宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2024年1月25日、日本の探査機として初めて月面に軟着陸した小型月着陸実証機「SLIM」および小型プローブ(探査ロボット)「LEV-1」「LEV-2(愛称:SORA-Q)」の月面着陸結果・成果等に関する記者会見を開催しました。


JAXAによると、SLIMは2基搭載されているメインエンジンのうち1基を降下中に喪失するトラブルに見舞われたものの、最終的に着陸目標地点から約55m離れた地点へ接地しており、大きな目的だった精度100mのピンポイント着陸技術実証を達成しました。また、放出されたLEV-1とLEV-2も月面に到達して活動を行ったことが確認されており、LEV-2のカメラで撮影されたSLIMの画像が公開されています。【最終更新:2024年1月25日18時台】


【▲ 小型月着陸実証機「SLIM」から放出された探査ロボット「LEV-2(SORA-Q)」のカメラで撮影された画像。大きく傾きつつ接地した状態のSLIMが右奥に写っている。画像は試験画像で、もう1機の探査ロボット「LEV-1」経由の試験電波データ転送により取得されたもの(Credit: JAXA/タカラトミー/ソニーグループ(株)/同志社大学)】

■SLIMについて

1月22日までにJAXAから発表された情報によると、2024年1月20日0時0分頃(日本時間、以下特記なき限り同様)に着陸降下を開始したSLIMは、同日0時20分頃に月面へ着陸したことが確認されました。ただ、着陸時点で探査機の太陽電池は電力を発生していない状態になっており、バッテリーが過放電して探査機を失うリスクを避けるため、同日2時57分に所定の手順に従ってバッテリーが回路から切り離され、探査機の電源がオフになりました(切り離し時点でのバッテリー残量は12パーセント)。


着陸後に電波を受信できていたこと、太陽電池だけが損傷するような状況は考えにくいといった理由から、SLIMは軟着陸(ソフトランディング)に成功したものの、機体に固定されている太陽電池の向きが想定とは違う方向を向くような姿勢になってしまっていると判断されていました。これまでのSLIMの動きについては以下の関連記事もご参照下さい。


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【速報・追記】JAXA月探査機「SLIM」日本初の月着陸に成功 ただし太陽電池が発電できない状態(2024年1月22日更新)
・JAXAの月探査機「SLIM」2024年1月20日に月着陸へ 成功すれば日本初(2023年12月6日掲載)


【▲ 参考画像:マルチバンド分光カメラ(MBC)による観測を行う小型月着陸実証機「SLIM」のイメージ図。着陸後はこのような姿勢で安定することが想定されていたが、実際には太陽電池を西へ向けて大きく傾いた姿勢になっていることが判明している(Credit: JAXA)】

1月25日の会見では、バッテリーを切り離すまでの間に地球へ送信された技術データや画像データをもとに判明したSLIMの状況や成果が明らかにされました。


SLIMの着陸降下シーケンスは2024年1月19日23時59分58秒に前半の動力降下フェーズが始まりました。探査機はカメラで撮影したクレーターの分布をもとに位置を把握する画像照合航法を行いながら水平方向の速度を減じつつ、高度約15kmから約6.2kmまで降下しました。続いて後半の垂直降下フェーズに移行したSLIMは、高度約4000mおよび約500mで画像照合を行って水平方向の位置を正常に補正しつつ降下を継続(修正量はそれぞれ約100mと約50m)。高度約50mでは画像をもとにした月面の障害物検出が行われ、当初の着陸目標地点から11.8m離れた地点を最終的な目標地点として降下が続けられました。


しかし、高度約50mまで降下した1月20日0時19分18秒頃、SLIMに2基搭載されているメインエンジンの合計発生推力が約55パーセントまで突如低下しました。着陸後の温度変化を調べた結果、片方のメインエンジン(-X側)に何らかの異常が発生したものと考えられています。同時刻頃にSLIMの航法カメラで撮影された画像にはノズルとみられる物体が写り込んでいたことから、ノズル部が破断した結果としてこのメインエンジンの推力が大部分失われたとみられています。実際に何が起こったのかはまだ調査中であり、JAXAは判明した時点で報告すると述べています。


【▲ SLIMのメインエンジンの1基で何らかの異常が発生したとみられる日本時間2024年1月20日0時19分18秒前後に航法カメラで撮影された画像を比較したもの。青矢印で示された月面の岩は前後の画像両方に写っているが、後に撮影された画像(右)で赤矢印で示された特徴は前に撮影された画像(左)には写っていない。赤丸で示されている物体はメインエンジンのノズルのような形状をしている。JAXAの資料から引用(Credit: JAXA)】

