「人生で一番大事なことは何か」そう問われた稲盛和夫が答えた「ただ一つだけ自分を褒められること」
■1万人以上の人物取材から厳選した74人のプロフェッショナル
1978(昭和53)年に創刊された月刊誌『致知』の45周年を記念し、『一生学べる仕事力大全』を刊行した。同誌では1万人以上の人物取材を行ってきたが、その中から「後世に残したい」54本のインタビューや対談記事を選び抜き、1冊にまとめたものだ。
総ページ数792。約60万字。A5判で厚みは4センチもある。見た目はほとんど辞書だ。ところが、3300円(税込み)の高価格で、初版1万6000部のスタートであるにもかかわらず、発売後すぐに増刷が決まるなど、大きな反響を得ている。
本書が生まれたきっかけは、2020年に刊行し、30万部を超えるベストセラーになった『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』にある。
これは雑誌『致知』の記事の中から、とくに心に響く365人の話を1ページに抜粋してまとめた企画だったが、刊行後、読者の方から「感動した」という便りが毎日のように届く一方で、「この本の基となった記事の全文をぜひ読んでみたい」という声が数多く寄せられたのだ。
■稲盛和夫、永守重信、柳井正…
読者からの想像以上の反響受けて、今回、定期購読者しか読むことのできなかった元記事の全文を一挙に詰め込み、刊行することにしたわけである。
収録したのは、稲盛和夫氏、永守重信氏、柳井正氏など経営者のインタビューのほか、荒川博氏と王貞治氏による生涯唯一の師弟対談、MKタクシーとモスバーガーの創業者同士の対談。あるいは、青函トンネルの掘削工事に命懸けで臨んだ元トンネルマンの話などもある。
創刊45年、1万本以上の記事は、いずれも収録したい内容ばかりで、気がつけば800ページに迫る分量になっていた。
登場する方々の話は、ジャンルや境遇は違っても普遍性があり、あらゆる仕事における問題解決の仕方や思考法が記されている。その確かな実感をもとに、“仕事力”に関する事項を集成した書籍として、タイトルを『仕事力大全』とした。
いずれも実体験に基づいていることが特長で、金言・名言に溢れているが、その中でもとりわけ強く印象に残った3人の言葉を紹介したい。
■稲盛和夫「ただ一つだけ自分を褒めるとすれば…」
1人目は稲盛和夫氏だ。
京セラとKDDIを創業したことで知られる稲盛氏は、2010年、2兆3000億円という事業会社としては戦後最大の負債を抱えて会社更生法の適用を申請し、事実上倒産したJALの会長に就任。わずか2年8カ月で再上場へと導くなど、その功績は計り知れない。
収録したのは、2018年、稲盛氏が86歳の時に行った晩年のインタビューである。
1時間以上におよぶ取材の中で、稲盛氏はこれまでの人生の歩みを振り返ったあと、「今日まで86年間を歩んでこられて、人生で一番大事なものは何だと感じられていますか?」という質問に、次のように答えている。
人生で一番大事なものというのは、一つは、どんな環境にあろうとも真面目に一所懸命生きること。
私が京セラや第二電電をつくり、JALを再建し、素晴らしいことをやったと多くの方々から称賛していただきますが、ただ一つだけ自分を褒めるとすれば、どんな逆境であろうと不平不満を言わず、慢心をせず、いま目の前に与えられた仕事、それが些細な仕事であっても、全身全霊を打ち込んで、真剣に一所懸命努力を続けたことです。
全生命を懸ける努力、世界中の誰にも負けない努力をしていけば、必ず時間と共に大発展を遂げていくものと信じて疑いません。
■届かなかった戸籍抄本
そんな稲盛氏にとって、「仕事観の原点」になったと思える逸話がある。
稲盛氏は地方の大学を出て、京都の会社に就職した。しかし、会社はいまにも潰れそうな赤字会社で、給料は遅配続き。これに対し、労働組合は頻繁にストを繰り返している。
失望した稲盛氏は同期の友と相談し、自衛隊に入ることにする。その入隊手続きのため戸籍抄本を送ってくれるよう実家に頼んだが、戸籍抄本は待てど暮らせど届かない。代わりに届いたのは、2歳上の長兄のこんな手紙だった。
「大学の先生のおかげで就職難の時代にようやく入れてもらった会社なのに、何のご恩返しもしないで半年で辞めるとは何事か」
■仕事に対する心構えが生まれる体験はあるか
長兄の言葉はズシンと腹にこたえ、そこからは右顧左眄(うこさべん)することなく、また、自分の逆境を悲観することなく、たった一度しかない貴重な人生をとにかく必死に生きていこうと思い直した、という。
そして稲盛氏は、配属された研究室で、会社を再建するため誰にも負けない努力を始める。
稲盛氏はその後、前述の通り京セラを創業し、KDDIの立ち上げ、倒産したJALの再建に携わるなど、幾多の試練や困難に遭遇するのだが、いかなる場においても全身全霊を打ち込み、懸命に努力を続ける、という姿勢は生涯決して変わることがなかった。
その仕事に対する心構えは、若き日のこの経験が元にあるに違いない。
■外尾悦郎「いまがその時、その時がいま」
続いては、外尾悦郎氏だ。不世出の建築家アントニ・ガウディが設計した「サグラダ・ファミリア教会」の壮大な聖堂の建設に、日本人として40年以上も参画を続けている彫刻家である。
本誌での取材は2012年。当時、サグラダ・ファミリアの主任彫刻家だった外尾氏が口にし、いまも強く心に残っている言葉がある。
「いまがその時、その時がいま」
