ならびっこゲームで元気に駆け出す子どもたちと早大野球部の部員たち(写真:筆者撮影)

季節外れの暖かな日差しが注ぐ、師走の野球グラウンド。早稲田大学野球部OB会が子どもたちに外遊びの場や機会を提供しようと、同部グラウンドを無料開放するイベントを催した。参加したおよそ120人もの小学生は、はち切れんばかりの笑顔で思い思いに広いグラウンドを駆け回っていた。

近年の小学生は学童保育や習い事に忙しく、さらにはコロナ禍を経てゲームやYouTubeが外遊びに取って代わりつつある。子どもたちの時間の使い方が変化している今、外遊びの機会を提供する意義について取材した。

野球と鬼ごっこを掛け合わせて遊ぶ

昨年12月、東京都西東京市にある早稲田大学野球部のグラウンドには、同部OB会主催の「おにごっこ×野球〜WASEDAで遊ぼう」に参加する小学生125人が集まった。

2015年に始まった本イベントは、コロナ禍による中断を経て今回で7回目の開催となった。野球経験の有無にかかわらず、小学生なら誰でも参加できるとのことで、私も小学1年生の娘と参加した。

子どもたちに混ざって遊びをサポートするのは、4年生の現役部員たちだ。彼らが最初にキャッチボールやバッティングを披露すると、間近で見るスイングの力強さや打球の速さに、子どもたちから「すごい!」と歓声があがった。

その後、数グループに分かれ、子どもたちは部員たちとさまざまな鬼ごっこを楽しんだ。同部OB会が考案した「ならびっこゲーム」も、そのうちのひとつだ。

ならびっこゲームは、まず攻撃チームのバッターがボールを打ち、一塁まで走ったらUターンして本塁に戻る。その間に守備チームはみんなで打球を追いかけ、チーム全員が落ちたボールの元にそろったら「アウト」と叫ぶ。バッターが本塁に戻るほうが「アウト」のかけ声より早ければ、攻撃チームの得点となる。

初めてバットを握る子どもも多く、部員たちがバットの構え方を優しく教えていたのが印象的だった。思うようにボールが飛ばなくても、「上手、上手!」「さっきより飛ぶようになったね!」と部員たちが励ましてくれるので、打順が回ってくるのを待ち遠しそうにしている子も多かった。参加した小学1年生の女の子は「バットを思い切り振って、ボールを遠くに飛ばすのがおもしろかった」と話した。

ほかにも同部OB会と、“スポーツ鬼ごっこ”の普及啓発活動をしている「鬼ごっこ協会」が野球をイメージして考案した「ダイヤ鬼」で楽しむ姿も見られた。

「ダイヤ鬼」は、本塁からスタートし、各塁間にいる鬼にタッチされないようにダイヤモンドを一周する鬼ごっこだ。タッチされたら、本塁に戻って再スタートとなる。子どもたちは鬼になった部員たちをかいくぐりながら、本塁を目指して楽しそうに走っていた。

日が暮れるころには、子どもたちと部員はすっかり仲良くなっていた。遊んでくれた部員たちに肩車をしてもらう子どももいて、ほほ笑ましい。また、キャッチボールをしたり、一緒に芝生に寝転がって空を眺めたりする親子もいた。


部員たちとすっかり仲良くなった子どもたち(写真:筆者撮影)

参加した子どもたちに話を聞くと、「鬼ごっこが楽しかった。次回も参加したいです」(小学2年生男子)、「お兄さんがすごく優しくて、仲良くなれた!」(小学1年生女子)という声が聞かれた。

同部の森田朝陽主将は、「普段、子どもと遊ぶ機会はないので楽しかった。こういったイベントは、子どもたちがスポーツに触れる良い機会になると思う」と話した。

放課後はゲームや習い事・学童が増加

文部科学省の「全国学力・学習状況調査(2021年8月発表分)」によると、平日に1時間以上テレビゲーム(パソコン、携帯ゲーム、スマホゲーム含む)をする小学生は75.9%にものぼる。これは15年前の2009年度実施分(47.5%)のおよそ1.5倍の数値だ。

