恐竜の化石を発掘している田中助教(出所:『最強の恐竜』)

「恐竜化石を見つけましたよ」という留学生からの情報提供で、まだ誰も恐竜化石を見つけたことのないウズベキスタン・フェルガナ盆地に向かった田中康平・筑波大学生命環境系助教。

化石と思われたものの正体は「木の化石」で心底がっかりするが、向かった首都タシケントの地質博物館であるものに目が留まる。肉食恐竜の上顎の骨は、これまでにウズベキスタンで確認されたどの肉食恐竜よりもサイズが大きかった。ということは……!?

田中助教の新刊『最強の恐竜』から、知られざる恐竜学者の日常をお伝えする。

前編:恐竜学者「化石がある」ならウズベキスタンへも まさかの"ボウズ"から一転、新種の恐竜発見

陸上の支配者だったカルカロドントサウルス

ウズベキスタンの地質博物館にあった上顎の化石は、上顎骨と呼ばれる頭骨のパーツである。皆さんにもある、上唇がある部分の骨だ。上顎骨は頭の左右にひとつずつあるが、博物館に保管されていたのはその左側である。

すでに歯は抜け落ちてしまっているが、歯の収まっていた歯槽が合計で8個残されていた。残された上顎骨の長さは24.2センチ。欠けてしまっている部分の長さも考慮して推定すると、元々の長さは46センチほどだったと考えられる。


ティムレンギア(左)と並べたナゾの肉食恐竜の上顎骨(顎の内側の面)ウズベキスタン国家地質博物館所蔵(出所:『最強の恐竜』)

帰国してから、私は茨城県つくば市にある国立科学博物館の収蔵庫へ出かけた。国立科学博物館なら東京・上野にあるでしょ、と思う方もいるかもしれないが、実は研究者のオフィスや研究施設、そして膨大な数の標本を収蔵する標本室はつくばにある。私の職場である筑波大学と目と鼻の先なのでとても便利だ。

これまでの分析で、ウズベキスタンで観察した上顎骨はカルカロドントサウルス類という肉食恐竜のグループに属する可能性が考えられた。系統解析という、骨の特徴をコンピュータ上で解析し、恐竜どうしの系統関係を構築する方法で調べた結果だ。

カルカロドントサウルス類には大型種がたくさん含まれていて、全長10メートルを超えるカルカロドントサウルスやギガノトサウルスなどが有名だ。白亜紀後期の前半までは、カルカロドントサウルス類は北半球と南半球の両方に生息していたことが知られている。

ティラノサウルスのなかま(ティラノサウルス類)が勢力を拡大する前は、カルカロドントサウルス類が世界進出を果たしており、陸上の支配者だったのだ。

特に南半球ではおそらくティラノサウルス類が不在だったので、頂点に立つ捕食者として巨大種がたくさん出現している。中にはティラノサウルスのように前あしが矮小化した種(メラクセス)もいて、収斂進化したことが分かっている。

どういうわけかその後、カルカロドントサウルス類は忽然と地球上から姿が消えてしまう。北半球では完全に絶滅してしまう。その背景には、ティラノサウルス類の台頭があっただろうと私はみている。

上顎骨の長さから全長を推定

早速、収蔵庫の整然と並んだ白いキャビネットを開けて、カルカロドントサウルス類に近縁な肉食恐竜の頭骨レプリカ標本を取り出してもらった。ノギスやメジャーを使って、上顎骨の長さや頭骨全体の長さを測っていく。

ウズベキスタンの部分的な骨とは異なり、国立科学博物館の標本は完全な頭骨だったので、その大きさにとても驚いた。骨1個だけだとその恐竜の大きさを想像するのはとても難しい。でも、完全な頭骨であればその大きさは一目瞭然。

例えばヤンチュアノサウルスは上顎骨だけで47センチあり、頭骨全体では80センチ近くもあった。ちょっとしたちゃぶ台くらいある。なかなかの威圧感だ。

国立科学博物館で調査した恐竜は全身骨格が見つかっていたので、その論文に当たれば全長が記載されている。つまり、1種につき上顎骨の長さと全長データの両方を入手できる。

