処方箋をもらうためだけに患者が通院することも(写真:Shanti/PIXTA)

年が改まり、2024年度診療報酬改定は、医療行為に対する点数の見直しの議論に移った。

2024年度診療報酬改定の全体の改定率は、2023年12月20日に厚生労働大臣と財務大臣の両大臣の間で合意し、2024年度予算政府案にも反映された。改定率は、診療報酬本体がプラス0.88%、薬価等がマイナス1.00%となった。

2年に1回行われる診療報酬改定は、年末に全体の改定率が定まった後に、年明けから医療行為に対する点数の見直しの議論を行うのが通例である。これを3月までに確定させなければならない。

「マイナス改定」提言に対し、プラス0.88%で決着

年末に決定される改定率で注目されたのは、診療報酬本体がプラスになるかマイナスになるかだった。

2023年11月に取りまとめられた財政制度等審議会(財務大臣の諮問機関)の建議には、「現場従事者の処遇改善等の課題に対応しつつ診療報酬本体をマイナス改定とすることが適当」と提言された。他方、医療界からは大幅なプラス改定としないと、医療従事者の賃上げは実現できないという要望が出された。

2023年末、診療報酬本体は0.88%の引き上げで決着した。ただ、改定率そのものよりも、その中身が重要である。厚生労働省が記者発表した資料によると、診療報酬本体の改定率の中身は次のようになっている。

以下の説明は順不同だが、40歳未満の勤務医師・勤務歯科医師・薬局の勤務薬剤師、事務職員、歯科技工所等で従事する者の賃上げのために、プラス0.28%程度を措置することとした。加えて、看護職員、病院薬剤師その他の医療関係職種の賃上げのために、プラス0.61%を措置することとした。

これによって、2024年度にベースアップ(ベア)2.5%、2025年度にベア2.0%の実施が可能となると見込んでいる。これらを合計して、診療報酬本体では、賃上げ分だけで0.89%の診療報酬アップを盛り込んだものとなっている。

ほかに入院時の食費基準額の引き上げ(1食当たり30円)のためにプラス0.06%、それら以外の診療報酬本体の改定としてプラス0.18%を措置した。他方で、生活習慣病を中心とした管理料、処方箋料等の再編等の効率化・適正化によって、診療報酬本体を0.25%引き下げることとした。合計して、診療報酬本体の改定率は全体でプラス0.88%となったのだ。

今後は、この改定の中身を踏まえて、医療行為に対する点数の見直し論議に入る。その議論の焦点として、本稿では2つ挙げることとしよう。

賃上げ原資を「やらずぼったくり」にしない単価付け

まず、医療従事者の賃上げが真に実現できるように診療報酬単価を決められるか、である。

わが国の診療報酬体系は、医療従事者の職種ごとに公定価格を決めているわけではない。診療行為ごとに単価が決まっていて、それが医療機関に支払われるが、支払われた後の分配は医療機関任せである。医療機関に収入が入ってきても、それを賃上げに回さなければ、医療従事者の賃上げは実現できない。

2023年末の診療報酬改定論議で、さんざん「賃上げの実現」と言ってきたわけだから、医療界で賃上げが実現できなければ、それこそ「やらずぼったくり」になり下がる。賃上げの必要性を説いて診療報酬本体のプラス改定を実現したわけだから、前述のようにしっかりと医療従事者の賃上げにつなげてもらわなければならない。

とはいえ、医療機関の自主性に任せるだけでなく、診療報酬体系の中で、いかに実効的に賃上げを誘導できるように診療報酬単価をつけるかも、カギとなる。

もう1つの診療報酬単価の焦点は、効率化・適正化をどう具体的に実現するかである。

東洋経済オンラインの拙稿「『診療所の儲けは8.8%』と示した財務省の人海戦術」で触れたとおり、財務省は今回の診療報酬改定において、診療所と病院の利益率のアンバランスを問題視している。

診療所は病院や他産業よりも高い利益率となっているが、それは診療所の自助努力のたまものではなく、公定価格である診療報酬単価に歪みがあることが主因と考えられる。このアンバランスをどう改めるかが、診療報酬単価を決めるうえで重要となってくる。

では、何をどう変えればそれが実現できるか。

「診療所を中心に」効率化・適正化と財務省は明記

事前の議論では、初診料や再診料を変えることで、このアンバランスを改めるという見方もあった。わが国では、受診回数に応じて診療報酬が医療機関に支払われる仕組みがあり、それがまさに初診料や再診料である。

ただ、外来は、診療所だけでなく病院も営んでおり、どこまできめ細かく設定できるかが微妙である。

前述の厚生労働省が12月20日に公表した診療報酬本体改定の中身をよく読むと、「生活習慣病を中心とした管理料、処方箋料等の再編等の効率化・適正化」とある。つまり、主に管理料と処方箋料を改定することを通じて、効率化・適正化を実現するということを意図している。厚生労働省の記者発表資料はその表現である。

しかし、財務省が2024年度予算政府案が12月22日に閣議決定された際に公表した資料によると、この「効率化・適正化」は、「診療所を中心に、生活習慣病等に関する管理料、処方箋料等の再編等による効率化・適正化を行う」と記されている。「診療所を中心に」と明記されているのである。

ということは、管理料と処方箋料を、診療所と病院とで区別することを通じて、効率化・適正化を実現するという意図が読み取れる。

管理料とは、注射や手術や投薬などの医療技術の提供とは別に、患者に対する療養上の指導や医学的な管理を行った際に算定される診療報酬項目である。「効率化・適正化」によって、診療報酬改定率として0.25%引き下げるというわけだから、診療所も病院もこの単価が上がるということはあり得ない。

診療所での単価を下げる方向で議論を進めなければ、整合性がとれない。病院の単価を上げようものなら、診療所の単価はもっと下げなければならないのだが、そこをどうバランスをとっていくかが問われよう。

処方箋料は、医師が患者に医薬品を処方した際に発生する。これには、前回2022年度の診療報酬改定で導入された「リフィル処方箋」とも関係してくる。

2年前の焦点「リフィル処方箋」を再度俎上に

リフィル処方箋とは、症状が安定している患者について、医療機関に行かずとも、一定期間内に反復利用できる処方箋である。2022年度診療報酬改定で導入され、その分だけ診療報酬を下げる代わりに、他の診療報酬単価を上げるという決着をみた(東洋経済オンラインの拙稿「2022年度診療報酬改定で今後の医療はどうなる?」)。

ところが、この2年間、リフィル処方箋の利用が極めて低調だった。財務省はこれを問題視していた。リフィル処方箋の利用が進まないのは、一因として、それにより医療機関が処方箋料を稼げなくなることがある。

今般の診療報酬改定の記者発表文書では、リフィル処方箋には一言も触れていないが、リフィル処方箋のさらなる利用を促すことを通じて、「効率化・適正化」を実現することが考えられる。しかもそれが、名ばかりではだめで、実効性のある形で処方箋料を再編してゆかなければならない。

「効率化・適正化」によって診療報酬を0.25%引き下げることは、国民が負担する医療保険料負担を増やさないようにするために、極めて大事なものである。しっかりと実績を上げてもらわなければならない。

魂は細部に宿るという。今般の診療報酬単価の改定が、わが国の医療をよりよくすることにつながることを期待したい。

(土居 丈朗 : 慶應義塾大学 経済学部教授)