台湾総統選で勝利した頼清徳氏(中央/写真:AP/アフロ)

1月13日の台湾総統選では、民進党の頼清徳候補が勝利を収め、民進党が3期連続で政権を担うこととなった。一方で、総統選と同時に行われた立法委員選では、国民党が第1党となり、民進党は少数与党に転じ、「ねじれ」状態となった。

中国外務省は台湾総統選の結果を受け、「台湾島内の情勢にかかわらず、台湾が中国の一部だという基本的な事実は変わらない」と強調した。また今年11月には、アメリカ大統領選挙が実施され、その結果が台湾有事リスクに影響するとの見方が強い。

日本企業の備えは?

このような状況下において、日本企業は台湾有事を念頭に“備え”を進めておくべきだろう。

地経学研究所が2021年から毎年行っている経済安全保障に係る企業アンケートの最新版「2023年 経済安全保障100社アンケート(暫定速報)」において、台湾有事に関する企業の対応状況は以下の通りだった。

・台湾有事のシミュレーションを計画している(39.7%)

・台湾有事のシミュレーションを終え、対応計画を準備している(25%)

・台湾有事のシミュレーションを終え、対応計画に沿った準備が整っている(7.4%)

アンケートに回答した企業の多くは台湾有事に向け、シミュレーションを計画・実施しており、思いのほか多くの企業が取り組んでいると認識したのではないだろうか。

この台湾有事のシミュレーションでは、台湾有事におけるシナリオを描き、企業対応の“穴“を可視化し、対応策を検討するもので、台湾有事への備えとして有効な手段だ。

では、台湾有事のシナリオはどのようなものなのか。

昨年7月、「日本戦略研究フォーラム(JFSS)」に、国会議員や元自衛官、アメリカ、台湾から有識者らが参加し、台湾有事を想定したシミュレーションを開催した。

想定されたシナリオでは、中国によるサイバー攻撃が台湾、日本を標的に行われ、官公庁のサーバーがダウン、鉄道や航空のサイトが使用できなくなるほか、沖縄電力や九州電力などのインフラにも被害が及ぶ。さらには先島諸島周辺で海底ケーブルが切断され通信に障害が起きるなど、インフラが機能不全を起こし、社会に大きな混乱をきたすといったものだ。

また、軍事侵攻による統一だけではなく、軍事的圧力により台湾を屈服させたり、台湾を中国国内と同様に見なす法の制定に端を発した“強制的”な平和統一を目指すシナリオも想定されるため、企業としては平和統一のシナリオについての検討も求められる。

なお、現実には不測の事態も起こりうるため、シナリオ分析において、専門家に対しても正確な予測を求めることはできない。そのことを念頭においたうえで、提示されたシナリオの中から、シミュレーションを実施すべきであるのは言うまでもない。

このようなシナリオ分析に対し、多くの企業担当者は沈痛な面持ちで「想定できていない事項があまりにも多い」という反応を示す。

シナリオ分析から見える対応の難しさ

仮に武力衝突を伴うシナリオを想定した場合、サイバー攻撃、通信の遮断、移動手段の麻痺など有事のフェーズに応じ多くの事象が想定される。企業としては、現地駐在社員の退避、海上封鎖に伴う供給網の寸断、対中金融制裁による決済の滞り、現地での施設接収など多くのリスクが想定される。

まず検討されるのは“ヒト”の安全だろう。

中国や台湾の現地駐在員をどのタイミングで退避させるべきだろうか。有事に突入し、通信が途絶えた状態で、はたして日本本社から指示が出せるだろうか。

企業は通信が途絶えることを想定し、その場合には、現地で判断をさせるべく退避マニュアルは備え付けられているべきだろう。ただ、それが中国人社員を通じて当局に知られた場合、中国人社員の反発とともに、当局による圧力などのリスクが伴う。

となると、退避マニュアルは、それを運用する責任者とごく一部の日本人社員にのみ理解させ、有事の際にはそのメンバーが退避に向けた実働部隊となるような手法が想定される。そのような場合、責任者は日本人である必要があるが、そのような人事配置になっているだろうか。

そもそも、有事に突入すれば、社員の退避は極めて困難だ。まず、台湾は、周辺を海で囲われており、陸路で退避するすべがない。

現地に滞在せざるをえないケースも

2022年8月にペロシ米下院議長(当時)が台湾を訪問した際、中国は大規模な軍事演習を行ったが、この時には韓国の主要航空会社であるアシアナ航空や大韓航空は運航を停止した。これが緊張状態ではなく、“有事”となれば、無期限で運航を停止するだろう。台湾有事となれば、ANAやJALは当然ながら、日本と台湾を結ぶ航空機の運航は停止となる。

すると、退避のタイミングを逸すれば現地に長期間滞在しなければならず、現地法人や関連施設において食料などの備蓄が十分確保できているか改めて確認すべきである。

さらに、台湾有事の際は偽情報が飛び交う。偽情報に惑わされず現地からの退避を完遂させために、一定の水準を超えるような軍事的緊張が高まった際に退避を実施する一足早い行動が必要だ。そのきめ細かな指針や退避を実行させるトリガーの設定は準備されておくべきである。

また、有事の際には現地駐在員だけ守ればいいというものではない。現地で雇用し自社のために尽くしてくれている従業員はどこの国であろうとその安全を確保しなければならない。

情報管理の点ではどうだろうか。

従業員の退避と同様に、技術情報や研究情報などの機微情報をどのタイミングで退避させるか。印字された文書などの情報の退避はどうすべきか。データの場合、有事における国外へのデータ移送は可能だろうか。印字情報の退避が不可能な場合、流出を防ぐために積極的な破棄も検討しなければならない。

現地駐在員の退避と同様に、“情報の退避”、も検討されるべき要素だ。この際、アセット(現地法人社屋や関連施設、データセンターなど)の接収・破壊などは想定できているだろうか。

国防動員法への懸念

また、中国の国防動員法は想定されるべきリスクだ。同法は、有事の際に民間企業や国内外に居住する中国民に対して、政府の統制下に服する義務を課している。国防義務の対象者は、18歳〜60歳の男性、18歳〜55歳の女性で中国国外に住む中国人も対象となるため、中国現地法人の中国人従業員が同法に基づいて予備役として徴用されるほか、日本に所在する企業の中国人従業員も徴用される。この際、中国から見れば日本は“敵国”に映る。

また、同法は備蓄物資が国防動員の需要を延滞なく満たすことができなくなったときは民生用資源を徴用できるとし、企業や個人が所有する資源は接収されてしまう。この資源は、物資、施設などが想定されるが、生産設備や物流のための自動車なども対象になる。

さらに、金融、交通運輸、郵政、電信、医薬衛生などの多くの業種を管制下に置くとし、例えば日系企業の金融資産接収や口座凍結なども考えられ、カネの動きが寸断される可能性もある。

台湾有事への備えでは、人や情報の退避に加え、当然ながらサプライチェーンの寸断や制裁の応酬など、ヒトやモノに限らずカネの動きも含め多くの要素が検討されなければならない。

ちなみに、台湾有事の際には、日本における避難行動による渋滞、抗議デモの過激化など多くの混乱が見られることも想定される。台湾有事に伴う影響は、中国・台湾に進出する企業だけではないのは言うまでもない。

台湾有事リスクについていたずらに危険を煽るつもりはないが、危機管理において“備える”ことは当然であり、必須だ。激動の国際情勢において、企業が想定すべきリスクは拡大の一途をたどっている。

(稲村 悠 : 日本カウンターインテリジェンス協会 代表理事)