探査機の垂直方向に対して「ハ」の字を描くように搭載されていたメインエンジンは横方向に生じる推力を互いに打ち消し合うように設計されていましたが、片方を失ったことで、SLIMは横方向に移動しながら降下を継続します。高度約50mのホバリング(空中停止)を終えた時点で異常を検知した航法誘導制御系は横方向の移動を抑えるように探査機の姿勢を変更しながらメインエンジンの噴射を継続し、SLIMは自律的に着陸モードへ移行しました。


高度約5mで後述するLEV-1とLEV-2を放出したSLIMはメインエンジンの異常発生から30秒余りが過ぎた同日0時19分52秒頃、当初の着陸目標地点から東へ約55m離れた地点へ、ほぼ垂直の姿勢で接地したとみられています。接地時の降下速度は仕様(毎秒1.8〜2.8m)よりも遅い毎秒約1.4mだったものの、横方向の速度や姿勢といった接地時の条件が仕様上の範囲を超えていたため接地後に姿勢が大きく変化し、太陽電池を西へ向けてつんのめったような姿勢で安定することになりました。


【▲ 参考画像:打ち上げ前の2023年6月1日に撮影された小型月着陸実証機「SLIM」。ここでは「ハ」の字型に搭載されたメインエンジンが上を向いている。月面ではこの姿勢に近い状態で安定したとみられる(Credit: JAXA)】

接地したSLIMは冒頭に掲載したLEV-2撮影の画像にもはっきりと写っています。SLIMが着陸したシオリ・クレーター(Shioli、直径約300m)付近は着陸の時点では昼の前半だったため、画像からもわかるように太陽光は東から当たっており、西を向いた太陽電池は影に入って電力が発生しない状況が生まれてしまいました。ただし、昼の後半には西から太陽光が当たるようになるため、太陽電池から電力が得られるようになる可能性があります。JAXAによればSLIMは太陽電池の発生電力が一定以上あれば動作できることから、今後の運用再開が期待されています。


着陸直後から太陽電池の発生電力が得られない状況が確認されたため、JAXAはあらかじめ用意されていた異常時対応手順を実施。着陸から同日1時50分頃にかけて探査機上のデータダウンロードや消費電力の削減を試み、同日1時50分〜2時35分頃に「マルチバンド分光カメラ(MBC)」による月面の観測が行われた後、前述の通り同日2時57分にバッテリーが切り離されて探査機の電源がオフになりました。以下に掲載したのがMBCで取得されたSLIM着陸地点付近の月面の様子です。


【▲ SLIMのマルチバンド分光カメラ(MBC)による月面スキャン撮像で取得された画像をモザイク合成したもの。画像右側の灰色の部分は途中でスキャン運用を切り上げたためにデータがない部分。本来は画像の右側が上方向になるはずだったという(Credit: JAXA、立命館大学、会津大学)】

MBCは月の形成と進化の謎に迫るため、月のマントルに由来するかんらん石(橄欖石)を含んだ岩の分光観測を目的に搭載された科学機器です。着陸後はまず低解像度のスキャンを行って観測対象となる岩石を特定し、続いて高解像度の分光観測を行う予定でした。スキャンは通常なら35分で333枚の画像を取得する予定でしたが、15分で打ち切ることになったため、257枚の画像取得と送信が行われています。


MBCによる高解像度分光観測の実施は太陽電池の発生電力が今後回復するかどうかにかかっています。観測候補の岩石には相対的な大きさがイメージできる「セントバーナード」や「しばいぬ」といった愛称が付けられており、今後電力が回復した際は速やかに観測を行えるよう準備が進められています。


【▲ SLIMのマルチバンド分光カメラ(MBC)による月面スキャンの画像(モザイク合成)を拡大したもの。観測候補の岩石に付けられた愛称が示されている(Credit: JAXA、立命館大学、会津大学)】

前述の通りSLIMは最終的に着陸目標地点から約55m離れた場所へ着陸することに成功しました。JAXAは合計14回(7領域で2回ずつ)実施された画像照合航法の結果はすべて正常に完了していて航法精度は10m程度以下、高度約50mで行われた障害物検出付近までの状況からピンポイント着陸精度も10m程度以下(おそらく3〜4m)と評価しています。従来の月探査機の着陸精度がkm単位だったことを踏まえればSLIMは非常に精度の高い着陸技術を実証したと言えますし、これほどの精度を発揮したからこそ、メインエンジン1基喪失という事態に遭遇しつつもフルサクセス項目の1つである精度100m以下の高精度着陸という目標を達成できたと言えるでしょう。


