©「ハイキュー‼」製作委員会 ©古舘春一/集英社

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 試合開始の合図が鳴った。影山飛雄が勢いよくサーブを打つ。アングルがレシーブする音駒の選手に移り、大きな音を立てる弾丸のようなボールの強烈さに身も心もビリビリと痺れた。私たち観客をぐっと引き込むにはこれ以上ない1球目を目の当たりにして、「観に来てよかった」とまだ始まって間もないのにうれしくなる。もうここは劇場ではなく、春高3回戦の試合会場となっていた。待ちに待った『劇場版ハイキュー!! ゴミ捨て場の決戦』が幕を開けたのだ。

参考:『劇場版ハイキュー!!』作画に宿るバレーボールの醍醐味 『THE FIRST SLAM DUNK』を経て

 バレーボールにかける高校生たちの青春が描かれるスポーツアニメ『ハイキュー!!』は、さまざまな高校が主人公・日向翔陽が所属する烏野高校のライバルとして立ちふさがる。影山の中学時代の先輩であり、日向が“大王様”と呼ぶ及川徹が率いる青葉城西高校や、“絶対王者”と呼ばれる牛島若利をエースとした強豪の白鳥沢学園高校など、これまで第4期にわたるアニメシリーズを通して数々の熱戦がくり広げられてきた。中でも特別なライバルのポジションにいるのが、今作の試合相手である音駒高校だ。

 音駒は“護りの音駒”と呼ばれる通り、守備力の高さをいかした戦術をとっている。攻撃をしのいでいる間に音駒の要である選手・孤爪研磨が相手を冷静に分析して、後半からじわじわと点を取り逆転していくのだ。対する烏野は、シンクロ攻撃を使うなど全員でガンガン攻める攻撃型タイプ。戦法が正反対で対照的な2校と言えるだろう。また、烏野の烏養一繋元監督と音駒の猫又育史監督は古くからのライバル同士。通称“ゴミ捨て場の決戦”が因縁と呼ばれる理由はここにある。

 劇中では、ネットを挟んだ敵同士でありながら両校の選手が称え合う場面が数多く存在する。「カッコいい!」「すごい!」など、相手のナイスプレーに率直な感想をもらしているのだ。それは相手へのリスペクトの気持ちから出てくる言葉であると同時に、練習試合でお互いに高め合った経験があるからこそ。友情と似ているが、“負けたくない”という対抗心でバチバチと燃えている。そんなまっすぐで純度の高いライバル関係がアツく、悔しさもありながら良いところを良いと言い合える気持ちのいい関係性が爽やかだ。

 また、試合中に過去の烏野と音駒のやり取りが回想としてたびたび挟まれる。黒尾鉄朗が月島蛍にブロックのコツをアドバイスする場面など、試合の進行とあわせて印象深いシーンを振り返ることができるのだ。切磋琢磨してきた両校の歴史を思い出し、感慨深くなったのは筆者だけではないだろう。楽しみに待っていた『劇場版ハイキュー!! ゴミ捨て場の決戦』の公開と、満を持して公式戦で戦う烏野と音駒の「待っていました!」という喜びが重なり、よりじんとした感情に拍車をかけていると感じる。

 さて、今作を鑑賞して「あっという間だった……」と思った人はきっと少なくないだろう。それもそのはずで、『劇場版ハイキュー!! ゴミ捨て場の決戦』の上映時間は比較的短い85分。これはバレーボールの1試合分と同じ時間だ。ひとつの試合を描き切るだけでなく、観客の体感時間でもバレーボールの試合を感じるように作られている。

 他にも、生で観戦する試合のような臨場感を味わえる理由が“音”だ。スパイカーがボールを打ちこむ激しい音や、日向が高く飛ぶときの思いっきり床を蹴り上げる音。試合中に鳴り響く迫力満点の音をダイレクトに感じるためには、劇場の音響がこれ以上ないほど最適だ。スポーツアニメと映画館の相性の良さは折り紙つきと言えるだろう。劇場で体感する音のうまみを十分にいかしつつ、ボールを落としたら終わりというバレーボールが持つ“繋ぐ”重要性を今作からひしひしと感じる。今作はサウンドとストーリーの両方で、日向たちの名勝負を存分に味わえるのだ。

 因縁のライバル関係である烏野と音駒は、お互いに高め合い成長してきたこれまでの物語がある。私たち視聴者はその過程を追ってきたからこそ、メインキャラクターである日向や影山、研磨や黒尾だけでなく、両校のチームメンバーにも深く感情移入できるのだ。『劇場版ハイキュー!! ゴミ捨て場の決戦』は、そんな2校の集大成と呼べる試合を今そこで行われているかのような臨場感で楽しめる作品だ。

 筆者は今作を観終わった後、スッキリとした清々しい気分で劇場をあとにした。アニメ『ハイキュー!!』の完結が近づいたというさびしさがあったものの、烏野と音駒の最高の試合に拍手を送りたくなるくらい熱中した。そして、“ゴミ捨て場の決戦”で見せた研磨のある大きな変化に心を動かされたのだ。ぜひカラスとネコの因縁の対決の結末を劇場で見届けてほしい。

(文=まわる まがり)