自民党の麻生太郎副総裁らと面会し、同党本部を出る岸田文雄首相(写真:時事)

国民全体が怒りを募らせる自民党の「巨額裏金事件」は、19日に東京地検特捜部が3国会議員と5人の派閥の会計責任者らを「立件」して、事実上捜査を終結。これ合わせるように、自民党の岸田、安倍、二階の3派が「派閥解散」を決めた。岸田文雄首相が18日に「宣言」し、翌19日に安倍、二階両派が追随したものだ。

この3派閥はいずれも特捜部の捜査対象となり、安倍派の議員3人を含め現・元会計責任者が政治資金規正法違反(虚偽・不記載)容疑で起訴・略式起訴された。このため、いずれも「国民の理解を得るため派閥を解散せざるをえなかった」(岸田派幹部)とみられるが、「これまでに例のない厳しい対応」(自民長老)だけに、自民党全体に衝撃と動揺が広がっている。

“岸田の乱”での「3派体制崩壊」で政局混迷も

残る麻生、茂木、森山の3派閥は、捜査対象にならなかったこともあって「そもそも派閥は必要で、特に我々は問題がないのだから解散の必要はない」(麻生派幹部)などと主張。しかし、党内外から「本質的に同じ穴のムジナで同罪」(自民無派閥若手)との批判が浴びせられており、いずれも党の重職で派閥領袖の麻生太郎副総裁、茂木敏充幹事長、森山裕総務会長が「厳しい判断」を迫られている。

特に、党総裁でもある岸田首相が「自民党を救うには思い切った措置が必要」と先陣を切って派閥解散を仕掛けただけに、これまでの「岸田・麻生・茂木3派体制」での政権運営は「事実上の崩壊状態」(自民長老)となりつつある。このため、党内の権力構図も一変しそうで、今後、政権を支えてきた麻生、茂木両氏が“反岸田”に転じれば、政局は一気に混迷状態となりかねない。

その一方で、今回の「岸田の乱」(同)が国民の一定の支持を得て、結果的に内閣支持率上昇につながれば、逆に岸田首相の求心力が強まることも想定される。特に、国民が注視する「政治と金」問題解決に向け、岸田首相が野党も巻き込んでの政治資金規正法の抜本改正に踏み切れば、政権浮揚の要因となる可能性がある。その場合、岸田首相にとって「通常国会での衆院解散も視野に入ってくる」(岸田派幹部)だけに、「今後の展開は要注目」(同)となりそうだ。

二階氏、無念さにじませ「派閥解散」表明

今回の一連の“大騒動”は、岸田首相が18日夜に突然、「岸田派の解散を検討している」と明言したことが発端だ。同日午前から隠密裏に進めた、岸田派幹部らとの個別協議での「意思統一」を踏まえたものとされる。ただ、岸田首相はあえて「他派閥のことについては申し上げる立場にない」と言及を避けた。今回の決断を「他派閥にはまったく事前連絡しなかった」(側近)ため、自民党内が「上を下への大騒ぎ」(茂木派若手)となると見通したからだ。

ただ、岸田首相の決断は、地検捜査で翌19日の立件が既定路線となっていた最大派閥・安倍派と第5派閥・二階派を、「追随せざるをえない立場」(安倍派若手)に追い込み、関係議員らの立件を受けた19日午後、塩谷立・安倍派座長、二階俊博・二階派会長はそれぞれ「派閥解散」を表明した。

安倍派は同夜、党本部で開いた臨時総会で「派閥解散」を確認。それを受けて塩谷座長は「国民の信頼を裏切ったことに対し、心から深くおわび申し上げる」と陳謝したうえで、「清和研の歴史に幕を閉じることは断腸の思いだが、自民党が新たにスタートするためには区切りとして、けじめをつけなければならない」と苦渋の表情で語った。

これに先立ち二階派も同日夕の臨時総会で、「派閥解散」を決定。二階会長が記者会見で、「政治への信頼を取り戻すために解散するとの結論に至り、所属議員の了承を得た」と無念さにじませながら頭を下げた。

一方、立件対象から外れていた第2派閥・麻生派と第3派閥・茂木派では、「派閥解散への慎重論」が渦巻いた。領袖の麻生、茂木両氏は、19日午後に岸田首相とそれぞれ個別に会談した中で「人材育成や党の円滑な運営のためにも派閥が必要」と伝え、岸田首相も基本的には各派閥の判断を尊重する考えを示した。

麻生氏は「派閥存続」、茂木氏は迷い、森山氏は追随?