この言葉は、『葉隠』が基であることを後に知ったが、外尾氏は取材で次のように述べられた。
この34年間、思い返せばいろいろなことがありましたが、私がいつも自分自身に言い聞かせてきた言葉がありましてね。
“いまがその時、その時がいま”というんですが、本当にやりたいと思っていることがいつか来るだろう、その瞬間に大事な時が来るだろうと思っていても、いま真剣に目の前のことをやらない人には決して訪れない。
憧れているその瞬間こそ、実はいまであり、だからこそ常に真剣に、命懸けで生きなければいけないと思うんです。
■完全なる絶好機など永遠に訪れない
外尾氏は、長らくサグラダ・ファミリアの職員ではなく、1回1回、契約で仕事をする請け負いの彫刻家だった。
教会を納得させる作品ができなければ契約を切られる可能性がある。だからこそ、いつも「これが最後だ」「これが最後だ」と思いながら、仕事に取り組んできたのだという。
外尾氏の話を伺った当時、私は、自分自身によく言い訳をしていた。いまはまだ自分には早すぎる、いまはまだ機が熟していない……。そんな思いがすぐ胸中に湧いてきて、結局何一つ踏み出せないままでいることが多かった。
だがよく考えてみると、“完全に機が熟した”と言い切れる絶好機などというものは、それまで一度もなかったように思う。
「その時」と「いま」とは決して分離したものでない。いまこそがその時で、その時こそがいまなのだ。「その時」でないいまなどは、一つとして存在しないことに思い至った。
■安藤忠雄「ノロノロ運転のリーダーなどいらない」
最後は、建築家・安藤忠雄氏によるリーダー論だ。企業経営者との対談で発せられたある言葉が忘れられない。
車の運転でもそうですが、ノロノロ運転していたら眠くなってぶつかりますけど、時速150キロで走っていれば居眠り運転なんかしないでしょう。
これは大企業でも、25人ほどの私の事務所でも同じで、リーダーは目標を明確にして、それに向けて可能な限り全力疾走していれば、緊張感があるからそんなに失敗しないと思うんです。やっぱり居眠りができるような中途半端な走り方では駄目です。
時速60キロ程度では油断が生まれます。120キロとか150キロとかの、どう見てもスピードオーバーであるという速度で走るべきです。ぶつかったら終わる、と周りは忠告するかもしれませんが、突出するから必死な姿が見えます。
よい仕事をするぞ、責任ある仕事をするぞ、と決心して本気で前を行くリーダーにこそ人はついていくものです。特に若い人には、本気で仕事をするとはどういうことかを体感するためにも、全力疾走するリーダーになれと僕は言いたいですね。
■徹底的に叩かれ、そこから自分を磨いて立ち上がって本物
安藤氏はまたこうも言う。
リーダーは知力と生命力ですけれども、人はその生命力のほうについてくるわけでしょう。目標に向かっていく勢いみたいなものに、よし賭けてみようと思ってついていくわけです。
だけど、少し刺激を与えてそういう要素を足せば、いいリーダーになる可能性のある学生はたくさんいますよ。
ところがいまは親がね、30歳ぐらいの息子に、『あんたそんなに残業多いの。そんなところはもう辞めたらどう』と言うそうなんです。30にもなってそんなに簡単に辞めてどうしますか。
日本の社会がまずかったのは、フリーターがいいと言い過ぎたんですよ。だけど本当は10年間くらい徹底的に上から叩かれて、それでも一所懸命に自分を磨いて立ち上がってくるぐらいの生命力が必要です。そこから自分を考えていかなければいけないんじゃないでしょうか。
■仕事とは「新しい自分」に出会う行為
本書『一生学べる仕事力大全』に登場する74人の方々は、一心不乱に働いて働いて、働く中から何かを摑み取った人たちである。自分自身の仕事を極限まで掘り抜き、その先に自らの運命を切り拓いていった人たちである。
巻頭言として、陶芸家・河井寛次郎氏の言葉を選んだ。
「新しい自分が見たいのだ――仕事する」
いかに時代が変わろうとも、またいかなる職業においても、人は自らの仕事を通じて新しい自分に出逢えることを、心のどこかで願っているのではないだろうか。そして誰しもが、一度はそのような経験をしたことがあるのではないだろうか。
74人のプロフェッショナルたちの生き方を通じて、仕事をすることの真の喜び、人生を生きることの真の喜びに目覚め、まだ見ぬ新しい自分と出逢うための糧(かて)としていただければ、これに勝る喜びはない。
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小森 俊司(こもり・しゅんじ)
致知出版社書籍編集部
1979年滋賀県生まれ。京都精華大学1年の時、文章を見てもらった某雑誌の副編集長から「君みたいな人間は、東京に行って潰されてきたらいい」と言われ、一念発起。在学中に執筆したダチョウ倶楽部とナインティナインの評論記事が、雑誌「日経エンタテインメント!」に掲載される。2004年致知出版社入社。月刊『致知』で10年間、企画・取材・執筆に携わり、2014年より書籍編集部へ。2020年に刊行した『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』(藤尾秀昭・監修)が31万部を突破し、ベストセラーに。「読者が選ぶビジネス書グランプリ2022」で総合グランプリ受賞。
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(致知出版社書籍編集部 小森 俊司)