そこで私は考えた。いろいろな肉食恐竜で上顎骨の長さと全長を調べ、両者の間に比例関係(正確には相関関係)が見られれば、上顎骨の長さから全長を推定できるだろうと。

さらにデータを集めて統計分析をすると、予想通り、高い相関関係が得られた。上顎骨が大きい種ほど、全長も大きくなる。この関係は簡単な式(y = ax + bという回帰式、中学校でやったよね)で表すことができる。

この式にウズベキスタンの標本も当てはめると、全長は7.5〜8メートルくらいとはじき出された。全長12メートルに達するティラノサウルスやギガノトサウルスにはかなわないが、そこそこ大きな肉食恐竜だ。

これは新種新属の恐竜である

9000万年前のウズベキスタンには、やはり小型のティラノサウルスの仲間であるティムレンギアを凌駕する肉食恐竜が存在していた。上顎骨をさらに調べると、他のどのカルカロドントサウルス類にも見られない固有の特徴がいくつかあった。

例えば、骨の表面にミミズ腫れのような縦じわが入っていたり、前眼窩窓とよばれる大きな穴の縁部分にこぶ状の隆起が見られたり、といった具合だ。ひとつだけの骨だが、4つも新しい特徴を見出すことができた。この発見により、新しい種類の恐竜であることは確定的となった。

私たちはこの恐竜を、新属新種のウルグベグサウルス・ウズベキスタネンシスと名付け、発表した。

「ウルグベグ」という学名は、15世紀にウズベキスタンなどの地域を統治していたティムール王朝の君主、ウルグ・ベグにちなんでいる。ウルグ・ベグはティムール王朝の創始者であるティムールを祖父に持ち、数学者や天文学者としても名を馳せたという。

恐竜学者の北海道大学・小林快次先生とタシケントの街中を歩いていた時、たまたまウルグ・ベグの銅像に出くわしたことがある。後から気が付いたのだが、私たちが歩いていたのは「ミアゾ・ウルグベグ通り」というウルグ・ベグを記念した通りだったのだ。

私はテンションが上がり、パシャパシャ写真を撮りまくった。小林先生はいたって冷静である。銅像を見る限り、ウルグ・ベグはマッチョでイケメンだった。文武両道、およそ非の打ちどころがない、頼れるリーダーだ。地球儀を脇に携え、彼方を見つめるウルグ・ベグ像を前に、小林先生はこう呟いた。

「王さまで科学者でイケメン? そんな完璧なやつ、いるかい?」

私はウルグ・ベグマッチョ説を信じたい。

体の大きさは肉食恐竜において重要である。大型の方が、より生態系で上位の恐竜と考えられるからだ。ウルグベグサウルスはティラノサウルスのご先祖様のティムレンギアを差し置いて、当時の生態系の頂点に君臨していたようだ。

当時、カルカロドントサウルス類とティラノサウルス類が共存していたことを示す証拠だ。共存の記録として、白亜紀後期の9000万年前というのは比較的新しい。それまでの共存の証拠はもう少し古い時代(ジュラ紀後期や白亜紀前期)だった。

つまり、ティラノサウルス類が北半球で勢力を拡大し、カルカロドントサウルス類が北半球から撤退するのは少なくとも9000万年前よりも後の時代、ということになる。ウズベキスタンでの発見が、肉食恐竜の競争の歴史に、新たな情報を加えてくれた。

骨ひとつでも侮れない

あの時、留学生のオタベック君が「恐竜化石を見つけましたよ」と言って私の部屋にやってこなかったら、ウズベキスタンに行くことは決してなかっただろう。

あるいは、運よくフェルガナ盆地で化石が見つかっていたら(それはそれで最高だけれども)ウルグベグサウルスにはたどり着けなかったかもしれない。


どっちにしても、オタベック君の一言からすべては始まったのだ。フェルガナ盆地で化石が見つからなかったのは失敗ではない。いや、失敗しても良い。失敗から新たなプロジェクトが生まれるのだ。ウズベキスタンでの経験は、失敗を恐れずに突き進めと、私たちを鼓舞してくれた。

もちろん、これですべての研究が終わったわけではない。私たちのウルグベグサウルスの研究結果に異議を唱える研究者もいる。古生物学は往々にして、タイムマシンでもない限り、正解にたどり着くことができない学問である。

正解に近づくためには今後、さらなる調査が必要である。もしかしたらまだ、ウルグベグサウルスの残りのパーツがどこかに眠っているかもしれないのだ。

(田中 康平 : 筑波大学 生命環境系 助教)