その際麻生氏は、「事件は違法な政治資金処理が原因で、きちんと対応していれば問題はない」と主張したが、「根底には岸田首相への不信感が芽生えたことで、今後も大派閥領袖としての影響力維持を狙うためだ」(自民長老)とみられている。その一方で茂木氏も「“ポスト岸田”での総理総裁を目指すためにも、自派閥の維持・拡大が必要」(同)との立場だが、幹事長だけに「党内の動向次第」(茂木派幹部)の側面もある。

その一方で、第6派閥(8人)の森山派会長である森山氏は20日、地元鹿児島市で記者団に対し、自民党が25日にも決定する政治刷新本部の「中間的取りまとめ」に言及し、「党で議論が始まっており、その経過も見ながら決めたい」と語り、その内容次第で派閥の存廃を判断する考えを示した。

こうしたことから、今回の「派閥解散」問題は、なお自民党内でさまざまな混乱を引き起こすことは避けられそうもない。ただ、「保守本流」の中核として約67年の歴史を持つ名門派閥・宏池会とともに、自民党最大派閥として「権力をほしいままにしてきた」(無派閥若手)の安倍派(清和会)も約45年の歴史に終止符を打つことは、「自民党の派閥政治の大きな変質」(自民長老)につながることは間違いない。

特に、「安倍晋三という“大看板”によって自民の保守回帰路線を主導」(同)してきた同派がなくなることについては、「今後の憲法改正や皇位継承をめぐる議論の変質、混乱につながる」(閣僚経験者)と不安視する声も多い。

福田達夫氏の「新集団」論がネットで大炎上

そうした中、清和会を創設した福田赳夫元首相(故人)の孫で安倍派所属だった福田達夫元総務会長は19日、派内の若手有志と意見交換したうえで記者団に「反省の上に、派閥ではなく、新しいガバナンスの形で新しい集団をつくっていくことが大事だ」と述べ、安倍派解散を受けて新たな集団をつくる考えを示し、波紋を広げた。

故福田元首相は「派閥解消」を持論として政権を獲得した実力者だけに、政界では「祖父の心、孫知らず」と揶揄する声もあり、ネット上でも「トンチンカン男!」「人はそれを偽装解散という!」などと批判の声が渦巻き、一時「福田達夫」がトレンド上位となった。

そうした状況を受け、21日午前のNHK番組「日曜討論」では、26日の通常国会召集をにらみ、与野各党の幹事長級が「政治とカネ」をめぐる問題を中心に意見を戦わせた。その中で自民・茂木氏は派閥の在り方について「党主導で抜本的な是正策を取っていきたい」と強調し、「派閥の存在を前提としない」とも語ったが、茂木派の存廃への言及は避けた。

これに対し、岡田克也・立憲民主幹事長は、政党から政治家個人に寄付される政策活動費について、「非常に不透明なもので禁止すべきだ」と主張し、藤田文武・日本維新の会幹事長や小池晃・共産党書記局長もこれに同調。茂木氏は「政党助成金も含めて議論すべきだ」と応戦した。こうした論議も踏まえ、自民党政治刷新本部は25日にも「中間とりまとめ」を決定する方針で、その焦点は「派閥の在り方よりも政治資金規正法の抜本改正にどこまで踏み込むか」(自民若手)に絞られる見通しだ。

21日夜には、岸田首相は虎ノ門のホテルにある高級日本料理店で麻生氏と会食して注目された。岸田首相が夜に会食するのは、能登半島地震発生後初めて。会談内容が明らかにされなかったため、永田町には「すわ、手打ちか」(安倍派幹部)などの臆測が広がっている。

厳しい世論調査結果、政治不信は拡大するばかり

週明け以降の動きをみると、岸田派は23日昼に臨時例会(総会)を開き、派閥解散に伴う諸手続きの進め方について協議する予定だ。ただ、党内外には「派閥を離脱したはずの岸田首相が、派閥会長然として派閥解散などを岸田派幹部に指示するのはおかしい」(立憲民主幹部)との指摘も多く、同派の独自の動きも党内外で問題視されそうだ。

また、週明け以降に公表される各メディアの世論調査での内閣支持率や自民党支持率の数値の増減も注目されていたが、22日朝公表された朝日、読売両紙の調査結果をみると、内閣支持率は政権発足後最低レベルが続いている。

岸田首相の起死回生の“大博打”とされる「派閥解散」には一定の評価があるものの、岸田派も絡んだ裏金問題への対応には「納得できない」が9割近く(朝日)に達し、それが「支持率回復への大きな壁」(アナリスト)になっている。

しかも、自民党の支持率も過去最低レベルに落ち込んだままのため、「今後自民党がよほど思い切った身を切る対応をしない限り状況は変わらない」(政治アナリスト)との見方が広がる。ただ、政権交代を狙う野党の支持率も低迷したままだけに、「国民の政治不信だけが拡大する最悪の展開」(同)になる可能性も否定できない状況だ。

(泉 宏 : 政治ジャーナリスト)