川鍋一朗氏はライドシェアの早急な全面解禁に懸念を示す(写真:つのだよしお/アフロ)

4月に、一般ドライバーが有償で顧客を送迎する「ライドシェア」が条件付きで利用が解禁される運びとなった。車両はタクシー会社が運行管理する形をとり、ドライバーとは雇用契約を結ぶ。タクシー不足が深刻な地域や時間帯に絞って“限定解禁”し、都市部や観光地などが対象となる。

この流れに伴い、一般社団法人「東京ハイヤー・タクシー協会」は、10日に「日本型ライドシェア」を4月より全国初の導入を目指して運用することを発表した。

東京23区などは平日朝など供給が足りない場合の運用となる見込みで、平日午前7〜11時、金曜午後4〜8時、土曜午前0〜4時、同10時〜午後2時を想定。ドライバーは普通免許、二種免許保持者が対象となり、自家用車両には通信型ドライブレコーダー、衝突被害軽減ブレーキが必須となる。

タクシー業界とライドシェア解禁の歴史をひもとくと、水と油のような関係が続いてきた。自家用車で乗客を運送することを定義とするライドシェアは、2015年にウーバーが福岡で実証実験を行うが、タクシー会社の反発もあり中止となっている。

ライドシェア導入は国によってさまざま


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世界を見渡すと、ライドシェアの導入は国や地域により賛否が分かれる。日本や韓国のように現行法律で禁止してきた国、ヨーロッパのように再規制の機運が高まっている国、北米や東南アジアのように市場が拡大している国もある。

全面解禁については、今年6月までに議論を続けていく方針だが、超党派のライドシェア勉強会の中では、雇用形態ではなく多様性のある働き方を認めるような提言もあり、今後もその動向に注目が集まりそうだ。

全国ハイヤー・タクシー連合会の川鍋一朗会長は、「ライドシェアの全面解禁については、より十分な議論や検討が行われるべき」と強調する。

「かねてイコールフッティング(同等の条件)の観点でタクシーの規制緩和を強くお願いしてきたが、そちらが優先されることなく、同時並行で議論が進んでいることについて、大変残念に思います。利便性が先行した拙速な社会実装については引き続き危惧しています。日本の公共交通としてふさわしい、安全で安心な運行管理をぜひとも担保いただいたうえで、ワーキングプアを生まない持続可能な雇用のあり方についても重点事項として十分にご検討いただきたい」

先月20日、ライドシェアの限定解禁の方針が打ち出されたのち、川鍋氏は上記のように筆者の取材に答えた。その受け答えからは、タクシー業界の苦悩がにじんでいるようにも感じられる。

「日本型ライドシェア」の導入は決定したが、同時に既存タクシーの供給力を最大化する取り組みも進めているのだ。タクシー業界は、昨夏から突如として盛り上がったライドシェア議論について、一貫してイコールフッティングを求め続けてきた。

日本で提唱されているライドシェアの定義は現状、曖昧な箇所も多く、それが現場や識者すら混乱させてきた面がある。また、仮に事故が起きた際の責任の所在をアプリなどのプラットフォームに求められるのか、安全・安心輸送の不安も指摘されてきた。

競争促進なら公共交通機関と同等の条件を

川鍋氏は、「既存の公共交通機関との競争を促すという意図を考慮してのライドシェア解禁というのであれば、運行管理や営業地域・運賃など最低限同等の条件でなければ健全な競争は成り立たない」と言う。

「ライドシェア導入の経緯は、雇用や安全性という旅客運送で守られなければいけないことよりも、短期的な利便性ばかり見られていた、と感じます。定義が曖昧なまま、客観的データを重視するわけでもなく、ライドシェアありきで進んできた面もありました。最大の懸念はいったんスタートすると簡単には元には戻せない、ということです。

そんな中でタクシー業界としては、国土交通省に求めていた二種免許取得などの規制緩和については、スピード感を持って対応いただけたので現場は人員が回復傾向にあり、好循環が起きていると感じています」(川鍋氏)

