避難中に乗り捨てられた車の部品やガソリンを盗むことも(写真:Sergiy Tryapitsyn/PIXTA)

能登半島地震発生から間もなく1カ月。被災地、避難所での犯罪が徐々に表面化してきている。

能登半島地震に関して、被災地でのこうした犯罪を防ぐべく、警察庁は全国各地の警察から集められた特別機動捜査部隊を、被災地である能登半島に派遣し、現在50人体制で防犯パトロールや犯罪摘発にあたっている。

火事場泥棒、詐欺、そして避難所での性被害。こうした卑劣な犯罪を防ぐためにはどうしたらよいのか。元警視庁警察官でセキュリティコンサルタントの松丸俊彦さんに、犯罪の現状、対策、心構えを聞いた。

県警は18日までに26件を把握

元日に能登半島を襲った大地震。今も多くの安否不明者、孤立集落があるなか、避難者たちは今も過酷な状況に置かれている。それに追い打ちをかけるようにじわじわと広がっているのが、被災地域での犯罪被害だ。

石川県警は能登半島地震による被災地での犯罪について、18日時点で26件を把握したと発表。内訳は窃盗が24件と最多、器物損壊と建造物侵入が各1件となっている。

避難中の家屋の空き巣被害や避難所での置き引きなどが主な窃盗被害だが、とりわけ卑劣なのは「ブルーシート代請求詐欺」だ。2019年に起こった千葉県の台風災害時でも被害が出ている。

「ブルーシートを提供します」詐欺

「お宅の屋根を覆うブルーシートを提供します」

困っている被災者に、このように言葉巧みに接触。契約書を作らずに代金を請求したうえで、当初提示されたブルーシートの枚数よりも勝手に多く計上して支払いを迫る。被災者は驚くものの、仕方なく払ってしまうケースが多いという。

この件に関して、警察庁は特定商取引法違反(書面不交付)の可能性があるとみているが、このほかに屋根瓦の修繕など、現段階では違法とは断定できないものを含め、災害に関連する商品の訪問販売に関する相談が地元警察に寄せられているという。

消費者庁も地震関連の消費生活相談について、18日時点で140件あったと発表。 警察への相談と同様に屋根修理に関するものや、義援金詐欺が疑われる内容が複数あった。


注意喚起をするポスター。消費者庁ウェブサイト「災害関連情報」より

こうした被災地犯罪は、今回の能登半島地震に限らず、過去の震災でも発災当初から発生している。

松丸さんは、「警察は震災の人命救助が優先するので、そうした犯罪への対処がどうしても遅れ、犯罪自体を把握するのが遅くなる傾向にある」と指摘する。

「被災地犯罪では、警察が把握するまでにかなりの時間を要しますが、やはり件数が一番多いのが『窃盗』です。無人の家屋、コンビニ、店舗などに侵入して金品を盗む。ATMを破壊して現金を盗み出す。それと乗り捨てられた車の部品やガソリンを盗む輩もいます」

松丸さんによると、犯人たちは県外ナンバーの車などで堂々と乗りつけ、現地の人やボランティアを装い、家屋などを物色するという。

時間が経って起こる避難所での犯罪

また、発災から時間が経つにつれて、避難所での犯罪、具体的には窃盗や性犯罪などが増えてくる。

ウィメンズネット・こうべが運営する「災害と女性」情報ネットワークのホームページによれば、1995年の阪神・淡路大震災時には、以下のような女性たちの悲痛な声が多く寄せられた。

【事例(「災害と女性」 情報ネットワークより)】
・プライバシーが守られなかった。長期にわたるプライバシーのない生活は人権侵害である。特に思春期の女性たちにはトラウマになった人も少なくない
・風呂にのぞき穴がたくさんあった
・子どもたちが避難所や仮設住宅でさまざまな性的な被害を受けた
・避難所の校庭の隅で遊ぶ幼児への性的虐待があった
・避難所で女性が性的被害にあったが、加害者も被災者だからと言う声もあった 

東日本大震災女性支援ネットワーク(現:減災と男女共同参画 研修推進センター)が、2011年の震災後に行ったアンケート調査では、避難所などでの女性たちの犯罪被害を目撃した人や、相談を受けた人たちから寄せられた事例は82件。このうち、夫や交際相手による暴力(DV)が45件、それ以外の暴力(主に性被害)は37件だったという。

被害者は5歳未満から60代以上までと幅広い年代で、幼い男の子も含まれていたという。

同ネットワークが実際に聞き取りしたケースでは、ある女性からの被害報告として「娘と身を寄せていた避難所のリーダー格から、娘に危害がおよぶと脅され、被害に遭った」との訴えがあったという。

