もし解明できたら、ノーベル賞10個分の価値!?そんな「宇宙のヤバい話」とは(写真:World Image/PIXTA)

最先端の理系分野で活躍する10人の東大教授が、ビジネスやIT、国家、AIなど多岐にわたるトークテーマを繰り広げる『東大教授が語り合う10の未来予測』。その中から本記事では、戸谷友則教授(天文学)による宇宙の謎について紹介していく。もし解明できたら「ノーベル賞10個分の価値」とまで言われる、最先端の「宇宙の熱い話」とは。

宇宙の膨張を加速させる「ダークエネルギー」

戸谷友則(以下、戸谷):最近の精密観測によると、宇宙の膨張はこれまでは減速していたけれども、今は加速に転じつつあります。

つまり、宇宙は相対性理論で考えると膨張しているけれど、内側に物質が詰まっているから、それらが発する重力によって、膨張する力は落ちて減速するはずなんです。でも、最近の精密観測によると、宇宙の膨張はこれまでは減速していたけれども、今は加速に転じつつある。

瀧口友里奈(以下、瀧口):宇宙の膨張が加速している。

戸谷:はい。減速が終わって今から加速に転じようとしているところなんです。では、加速に転じさせるものは何かというと、今の我々が知っている物理法則にはないんですよ。しかし、アインシュタインの宇宙の方程式にある定数を入れると、うまく説明できるんです。ただ、その定数がどういう意味を持っているのかがわからない。ですから、宇宙の膨張を加速させる未知のエネルギーということで「ダークエネルギー」と呼んでいます。

瀧口:そもそも、宇宙が膨張しているというのはどういう現象なんですか。

戸谷:太陽のような星が1000億個くらい集まったのが、我々の住んでいる銀河系です。さらにその外を見ると、銀河系と同じような銀河が宇宙には散らばっているわけです。で、散らばっている銀河を俯瞰してみると、どうやら宇宙というのは全体が広がってサイズが大きくなっているらしい、ということです。

加藤真平(以下、加藤):つまり、銀河の動きを観測するとだんだん遠くに行っているようだけど、その遠くに行くスピードがちょっとずつ遅くなっている。だから、膨張は少しずつ遅くなっている、という話だったのが、2000年くらいから「あれ? なんかあの銀河、やたら離れて行ってない?」と気づいた、みたいな感じなんですか。

遠くのものほど速く遠ざかる

戸谷:宇宙全体では、遠くの銀河ほど我々から速く遠ざかります。例えば我々が話しているこの部屋に複数人の人が座っていますが、仮にこの部屋がぐっと引き延ばされたとすると、私から見て遠くにいる人ほど速いスピードで離れていきますよね。反対に、私より近い人はゆっくり離れていく。

宇宙でもそれが起きていて、我々から遠い銀河を観測すると、我々から常に遠ざかっています。しかも遠ざかる速度が、遠い銀河ほど、比例して速く遠ざかっている。宇宙が膨張していると考えると、それが合理的に説明できるんです。

これを、1930年代にエドウィン・ハッブルという天文学者が発見しました。そして、宇宙で遠くを見るということは、過去を見るということです(例:いま私たちが見ている太陽は8分前の姿である、など)。

ですから、遠くの銀河や近くの銀河など色々な距離のものを測ると、昔の宇宙の膨張の速度がわかるんです。すると、宇宙の膨張が時間とともにどう変わってきたのかもわかります。これまでは減速していたのに最近は加速に転じているということも、それでわかった。

中須賀真一(以下、中須賀):最初からずっと加速していたわけじゃなくて、一度、減速したというのがすごいですよね。

戸谷:それが謎なんです。すごく不自然なんです。宇宙が始まって138億年ですが、ちょうど我々が住んでいるこの時代に、アインシュタインの導入した宇宙定数が効果を持ち始めて、減速から加速に転じている。

瀧口:宇宙にとっての大切な時期に、たまたま私たちが生きているということですか。

戸谷:たまたま運がいいのか……。宇宙の長い歴史の中で、減速から加速に転じているところに我々が住み合わせる必然性はまったくないんですよ。もっと昔に起きてもいいし、もっと将来でもいい。