放課後の時間が、ゲームに代わっただけではない。ベネッセ教育総合研究所の「学校外教育活動に関する調査(2017年)」 によると、定期的に塾・教室(そろばんや習字など含む)に通う子どもは、小学1年生でも4割を超え、小学4年生で5割を超える。

イベントに参加した保護者に話を聞くと、「放課後は仲の良い友達が学童や習い事で忙しく、一緒に遊べない日も多い」(小学2年生男子の父親)という声があがった。

ほかにも「学童に通っているので、外遊びは学校や学童でだけ」(小学2年生女子の母親)、「近所にボール遊びができる広い場所もないので、イベントに参加できて良かった」(小学1年生男子の父親)と話す保護者もいた。

部を通して「未来に貢献したい」

「早大野球部にお世話になったから、今の自分がある。育ててくれた部に恩返しできる場があればと、本イベントを立ち上げた」と話すのは、同部OBで現在北海道日本ハムファイターズのGM補佐兼スカウト部長を務める大渕隆氏だ。

大渕氏はスカウトという仕事柄、野球競技人口の減少や勝利至上主義に偏った指導など、野球界のさまざまな課題を痛感してきた。

そこで、部を通して将来の野球界に少しでも貢献できればと、子どもたちが野球に興味を持つきっかけとして同部グラウンドを開放し、前述のならびっこゲームや、ボール投げ計測などを行うイベントを企画した。


イベントでは、部員たちのバッティング見学の時間なども取られた(写真:筆者撮影)

2015年から毎年行われてきた本イベントだったが、2020年と2021年はコロナ禍で開催できなかった。一昨年(2022年)、コロナ禍の収束により再び開催できることになり、OB有志が集まりイベントの内容を練っていた際、メンバーのひとりが「何か違う」と一石を投じたという。

「コロナ禍を経て、子どもたちはそもそも外で遊べていないのではという話になったんです。調べてみると、コロナの感染拡大を機に子どもたちの体力は落ち、肥満が増加したというスポーツ庁のデータが出てきた」(大渕氏)

さらに調べると、体力低下や肥満増加だけでなく、塾や習い事で放課後のスケジュールが埋まっている子どもが多いことや、ボール遊びができない公園が多いこともわかった。

「野球に興味を持ってもらう前に、外遊びの機会を子どもたちに提供しなければ」と考えた大渕氏らは、子どもたちに親しみのある「鬼ごっこ」に着目し、鬼ごっこ協会と連携。野球をイメージした「ダイヤ鬼」を開発し、イベントで行うことにした。


ダイヤ鬼を楽しむ子どもたち(写真:筆者撮影)

そして昨年(2023年)12月、同部の小宮山悟監督の呼びかけにより、部のグラウンドを遊び場として開放する試みは東京六大学全てに広まった。六大学全ての参加者を合わせると、480人にものぼったそうだ。

大渕氏は、今後のイベントの展開について「学校施設、特に大学には良いグラウンドがある。このような取り組みが全国の野球部のグラウンドに広がれば。また、アメフトやラグビーなど他競技にも取り組みが広がると、スポーツが子どもたちにとって、さらに身近になるのでは」と話す。

企画・運営する原動力は何か

冒頭のイベントには、30人あまりの同部OBがボランティアで参加した。司会進行や子どもたちの見守りはもちろん、チラシ作成などの広報も全てボランティアで行われている。

大渕氏はじめ、参加したOBのほとんどは現役世代だ。多忙な仕事の合間を縫ってまで活動を続ける原動力とは、一体何なのだろうか。

「子どもたちから『楽しかった』と言ってもらえるのが、何よりうれしい。イベントを通じて子どもたちの笑顔を見ることが、部への恩返しだけでなく、われわれの人生の豊かさにもつながっている」(大渕氏)

外遊びの機会が減り、スポーツは子どもたちにとって習い事として行うのが主流になりつつある。そんななか、早大野球部のOB会は「子どもたちの日常において、スポーツをもっと身近にしたい」と今後も活動を続ける。今年(2024年)の春秋にも、グラウンド開放を行う予定だ。

一方で私たちも、誰もが何らかの団体や人と関わりを持っている。関わり合う人が力や知恵を出し合えば、誰かの暮らしや社会がよりよくなるきっかけを作ることができるのかもしれない。

(笠井 ゆかり : フリーライター)