広島県東広島市で実証実験を行う、JR西日本が開発中の自動運転・隊列走行バス(記者撮影)

自動運転のバスが隊列を組んで走る。JR西日本が開発を進めていた自動運転・隊列走行BRTの実証実験が2023年11月7日から公道で行われている。場所は広島県東広島市。JR西条駅と広島大学を結ぶ約5kmの区間だ。「公道においてバスを自動運転、隊列走行させる実証実験は国内で初めて」とJR西日本の広岡研二・広島支社長が胸を張る。

社会実装へ「公道での実証実験」

JR西日本は、2021年9月から滋賀県野洲市にある同社の専用テストコースで自動運転・隊列走行BRTの実証実験を進めてきた。開発にあたっては東京大学発のベンチャー企業「先進モビリティ」が自動運転や隊列走行のシステムを構築するほか、ソフトバンクが車内監視、統括制御システムを構築、連節バス、大型バス、小型バスの3台が隊列を組んで走行する。センサーやカメラで前方の物体やその距離を認識し、認識した物体が車なのか人なのかを即座に判断する。日本信号が踏切・信号制御や行き違い信号制御などのシステムを構築する。

ドライバーレスだが無人運転ではない。隊列走行時は先頭車に運転士が乗り込み、乗降口の安全確認、ドアの開閉、車内アナウンス、不測の事態が起きたときの緊急停止などを行う。何も問題がなければ運転操作をしないが、異常時には手動で運転する。将来の目標は先頭車だけ運転士が乗車し、後続車には運転士が乗車しない無人運転だ。その先の未来には先頭車の無人運転も見据える。実証実験を報道公開した様子は2022年10月31日付記事(JR西日本「自動運転・隊列走行BRT」実際に使えるか)に詳しい。

テストコースを使った実証実験は2023年7月に完了、社会実装に向けた次のステップとして、公道での実証実験が行われることになった。選ばれたのが東広島市である。

東広島市は広島市の東側に位置し、人口は19万人。広島大学が旧西条町に統合移転することが決まったことを受け、その受け皿として西条町ほか周辺3町が1974年に合併して東広島市として発足した。

実証実験が東広島市になった理由

移転後の広島大学と最寄り駅のJR西条駅を結ぶ交通アクセスとして、中央分離帯がある4車線の広い道路が整備された。歩道は緑が多く、電柱や電線は地下に埋設され、どこかヨーロッパの道路を思わせ、市民の間ではフランス語で「大通り」を意味する「ブールバール(Boulevard)」と呼ばれて親しまれている。

ブールバールには駅と大学を結ぶ路線バスが走っているが、広島大学の学生数は約1万1000人、教職員数は約5000人。ブールバールの整備に合わせ、市はバスよりも大量の旅客を輸送する新交通システムの導入を模索していた。「当時はLRTやモノレールを想定していた」と市の担当者は話す。この構想は日の目を見ないまま年月が過ぎた。市は「市内の移動を支える公共交通の利便性が十分でない」として、効率的で利便性の高い公共交通の実現を模索している。

一方、広島大学は次世代の公共交通サービスの構築に向け、キャンパス内で自動運転のEVシャトルバスを運行させる実証実験を2021〜2022年に行っていた。そして、JR西日本も公道を使った自動運転・隊列走行BRTの実証実験の場を探していた。

この点において、JR西日本、東広島市、広島大学の思惑が合致した。3者は2022年11月に連携協定を締結、2023年11月から実証実験がスタートした。準備運転や技術検証を経て、実際に客を乗せて運行する試乗会が1月10日から2月4日までの日程で行われている。


公道を走行中の自動運転バス。運転士はハンドルから手を離している(記者撮影)

西条駅近くの中央公園前バス停を出発し、広島大学で折り返して同バス停に戻る。路線バスと同じルートをたどる1周約12kmの行程だ。JR西日本のテストコースでは連節バス、大型バス、小型バスの3台で隊列走行したが、今回隊列を組むのは連節バスと大型バスの2台のみ。テストコースでの実証実験との違いはほかにもあり、テストコースではGNSS(衛星測位システム)と道路上に一定間隔で埋設した磁気マーカーを使って車両の位置を検知していたが、今回は公道ということもあり、磁気マーカーの埋設はせず車両の位置検知はGNSSのみで行われている。

また、信号との連携もしていない。「西陽が差した場合などに信号の色を100%認識できないケースがあるため灯火認識に加えて信号機から灯火情報をもらうという二重の方法で信号連携を行う必要があるが、そのような実験の実施に向けた協議調整を行うことが今年度は間に合わなかったため、今回は見送った」と、JR西日本でこの事業を担当する近藤創・次世代モビリティ担当課長が話す。