女性や子どもに対して、「複数で行動するように」というメッセージが出されてはいるが、個人で自分の身を守るには限界があることも事実だ。こうした悩みを解決するには、犯罪が起こりにくい環境づくりを徹底することが何より重要となる。

減災と男女共同参画研修推進センターでは、避難所での女性や子どもに対する犯罪を防ぐためのチェックシートを公開している。主な行動指針は以下のようになっている。

避難所での犯罪対策について

【災害時の防犯啓発・対策について(減災と男女共同参画 研修推進センターより)】
・性暴力・DV防止に関するポスター等を避難所の見やすい場所に掲示する
・トイレ・更衣室・入浴設備を適切な場所に設置し、照明や防犯ブザーで安全を確保する
・避難所の巡回警備は男女ペアで行う
・女性トイレと男性トイレは離れた設置され、安全で行きやすい場所にある
・女性トイレや女性更衣室には女性が巡回する
・女性相談員や女性専用窓口を設置する
・警察、病院、男女共同参画センターや女性支援団体と連携する

 特に避難所の設置・運営に関して留意すべき点を提言している。

【避難所の設置・運営(減災と男女共同参画 研修推進センターより)】
・避難所の管理責任者に、男女双方を配置する
・避難者による自治的な運営組織に、女性の参画を促す。少なくとも3割以上が女性となることを目標にする
・「避難所チェックシート(以下)」を活用し、巡回指導を行う
・避難所での生活ルール作りを行う際には、女性の意見を反映させるように促す
・避難者の中には、DVやストーカーの被害者が含まれている可能性もあることから、避難者名簿に個人除法の開示・非表示について確認を行う欄を設け、個人情報の管理を徹底する


減災と男女共同参画研修推進センター「チェックシート」

なかでも、避難所でのトイレの問題は被災者にとっては深刻な問題であり、配慮が求められる。

避難所のトイレはほぼ非水洗であり、不衛生なトイレになると「集団感染」「災害関連死」「治安悪化」を引き起こすと指摘するのは、日本トイレ研究所代表理事の加藤篤さんだ。

加藤さんは「避難所のトイレのほとんどは照明が暗く危険であり、トイレの照明をなるべく明るくすることが必要」と強調する。トイレの中の照明はもちろん、トイレに至るまでのルートの照明を明るくすることで犯罪防止につながるという。

(関連記事:災害時トイレ「3つの深刻な問題」解決のポイント

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今、実際に避難生活を送る被災者はどうしたらいいのか。セキュリティコンサルタントの松丸さんは、「避難所では極力3人以上のグループで常に行動してほしい」と強調する。

「可能であれば、2人1組よりは3人1組。そのほうが安全。1人がトイレに行くときにはもう1人についてきてもらい、3人目は避難所の貴重品などを見守っていてもらう。繰り返しになりますが、被災地、避難所では絶対に単独行動はしないでほしい。極力3人以上で行動することを徹底してほしい

被災した家を空けている場合、次のような対策が必要だという。

「自宅に戻ったときに家の窓が割れていれば、家具や板などでふさいでおくこと。窓やカーテンも閉め、2階から容易に侵入できる、はしごや脚立を片付けておくといい」(松丸さん)

避難所での置き引きなどの犯罪には、どう備えればよいのか。

「ボランティアなどを装って、避難所に窃盗犯が紛れ込むケースも想像される。怪しげな人には写真付きの身分証明書の提示を求めること。警察官や消防隊員、自衛官は、被災地などでは基本的に単独行動をしない。それっぽい人が1人で声をかけてきた場合、警察官などを装っている犯罪者だと思ったほうがいい」

避難所で犯罪に巻き込まれないために

さらに、避難所での生活が長期化していくなかで、被災者には「平常時より自身の行動に慎重になってほしい」と話す。

「避難所ではすべての人にストレスがかかり、いらだっていて暴力事件が多発する。そうした事件を起こさない、あるいは巻き込まれないためには、常識的な生活を心がけるしかない」

具体的には、大声で話さない。電話は避難所の外か決められたエリアでする。ゴミの出し方のルールを守る。一緒に避難しているペットが人に迷惑をかけないようにする。普段から社会生活を送るうえで必要とされる配慮を、避難所でも徹底することが重要だ。

そして、ホイッスルを常に持ち歩き、少しでも危険を感じる場面があったら、迷わず吹くこと。大声を出して助けを求めることより、はるかに少ない労力で周囲に危険を知らせることができる。

「被災者はただでさえ肉体的・精神的な負担が増しているのに、犯罪にまで気を配らなくてはならないのは、理不尽でしょう。でも、人が弱っているタイミングを見計らってやってくる非道な人間がいることも事実と受け止め、皆さんで力を合わせて対応していってほしい」と松丸さん。

被災者の方々が1日でも早く元の生活に戻ることを願ってやまない。

(一木 悠造 : フリーライター)