タクシーを含むバスなどの公共交通は、安全・安心の観点から「規制産業」として発展してきた歴史がある。1950年代には「神風タクシー」と呼ばれた無謀運転が横行したことで規制が本格化され、1960年代にはタクシーセンターも設立した。2016年には41名の死傷者を出した「軽井沢スキーバス転落事故」が発生しているが、大きな事故などを節目に、規制が強化されてきた。

「公共交通機関として、有事を避けるための知見や厳格なルール管理、万が一事故が起きた場合の責任の所在を明確にしなければいけません。それがプラットフォーム型のライドシェアだと明確にしにくい面がある。そもそもビジネスモデルに運行責任や最終責任という概念が組み込まれていないからです。そのためにもタクシー会社が管理を行う必要があるのです。

規制と緩和を繰り返してきたのが我々タクシー業界でもあり、その歴史の中でこれだけ安全・安心を徹底しても残念ながら事故は起きてしまうものです。特に日本のタクシーはトリップアドバイザーで世界一を獲得するほど評価が高く、その基準に国民も慣れている土壌があります。『日本型ライドシェア』の運行は、事故を起こさない制度づくりを含め、我々の存在意義をかけた闘いになるでしょう」(川鍋氏)

海外のライドシェアは労働者が優先されていない

川鍋氏は、コロナ前までは毎年ライドシェアの視察で海外を訪れ、各地で利用もしてきた。その経験から、「海外のライドシェアは労働者優先のビジネスではなく、あくまでプラットフォーマーや株主主体のビジネスの域を出ない」という結論に至った。

「前提として、ニューヨークのような大都市でもドライバーさんの収入はとても不安定。安定して稼げる仕事ではない、ということです。例えばマンハッタンでは、車の中で15%程度ライドシェアが占める割合が理想とされています。裏を返せば、それだけたくさん車両があって、顧客の奪い合いになっているということです。

つまり車両の増加はライドシェアだけではなく、タクシーなどの賃料も相対的に下げることになります。これではまったくもって労働者に優しくなりません。そこはしっかりと理解していただきたい部分でもあります。その視点からも全面解禁には反対です」(川鍋氏)

ライドシェアの本質的な問題点としては、安全性と並び持続的なサービスが可能か、という点も挙げられてきた。既存のタクシー会社の管理下に入るという案でいうならば、そもそもドライバーの確保が難しいだろうという根本的な課題にぶつかる。

筆者は業界団体の他にも、永田町で議員や省庁への取材も重ねてきたが、一番多く聞かれたのは「限定型のライドシェアは業界、利用者、ドライバーの誰の得にもならない」という考えだった。場当たり的な解決策として限定的なライドシェアを解禁することは、回復傾向にあるタクシードライバーの採用にも歯止めをかける可能性があり、ライドシェアが稼げる土壌がないまま市場が解禁されると、利用者やドライバーにもネガティブな印象を与えかねないからだ。その懸念が顕在化されようとしている今、川鍋氏は以下のような問題提起をした。

先行した欧州では規制回帰の流れ

「海外型ライドシェアはワーキングプアを引き起こしかねないシステムです。その影響はライドシェアのドライバーだけではなく、他の公共交通にも派生します。1つの例として、コロナ禍に浸透した『ウーバーイーツ』などフードデリバリーのドライバーの収入は今、どうなっているのでしょうか? ライドシェアをむやみに導入して、結局ドライバーが集まらない、定着せずに持続的なサービスが提供できなかった場合、はたしてどこがそれを補うのでしょうか。

ライドシェアという概念がなかった日本で、先行した欧州の規制が逆に強まっている今、周回遅れで本当に必要なのかをここでしっかり検討すべきです。タクシー業界としては、回復傾向にある乗務員増加をさらに加速させ、都市部・観光地・地方や過疎地それぞれの客観的データに基づく等身大の課題に応じた対策を速やかに講じるなど、できることを全力でやっていくことで適切な需給バランスに近づけることができると考えています」

タクシー業界の切なる訴えは、利用者にとっても決して他人事ではない。今後はガイドライン策定に尽力しながら、運行開始する4月までにまずは数百人のドライバー確保を目指していく方針だ。

(栗田 シメイ : ノンフィクションライター)