東広島市での自動運転・隊列走行バス実証実験の走行ルート(画像:東広島市・JR西日本)

路駐は手動回避、隊列走行にも課題

1月10日の試乗会が報道陣向けに公開された。報道陣は前方の連節バスに乗る。出発したバスは速度をぐんぐんと上げ、時速40kmで走行する。前方に車が入ってくると速度を落として車間距離を保つ。ルートにはやや勾配がある区間がある。「勾配での発進の際、当初はバスが後退したこともあったが、加速力を調整して後退せず発進できるようにした」(近藤担当課長)。確かに乗り心地はスムーズで手動運転と変わらない。

運転席の様子を観察していると、運転士の手はハンドルの近くにあるがハンドルには手を触れていない。ただ、自動運転区間でも時折、手動操作をしている。手動運転に切り替わるケースはいくつかある。まず、信号と連携していないため信号の手前では手動運転を行う。また、高架下の走行時などGNSSの電波が弱く車両の位置検知に支障がある箇所でも手動運転を行う。さらに、バスは歩道寄りを走るため、車が路上駐車などで路肩に止まっていることがある。「技術的にはさまざまなセンサをつけていけば自動運転で回避することも可能と考えるが、大型バスでそれを目指すと開発などに時間やコストも増えることや、路上駐車はバス専用レーン設置によって解決可能な課題である点を踏まえて、今回の実証実験では手動運転で回避することにした」(近藤担当課長)。


自動運転区間ではハンドルには手を触れないが、信号の手前や路上駐車の回避などは手動で操作する(記者撮影)

全ルートにおいて隊列走行を行うわけではなく、隊列走行区間は一部に限られている。走行の途中で信号が赤に変わると隊列が途切れる可能性があるため、信号連携を実施していない今年度の実験では、信号がない1.5kmの区間のみを隊列走行することにしたのだという。

また、隊列走行の課題は信号以外にもある。今回はバスとバスの車間距離を10mあけた状態で出発し、その後は20mまで広げる。貨物トラックの後続車無人隊列走行の実証実験が高速道路で実施されているが、車間距離は10m程度に抑えている。トラックとトラックの間にほかの車が割り込まないように車間距離を短くする必要があるのだ。

バスについては「トラックと違いバスは客を乗せて走るので、安全のため十分な車間距離を取らざるをえない」(近藤担当課長)。そのため、車間距離が20mの状態でほかの車が割り込んできた場合には隊列走行は解除される。ほかの車の割り込みや信号の問題を避けるためには、バス専用レーンやバス優先信号を導入するしかない。


自動運転の状況などを示すモニター画面(記者撮影)

「できるだけ早く社会実装したい」

公道を走行する場合の課題はほかにもある。後続のバスに運転士が乗車しない場合、運賃収受は交通系ICカードで対応できたとしても、現金払いの客をどうするか、車いすの客の乗降をどこまで手伝うかといったことだ。課題は山積だが、東広島市の高垣広徳市長は「できるだけ早く社会実装できるようにしたい」と意気込む。


自動運転バスの前に並んだ関係者。左からJR西日本の広岡研二広島支社長、広島大学の越智光夫学長、東広島市の高垣広徳市長(記者撮影)

既存の道路をバス専用レーンにすると、かえって交通渋滞の悪化につながりかねないが、高垣市長は、「中央分離帯の活用を考えている」と話す。市の担当者に尋ねると、「新交通システム構想でもブールバールの中央分離帯のスペースを活用することが検討されていた」という。

BRTとはBus Rapid Transit(バス高速システム)の略称であり、バス専用レーンやバス優先信号を組み合わせてこれまで以上に早く・時間どおりに目的地に到着できるバスシステムだが、今回はバス優先レーンを設けず信号との連携も見送ったため、BRTとは言い難い部分がある。その意味ではBRTではなく自動運転・隊列走行バスの実証実験ということになる。

しかし、東広島市が将来的に目指しているのは自動運転・隊列走行BRTである。その導入によって、便利で質の高い移動ができるようになるという。中央分離帯をバス専用ルートとして整備するとなればかなりの投資が必要となるが、市にはその覚悟があるということなのだろう。

今年は東広島市が誕生して50周年を迎える節目の年だ。もし自動運転・隊列走行BRTの社会実装に動き出すことが決まれば、50年来の夢の実現に向けた第一歩となる。


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(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)