2023年中国・南京での公務員試験会場前の様子(写真:写真:CFoto/アフロ)

就職難が深刻化する中国で、2024年採用国家公務員試験の出願者数が過去最高の303万人に達し、超難関となっている。

平均倍率は77倍で、最も競争が激しい職種の倍率は3572倍に達する。公務員や国有企業は以前から一生安泰の職業として人気が高かったが、政府の規制などによってITや不動産産業が採用抑制に転じたことで、以前にも増して応募者が殺到するようになった。

狭き門を突破して公務員として働く20〜30代の中国人に、今の仕事を選んだ理由や満足度を聞いた。

かつては学部卒でも採用多かった

「私は運がよかった」

広東省の地方政府で経済担当職員として働く厳勝男さん(仮名、34)は何度も繰り返した。2010年代前半に中国東北部の大学を卒業し、実家に戻って今の職に就いた。最初の3年は契約職員として働き、正職員に登用された。

中国の公務員は職種を細かく分けて採用する。日本に交換留学経験のある厳さんは、地方政府の公務員試験で経済職種の日本語人材枠に応募した。

その都市には日本語専攻のある大学が1つしかないためか採用倍率は1桁台で、ほかの職種に比べかなり低かった。また、当時は学部卒で採用される人が多かった。

「最近は公務員やIT企業への就職を目指す人は大学院卒が当たり前なので、私の学歴では全然足りないですね」

6年前に結婚した夫も公務員だ。職場近くのマンションに、夫婦、3歳の子ども、自身の両親と5人で暮らす。

月収は約1万元(約20万円)と、民営の大手企業に比べると見劣りする。政府は2人目、3人目の出産を奨励するが、そこまでのゆとりはないと考えている。

ただ、安定が保障されていることを思えば収入に大きな不満はない。より不満なのは習近平政権下で公務員の規律が厳しくなり、海外旅行に自由に行けないことだという。職場の規定で海外旅行は年に3回までと定められ、パスポートは職場に預けなければならない。

「香港とマカオは目と鼻の先だが、海外旅行とみなされるのでそんな近場で貴重な1回を消費したくない。公務員になってからは一度も行っていない」

制限の多いつまらない生活だと思うこともあるが、安定した仕事、子ども、家を手に入れられた。「私の学力だと、10年遅く生まれていたらこうはいかなかった。運がよかった」としみじみ思う。

2024年採用は303万人が出願

中国の公務員や国有企業の職はその安定ぶりから「鉄の茶碗(鉄飯椀)」と称される。職を得るにはコネも必要とされ、公務員に「公僕」というより「上級国民」のイメージを持つ庶民も多い。

2020年以降、政府の規制などで大規模な新卒採用を行っていた不動産産業、教育産業、IT産業の景況感が大幅に悪化し、リストラを断行した。

中国国家統計局によると昨年6月の若者(16歳から24歳)の失業率は過去最高の21.3%に達した。若者の安定志向はより強まり、国家公務員試験の応募者は増加の一途をたどっている。

2009年に出願者数が初めて100万人を超え、2023年採用では3万7100人の募集に対して、約259万人が応募した。今年11月末に行われた2024年採用の試験には303万人超が出願し、初めて300万人を突破した。予定採用人数は3万9600人なので、77倍の狭き門となった。


公務員試験に備えて、会場前でも勉強する受験生たち(写真:VCG/アフロ)

2024年採用で最も競争率が高い職種は、国家統計局寧夏調査総隊の業務処室一級主任科員で、募集1人に対し3572人が応募した。応募できるのは「修士以上」となっている。

学部卒で就職せず大学院に進学して学歴に箔をつける動きも顕著になり、呼応するように公立学校の教師の高学歴化も加速する。

2019年秋、深圳の高校に新卒で赴任する教員リストがSNSで拡散し、20人全員が修士以上の学歴で、うち19人は国内最高峰の清華大学、北京大学出身であることが大きな話題を呼んだ。就職難だけが背景ではなく、学校の評判を高めたい高校側が、大学教員並みの好待遇を用意して高学歴人材を招聘したようだ。

大学院を修了して小学校や中学校の教師に就くケースは、すでに珍しくなくなっている。

2021年に湖南省の小学校教諭に就職した趙雪玲さん(仮名、29)は、地方政府の「名門校出身者招聘プロジェクト」の枠で採用された。趙さんは北京大や清華大など国内39大学から構成される「985工程」のリストに入っている有名大学院を修了したため、招聘プロジェクトへの応募資格があったという。

中学から日本語を学び、中堅大学の日本語学科に進学、3年生途中で日本に1年間交換留学した趙さんの夢は、ゲーム関連会社に就職することか、小さな店を開業することだった。

「日本のゲームやドラマを見て育ったから、自由でクリエイティブな仕事に憧れていた」

2018年春に交換留学から帰国し6月に卒業したが、帰国から卒業までの期間が短かったため、思うように就職活動ができなかった。「自分の卒業した大学では、いい会社に就職できない」とも考え、浪人して「985工程」入りしている大学院の日本語専攻に進学した。

大学院在学中もゲーム関連の仕事やカフェ開業の夢を持ち続けた趙さんだが、一足先に社会に出た同い年の友人らの話を聞いて、考えが変わったという。

「ゲーム企業は政府の規制で私が大学院を修了する少し前に不況に突入した。エンジニアだったらまだいいけど、日本語を生かした仕事だとキャリアの余地も限られている。カフェの経営はもっと不安定」

割り切って生活をしている

地元に戻って教師になると決めたとき、友人から「大学で勉強したことと関係ないじゃん」「あんなに自由に生きたいと言っていたのに」と皮肉を言われた。

趙さんは「あの頃は子どもだった。今の仕事は日本語は使わないけど、アニメやゲームなど趣味として楽しんでいけばいい」と割り切っている。

月給は手取りで5000元(約10万円)。実家から通っているので不足はない。趙さんもパスポートを職場に預け、海外旅行を制限されているが、コロナ禍の3年間は誰もが自由に出国できなかったから気にならなかった。

「共産党への入党準備も進めている。大学生のほうが党員になりやすいので、学生時代になっておけばよかったと思うけど。当時は自分の考えがこう変わると想像もしていなかった」

(浦上 早苗 : 経済ジャーナリスト)