信号待ちをする女性の後ろ姿

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貯金ができない理由はさまざまだ。ファイナンシャルプランナーの高山一恵さんは「堅実で、稼ぎも安定している会社員の女性が老後の不安で相談にやってきた。貯金ができない理由は意外なものだった」という――。

※この連載「高山一恵のお金の細道」では、高山さんの元に寄せられた相談内容を基に、お金との付き合い方をレクチャーしていきます。相談者のプライバシーに考慮して、事実関係の一部を変更しています。あらかじめご了承ください。

写真=iStock.com/monzenmachi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/monzenmachi

里中さん(仮名/32歳)のケース

年収 500万円
貯金 300万円

■手取り約30万円のうち8万円を実家に仕送り

お金の相談を受けていると、お客さまの人生相談になることがまま、あります。里中晴子さん(仮名/32歳)のケースも入り口は「老後資金」でしたが、最終的には、司法書士ら専門家を交えての「親の支配」の話になっていったのです。

バッグの中も小分けのポーチで整理整頓している里中さんは、第一印象からして「ちゃんとした人」。手入れをしたセーターを何年も大切に着て、会社のお昼はもっぱら手作りのお弁当でまかなう、そんな女性です。

医療系の会社に勤務し、手取りで30万円ほどの月給があり、家賃補助が出ているため、都内のマンションの家賃も彼女が払うのは月6万円に抑えられていました。堅実で、稼ぎも安定している彼女でしたが、「絶対に結婚できないので、一生シングルで暮らしていくとなると老後が心配で……」と、不安げな様子です。それでも正直、「彼女のような人がお金を貯められない?」と違和感を持ちました。

収支の内訳を見せてもらったところ、里中さんは私の予想通り、毎月決められた額を積立しており、無駄遣いもほとんどない、慎ましい生活をしていました。そんな中、一点、飛び抜けて高い支出がありました。「仕送り:8万円」です。親御さんになにか不自由なことがあるのかなと感じ、話を聞いてみたのですが……。

■「仕送り8万円」を条件に実家を出てきた

里中さんの生まれは関西。勤務先の医療系の会社は実家から通える範囲でしたが、早々に都内勤務を希望します。そうして5年前から晴れて東京で働けることになったのですが、その際、母親から「仕送り8万円」を条件に家を出ることを許されたと話します。里中さんの両親は年金暮らしですが、持ち家もあり、衣食住に困っているわけではなく、病気もない。実際、彼女からの仕送りは、お母さんの習い事や観劇といった遊興費に消えていると言います。

「約束したとはいえ生活に困っているわけでもないなら、振り込まなければいいのでは?」と思いますよね。それでも、里中さんが生活を切り詰めてでも仕送りを続けているのは、幼い頃からの「母と娘の関係」ゆえでした。そもそも、里中さんが東京への部署異動を希望したのは、母の支配から逃げるためだったのです。

■「私は絶対に結婚できない」強く訴えていた

多忙で家をあけている父親にかわり、子育てを一手に引き受けていたのが、専業主婦のお母さんでした。非常に熱心な教育ママで、幼い頃から複数の習い事や塾を掛け持ちし、そのおかげで、彼女も有名大学へと進学。母の口癖は、「あんたにはお金も時間もかけていい大学まで出させてやったんだ」。続く言葉は、「だから、親にお返しするのは当たり前だ」。里中さんは、この言葉に縛られ続けてきたと言います。また、過去には結婚寸前まで話が進んでいたパートナーがいたそうですが、母親が相手を気に入らず、無理やり別れさせられたこともあったと話してくれました。

写真=iStock.com/Davizro
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「私は絶対に結婚できない」と強く訴えていたことや、彼女の安定した収入に反して漂う悲愴(ひそう)感の原因が垣間見えた気がしました。里中さんが私のもとに来たのは老後資金への不安からでしたが、住居費が安く抑えられているとはいえ、当時の貯金額は300万円。彼女の稼ぎや慎ましい生活からすると物足りない金額でした。間違いなく、「仕送り8万円」が老後資金を貯める上で大きな弊害になっていたのです。

