考えている」
しかし、多忙を極める議員に記録を読み込む時間があるのだろうか。裁判員の適切さを外部から検証するとしたら、法曹資格など法律の専門性と出席回数に頼るほかないのではないか。
弾劾裁判が開かれたのは、約10年ぶり。そんないつあるかも分からない裁判のために、国会内(参議院第二別館)には旧最高裁の大法廷を参考にした約213平米(約65坪)の立派な法廷が用意され、期日はいつも一同起立・礼という「儀式」から始まる。
一見すると「コスパ」が悪いが、裁判、特に三権分立のバランスを崩しかねない弾劾裁判の特殊性を思えば、正統性や権威性を確保するための「必要経費」なのだろう。だからこそ、裁判所組織も岡口判事のSNS発信を問題視していたともいえる。
ひるがえって、弾劾裁判の運営面でそれらを確保するための努力は十分だったといえるだろうか。現状の仕組みで十分なのだろうか。結論が発表される前の「ニュートラル」な状況だからこそ指摘しておきたい。