【▲ SLIMプロジェクトで考案・採用された2段階着陸の流れ。(1)月面へ垂直に降下してきた探査機が、(2)高度3m付近からは前傾しながら降下し、(3)機体下部の主脚が接地すると、(4)前進する勢いで機体が回転し、(5)前補助脚が接地して最終的に姿勢が安定する。主脚と前補助脚で合計2回接地するタイミングがあることから2段階着陸と呼ばれる(Credit: JAXA/ISAS)】

ただ、従来の方法では着陸が難しい傾斜した斜面にも安定した姿勢で接地するために考案された2段階着陸(接地直前に探査機を前傾させ、主脚で接地した後に前補助脚が接地して安定する着陸方法)の挙動は、接地時の横方向速度や姿勢が仕様範囲を超えていたこともあり、今回のミッションでの技術実証はできませんでした。


また、ミニマムサクセス項目の1つである金属3Dプリンターで製造された軟着陸のためのシンプルな衝撃吸収機構の実現や、エクストラサクセス唯一の項目である月面到達後に日没まで一定期間ミッションを行うことなど、一部の工学実験目標は調査中もしくは継続中です。今後太陽光が太陽電池に当たるようになれば再び動作する可能性がありますから、もうしばらくの間はSLIMから目が離せません。今後もSLIMについては新しい情報が発表され次第お伝えします。


■LEV-1とLEV-2について

【▲ 月面に到達した小型ローバー「LEV-1」(左)と「LEV-2」(愛称SORA-Q、右)の想像図(Credit: JAXA)】

1月25日の会見では高度約5mでSLIMから放出された探査ロボット「LEV-1」と「LEV-2」の状況と成果も報告されました。


このうちLEV-1については2024年1月20日0時19分49秒〜51秒の間にSLIMから放出され、同日0時19分51〜53秒の間に月面へ着陸し、同日0時20分30秒から月面での活動を開始したことが明らかにされました。40分以上可能な限りと計画されていた活動時間は1時間51分程度続き、通信電波は同日2時10分に停止したとされています。LEV-1にはバネの力で月面を蹴るパッドが搭載され、跳躍(ホッピング)しながら移動できる仕組みになっていますが、取得されたデータからは月面で6回跳躍したことが確認されています。


一方、愛称のSORA-Qで知られるLEV-2もSLIMからの放出後に月面へ着陸し、2つに分割された外殻を展開して活動したことがわかっています。LEV-2の活動を雄弁に物語るのが、冒頭でも紹介したSLIMを撮影した画像(以下に再掲)です。SLIMから正常に放出されたLEV-2が月面で想定通り変形して活動したこと、SLIMの検出と画像の選定を行う画像処理アルゴリズムが正しく機能したこと、LEV-1との間で正常に通信が交わされLEV-1経由で画像が送信されたこと、こうした事実がこの1枚の画像から確認できるといいます。


【▲ 再掲:小型月着陸実証機「SLIM」から放出された探査ロボット「LEV-2(SORA-Q)」のカメラで撮影された画像。大きく傾きつつ接地した状態のSLIMが右奥に写っている。画像は試験画像で、もう1機の探査ロボット「LEV-1」経由の試験電波データ転送により取得されたもの(Credit: JAXA/タカラトミー/ソニーグループ(株)/同志社大学)】

こうした成果が確認されたことで、LEV-1とLEV-2は「日本初の月面探査ロボット」になったと同時に「世界初の完全自律ロボットの月面探査」「世界初の複数ロボットによる同時月面探査」を達成したとされています。加えてLEV-1は「世界初の跳躍による月面移動」、LEV-2は「世界最小・最軽量の月面探査ロボット」にもなりました。


小さなサイズで大きな記録を残したLEV-1とLEV-2ですが、太陽電池が搭載されているLEV-1の運用はまだ終わっていません。計画通りの活動期間を終えたLEV-1はバッテリーの電力を使い切ったか温度が上昇したために活動を停止して待機中の状態で、太陽電池に太陽光が当たるようになったり温度が下がったりすれば活動を再開する可能性があることから、引き続きLEV-1からの電波を受信する体制を維持する予定だということです。LEV-1とLEV-2の開発と運用で得られた技術は今後の宇宙探査や月面小型ローバーに活かされることが期待されています。


 


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文/sorae編集部