(写真:ロイター/アフロ)

能登半島地震の震源に近い奥能登をはじめとする4市5町は、「能登の里山里海」として世界農業遺産に認定されている地域である。昨年11月には「農業遺産シンポジウム」が和倉温泉で開催され、地域資源を活用した活性化への取り組みをアピールしたばかりだった。一味違った地域活性化の試みとして注目されていたのだが、今回の地震で構想はどうなってしまうのか。

独自性のある伝統的な農林水産業を営む地域

世界農業遺産とは、社会や環境に適応しながら時代を超えて継承され、関連文化を育んできた世界的に重要な独自性のある伝統的な農林水産業を営む地域、システムを国際連合食糧農業機関(FAO)が認定したものだ。世界26カ国86地域、日本国内では15地域が認定されている(2023年11月10日時点)。

「能登の里山里海」は2011年、日本で初めて認定された。日本海に面した急傾斜地に展開する「白米千枚田」をはじめとした棚田や、強い潮風から家屋を守る間垣(竹の垣根)など独特の景観が存在する。

伝統的な技術としては伝統工芸の「輪島塗」や「揚げ浜式」と呼ばれる製塩法、女性が素潜りでアワビなどを採る「海女漁」、里山の保全に密接に結び付いた「炭焼き」等が受け継がれてきた。

伝統文化としては巨大な灯篭を担いで練り歩く「キリコ祭り」や農耕儀礼「あえのこと」などの祭礼が能登各地で行われている。これらが評価されて世界農業遺産として認定されたものである。

世界農業遺産に認定された直後に能登の9市町が「世界農業遺産活用実行委員会」を立ち上げ、「いしかわ里山創成ファンド」を設立。その後「いしかわ里山振興ファンド」と改称し、基金を120億円に拡充し、その運用益で地元の商品開発や地域活性化イベントを支援してきた。

耕作放棄地でソバや大豆の有機栽培を行い特産品を開発したケース、年間1万2000人(うち外国人1700人)が訪れる農家民宿群の運営、移住者による茅葺屋根の材料である茅の生産などの事業が繰り広げられ、世界農業遺産を活用する形での観光客誘致や、景観保全、循環型農業の継承などに結び付いた。

このほかにも世界農業遺産のブランド化、金沢大学が行っている「能登里山里海SDGsマイスタープログラム」という人材育成、電気自動車での快適ドライブを目指す「能登スマート・ドライブ・プロジェクト」など、さまざまな取り組みが行われてきた。

2021年には国内すべての農業遺産認定地域が加入した「農業遺産認定地域連携会議」が発足。昨年11月には「能登の里山里海」世界農業遺産活用実行委員会の主催で、和倉温泉で「農業遺産シンポジウム」が開催され、能登地域2校を含む認定8地域11校から26人の高校生が参加し、意見交換会を踏まえて農業遺産の保全・活用に向けた「農業遺産ユースアピール in 能登」を発表した。次代を担う若い世代からのアピールということで、意義深いものがあった。

美しい棚田に亀裂

こうした能登独自の取り組みを展開していこうという矢先に大地震に見舞われてしまったのである。その被害は極めて深刻だ。

「能登の里山」の象徴で国の名勝にも選ばれている輪島市の白米千枚田(しろよねせんまいだ)。約4ヘクタールの範囲に約1000枚の小さな棚田が展開する。

地震直後、付近を通る国道249号は道路のひび割れや土砂崩れなどにより至る所で寸断された。展望台から千枚田を見渡せる人気スポットの道の駅には、観光で訪れた県外からの客などが孤立し車中泊を強いられていた。美しい棚田には無残な亀裂が多数入っている光景が報じられている。


白米千枚田(2017年撮影:マフグァラン/PIXTA)

農業関連の被害も広範に及んでいる。14日午後2時現在、農地の亀裂、土砂埋没など41件、農道の亀裂、崩壊、陥没など73件、水路の破損、崩壊など39件などとなっているが、ここには甚大な被害を受けた奥能登の2市2町(輪島市、珠洲市、能登町、穴水町)の記載がない。石川県に確認すると「まだ被害確認ができていないため」だという。実際には相当数の被害箇所があると見ていいだろう。

大きな河川がない能登地方にはため池が多いが、その被害も大きい。ため池の亀裂、崩壊などは104件で、奥能登では能登町が24件、珠洲市25件、輪島市3件、穴水町1件となっている。

畜産関連では停電や断水などの影響で家畜に与える水やエサの供給が一時深刻な状況に陥った。その後、停電の解消で地下水をポンプでくみ上げられるようになった牧場もあるが、エサに関しては道路の寸断、渋滞などの影響で絶対量が不足しているという。畜産関連の施設損壊は43件に及んだ。

漁港も大きな被害

漁業関連の打撃も計り知れない。漁港は県管理7漁港、市町管理51漁港で、防波堤、岸壁、臨港道路損傷などの被害が確認されている。輪島市12漁港、珠洲市7漁港、能登町10漁港、穴水町1漁港と奥能登の被害が大きい。輪島市から珠洲市の外浦海域の漁港では地盤隆起で海底が露出。漁業関係者からは「漁港として使えなくなった」との悲痛な声が上がっている。

漁船の転覆、沈没は146隻以上で、ズワイガニやのどぐろなどの産地である珠洲市が100隻と圧倒的に多い。その他、漁船の座礁、流出も26隻以上あり、輪島市では10隻が座礁した。七尾市、輪島市、珠洲市、能登町の漁船17隻は新潟県内の沿岸に漂着したという。

水揚げ関連の共同利用施設でも断水、浸水、冷凍冷蔵施設・選別機・倉庫崩壊など26カ所で被害が確認されている。こうした状況では、とても漁どころではない。海底隆起で座礁の恐れも危惧されている。暖流と寒流が合流する「潮目」と呼ばれる好漁場がある能登の海域では、のどぐろ、ふぐ、ブリ、ズワイガニ、甘エビ、アワビなど年間200種もの魚介類が獲れる。だが今は出漁さえできない状況が続いている。

「過疎地」からの脱却を目指して取り組んできた「世界農業遺産」ブランドを活用した地域活性化構想はいま、最大の危機に瀕している。一部では能登半島地震の被害額予想8121億円といった数字も出ているが、被害額以上に地域の人々のモチベーションや居住意思に与える影響が心配だ。

人はもとより土までも優しい

能登には古くから「能登はやさしや土までも」という言葉がある。人はもとより土までも優しいという風土を表すとともに、能登の人々の素朴さ、温かさを表しているという。

10日の記者会見で馳浩知事はこの言葉を引きながら、「能登にお住まいをし、伝統と歴史と文化をつないでいた方々の思いを込めた創造的復興が必要」と訴え、そのための「SDGsの考えを徹底的に取り入れたい」と語っていた。

従来型の原状回復ではなく、「能登の里山里海」という世界農業遺産のブランドを踏まえた「創造的復興」によって、1日も早く立ち直ることを願うばかりだ。

(山田 稔 : ジャーナリスト)