■司法書士を加えた話し合いの場を持つことを提案

今回のケースの場合、お金が貯まらない原因は「母への仕送り」という一点ではっきりしていますので、仕送りを辞めるなり減額するなりといった対処が即、改善につながります。私は、里中さんに私がお母さんの家計の見直しをすることと、司法書士も加えたかたちでお母さんとの話し合いの場を持つことを提案しました。

ファイナンシャルプランナーがそこまでするの? と思われるかもしれませんが、お金にまつわる問題で、弁護士や司法書士、税理士といった士業の方と連携をとることはよくあることです。

また、里中さんのように根が真面目で優等生タイプの方ほど、支配関係の影響を受けやすく、問題を一人で抱え込みがちです。家庭内の問題を他人に明かすことを恥のように感じる方も多いので、黙って耐えてしまう。そんな時、ファイナンシャルプランナーでもなんでもいいので、第三者に話してみると、専門機関につないでもらえる可能性があります。心身に支障をきたすことも多いですが、メンタルクリニックに抵抗を覚えることもあるでしょうから、むしろ、お金の問題を入り口にしてくださる方が、心の負担が軽い場合もあるのではないでしょうか。

里中さんと似たケースで、親に月収の半分を取られていた女性がいました。その方は手取りで月50万円をもらっている高給取りの方で、その半分、25万円を親に送っていたおかげで人生をまったく楽しめずにいましたが、結果的には、司法書士のアドバイスで仕送りを止めることができました。

※そもそも1年間で110万円を超えた仕送りをした場合、そのお金が生活費に使われておらず、貯蓄や投資に使ったり、遊興費や生活費の範疇を超えた贅沢品などに使われている場合、贈与税がかかります。

■あっさりと「5万円の減額」に応じた母親

話を里中さんのケースに戻しますと、里中さんと彼女の母、そして司法書士と私で4者面談を行った結果、母は仕送りの減額に応じてくれました。お母さんは里中さんとは正反対の、派手でキャピキャピとした感じの方で、これまでのことも「当然ですよねえ、娘なら」といった感じで、まったく悪びれず。最初はどうなることかと思いましたが、あっさりと5万円の減額に応じ、司法書士の方に取り決め内容を文書として作ってもらうことができました。

これもケースとして少なくないのですが、身内に対してモラハラを行うような人は、弁護士などの専門家や権威には弱腰になることがあります。里中さんのお母さんも素直に司法書士の話を聞いたとおり、家族関係のもつれは専門家が入った方が、スムーズに進むのかもしれません。

写真=iStock.com/fizkes
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fizkes

■心が弱っているときの相談相手には要注意

第三者に対して相談することの大切さを書きましたが、注意してほしいこともあります。まず、相談先を求めている時は、往々にして、心が弱っているタイミングだと思います。お金の問題を入り口にしてファイナンシャルプランナーに相談するのはありですが、弱みにつけ込んで商品を売りつけてくるようなケースもあるかもしれません。たとえば、相手が保険などの仲介業を行っている人かどうかなど、ホームページ等で業務内容を事前に確認しておきましょう(もちろん、そのような同業者はいないと信じたいですが……)。

また、裁判をしたいわけでもないけど、家族のトラブルを解決したい場合、司法書士は心強い存在です。私も、「このケースはどうすればいいですか?」と頻繁に相談をするのは司法書士の方だったりします。無料のWEB相談を受け付けている司法書士会もありますし、法律相談できる場を設けている自治体もありますので、自分に合った「お守り役」を見つけておくといいでしょう。

里中さんのお母さんは、この一件以降、彼女に対して距離を置くようになったそうです。呪縛に苦しんでいた里中さんも、自由に使えるお金が増え、精神的にも自由になれたことをとても喜んでいました。

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高山 一恵(たかやま・かずえ)
Money&You 取締役/ファイナンシャルプランナー(CFPR)、1級FP技能士
慶應義塾大学卒業。2005年に女性向けFPオフィス、エフピーウーマンを設立。10年間取締役を務めたのち、現職へ。全国で講演・執筆活動・相談業務を行い女性の人生に不可欠なお金の知識を伝えている。著書は『はじめてのNISA&iDeCo』(成美堂出版)、『やってみたらこんなにおトク! 税制優遇のおいしいいただき方』(きんざい)など多数。FP Cafe運営者。
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(Money&You 取締役/ファイナンシャルプランナー(CFPR)、1級FP技能士 高山 一恵)