中須賀:それは観測方式を今の我々が見つけたからわかった、ということではないんですか。現象としてそうなっているということですか。

戸谷:これを見つけられたのは近年の天文学の発展のおかげですが、それとは別の話で、減速から加速に転じるちょうど宇宙史的な境目の時代(宇宙誕生から100億年程度)に我々が住んでいる、という意味です。それが物理現象として不自然なんです。

アインシュタインの凄さと、その限界

加藤:これ、今の時代にアインシュタインがいたら、解いてくれる可能性はあるんですかね。

戸谷:実は、アインシュタインが生きていた頃から減速から加速に転じているんです。ただ、アインシュタインの時代は観測技術がなかったから、それがわからなかったんです。

加藤:そういう話を聞いていると、アインシュタインは本当に天才だったんだなと思います。だって、観測技術がない時代にアインシュタインが考えたもので、今の物理法則のほとんどを説明できるわけですよね。

戸谷:最近話題になっている重力波も、アインシュタインが予想したものです。ですから、我々はアインシュタインの法則が正しいということを、この100年間、確認し続けているんですね。

瀧口:アインシュタインの相対性理論に限界はないんですか。

戸谷:ダークエネルギーがまさにひとつの限界かもしれません。つまり、ダークエネルギーの正体はよくわからないけれども、あのアインシュタインの方程式に、なにか定数を入れないと説明できない。ただ、すごく不自然な値を入れるので、もしかしたら、そもそもアインシュタインの相対性理論を宇宙全体に適用するのは、やはり不十分なのかもしれない。

なので、ダークマターを説明するためにニュートンの重力理論を修正しようという話がありました。これはうまくいかなかったけど、同じように、ダークエネルギーを導入する代わりにアインシュタインの相対性理論をより高度なものに変えよう、という試みもされています。

加藤:その定数というのは、どんなものなんですか。

戸谷:それ自体は、数学的には誰でもすぐに思いつくんです。それで、アインシュタインは一度、その定数を入れたんですが「やっぱり、これいらない」といって外しています。その定数を入れると、「静止している宇宙」という解が可能になるんです。

でも観測技術がなかった当時、宇宙が実際に膨張していることがわからなくて、アインシュタインも「宇宙が膨張しているわけがない。宇宙は膨張もせず収縮もせず静止している」と思っていた。でも、自分の作った方程式を使うと宇宙は膨張してしまうので、静止した宇宙を作るために方程式を修正したんです。

そして、その数年後にハッブルが、宇宙が膨張していることを発見する。それで、アインシュタインは「やっぱり俺の最初の方程式でよかったんだ」と考えたわけです。それまで彼は、宇宙定数を強引に入れたことは自分の生涯でも最大の過ちだと言っていました。

そのあと、宇宙定数は不要だと思っていたのに、2000年以降になって精密な観測をしてみると、やっぱりアインシュタインの宇宙定数を入れないと計算が合わない、と判明しました。やっぱりアインシュタインは偉いんです。

数学者や物理学者にとっての「チャンス」


加藤:すごいですね。ということは、現代は数学者や物理学者にとっては一発当てるチャンスですよね。相対性理論では説明しにくいことが現実的に観測されている。だから「それを証明しよう」という意欲がわきますもん。

戸谷:既存の法則では説明できないことを明らかにできたら、うれしいことですね。アインシュタインの方程式で全部が説明できてしまったら、我々の仕事がなくなっちゃいます(笑)。

加藤:ダークエネルギーが解明できたら、ノーベル賞ですもんね。

江崎浩:戸谷先生の場合、ノーベル賞が取れる、取れないというより、とにかく原理を解明したいんですよ。それに全力でエネルギーを注いでいる点はすごいと思いますね。上を向いて、宇宙を向いて頑張ってほしいと思います。

(戸谷 友則 : 東京大学大学院理学系研究科天文学専攻教授)
(瀧口 友里奈 : 経済キャスター)