300℃で加熱した「CIコンドライト」は「リュウグウ」のサンプルに似ることが判明
「CIコンドライト(イヴナ型炭素質コンドライト)」という珍しい種類の隕石は、太陽系誕生直後の情報を保存している始原的な物質と考えられており、長年の惑星科学における標準的な物質として利用されてきました。一方で、2020年に地球に届けられた小惑星「リュウグウ」のサンプルとCIコンドライトには多くの共通点があるものの、異なる性質もいくつか発見されています。その1つは反射スペクトル(※詳細は後述)の違いです。
東北大学の天野香菜氏などの研究チームは、リュウグウのサンプルの反射スペクトルを測定した上で、比較対象としてCIコンドライトの1つ「オルゲイユ隕石」を様々な条件で分析しました。その結果、オルゲイユ隕石を300℃に加熱することで、リュウグウとよく似た反射スペクトルを得ることに成功しました。実験条件から考えると、今回の結果はオルゲイユ隕石が地球環境によって予想以上に変質していることを示しています。これは、CIコンドライトを基準として行われる、始原的な物質を持つと思われる天体の探索などに影響を与えそうです。
■リュウグウとCIコンドライトは部分的に似ていない
太陽系が誕生した後に大きな物理的・化学的変化を受けていないと考えられている多くの隕石は、惑星科学におけるタイムカプセルのような存在です。中でも「CIコンドライト」という隕石は、有機物や揮発性物質のような熱に弱い物質を豊富に含んでいるため、特に始原的な隕石として注目されています。1864年にフランスに落下した「オルゲイユ隕石」は、代表的なCIコンドライトとして長年の研究実績があります。
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ただし、隕石は地球に落下した時点から化学変化を受けるため、真の意味で太陽系誕生時の情報を保存しているとは言えません。それでも、宇宙から物質を持ち帰る技術は長い間存在しなかったため、隕石は惑星科学における標準的な物質の扱いでした。しかし2000年代以降、隕石の母天体(その物質を供給した天体)とされる小惑星から地球環境に触れさせることなくサンプルを持ち帰ることが実際に可能となったことで、より汚染のない情報を得る手段が確立しました。
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JAXA(宇宙航空研究開発機構)の小惑星探査機「はやぶさ2」は、2020年に162173番小惑星「リュウグウ」からのサンプルリターンに成功し、地球環境による汚染のない非常に新鮮な状態での研究が可能となりました。リュウグウはCIコンドライトに似ていると考えられていましたが、事前の予想通り、リュウグウのサンプルとCIコンドライトには多くの共通点があることが判明しました。
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一方で、大きな違いもいくつか見つかっています。その1つは反射スペクトルです。反射スペクトルとは、物質に光を当てた時にどの波長をどれくらいの割合で反射したのかを示すデータであり、簡単に言えば物質の “色” を示すデータとなります。小惑星からのサンプルリターンが技術的に可能となったとはいえ、未だに多くの天体が到達困難であり、実行には多くの予算や時間が必要となります。このため、望遠鏡で小惑星の反射スペクトルを測定することは、多くの “手が届かない” 小惑星と隕石を結びつける手段として利用されています。
しかし、リュウグウのサンプルとCIコンドライトの反射スペクトルを比較すると、CIコンドライトはリュウグウのサンプルと比べてずっと明るく、可視光線の領域では2倍も多くの光を反射することが分かっています。この違いが生じる理由はよく分かっていませんでした。過去の研究として、500℃に加熱したCIコンドライトの反射スペクトルはリュウグウと似ているというものがあります。しかし、500℃に加熱すると水を含むケイ酸塩鉱物 (※1) が分解してしまい、リュウグウに含まれる鉱物とは組成が変わってしまうという問題がありました。
※1…ケイ素と酸素が結合したケイ酸を主体とする鉱物のグループ名がケイ酸塩鉱物です。今回の研究の場合、ケイ酸がシート状に重なったフィロケイ酸塩鉱物のことを指し、シートの間に水などの分子が入り込むことを特徴としています。
■CIコンドライトを加熱すると “元の状態” に戻る
天野氏などの研究チームは、リュウグウとCIコンドライトの反射スペクトルが生じる理由について研究を行いました。まず準備したのは反射スペクトルを測定する環境です。小惑星の反射スペクトルを望遠鏡で観測するという状況に最も一致する測定条件は、真空状態のままでリュウグウのサンプルを測定することです。天野氏らは、内部が真空のケースに入れた状態のまま、リュウグウのサンプルの反射スペクトルを測定する条件のセッティングをしました。
次に、オルゲイユ隕石やその他いくつかの似たようなタイプの隕石の反射スペクトルのデータと鉱物の成分の検討を行い、リュウグウとCIコンドライトとの反射スペクトルの違いは、CIコンドライトの変質によるものであるという可能性を検討しました。この検証のため、オルゲイユ隕石を真空下で300〜900℃の様々な温度で加熱し、その後の反射スペクトルを測定することで、どの条件が一番リュウグウに近いかを調べました。その結果、300℃で加熱したオルゲイユ隕石が、リュウグウの反射スペクトルに最も近づくだけでなく、鉱物の組成も似たようなものになることを明らかにしました。
ただし、この結果はリュウグウのサンプルが過去に高温を受けたことを示すものではありません。この結果はむしろ、オルゲイユ隕石が長年地球大気に晒されて変質したことを裏付けています。300℃の加熱を受けると、オルゲイユ隕石の水を含むケイ酸塩鉱物は変化しないものの、中に含まれる鉄が還元され(※2)、硫酸塩鉱物に含まれる水や、鉱物に含まれず分離した状態で存在する水が抜けることが今回明らかにされました。300℃の加熱後の鉱物組成はリュウグウとよく似ているため、加熱によってオルゲイユ隕石が部分的に地球環境による変質を受ける前の状態に戻ったことが予想されます。
※2…原子の酸化数の数値が大きくなることを酸化、小さくなることを還元と呼びます。
このことから、CIコンドライトとリュウグウの反射スペクトルに違いが生じるのは、CIコンドライトが長年地球環境に晒されたことによる変質が理由であることが明らかにされました。地球大気に含まれる酸素や水分がCIコンドライトの鉱物を変質させたり、あるいは水分が直接吸収されたりすることによって、反射スペクトルに大きな違いが生じることが明らかになりました。また、この変質は、宇宙空間で発生する変質である宇宙風化よりもずっと大きな影響を及ぼすことが予想されます。
■CIコンドライトの候補天体探しにも影響
今回の研究は、リュウグウのサンプルがいかに清浄であるかを示す結果の1つでもありますが、他にもCIコンドライトの母天体の捜索に影響を与えそうです。
先述の通り、CIコンドライトは始原的な物質を含む隕石として注目される一方で、リュウグウとは異なる反射スペクトルを持ちます。リュウグウにより似た反射スペクトルを持つ隕石としては「タギシュ湖隕石」がありますが、この隕石は他のどの隕石とも性質が似ていないため、比較研究が進んでいません。
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今回の研究結果から考えると、CIコンドライトの母天体を探すときには、注目すべき反射スペクトルのデータを変えなければいけません。CIコンドライトの真の母天体は、紫外線から可視光線の反射スペクトルがこれまで考えられていたよりもずっと暗いものであり、リュウグウにかなり似ているであろうことが予測されます。
Source
Kana Amano, et al. “Reassigning CI chondrite parent bodies based on reflectance spectroscopy of samples from carbonaceous asteroid Ryugu and meteorites”. (Science Advances)“リュウグウの岩石試料が始原的な隕石より黒いわけ 地球に飛来した隕石は大気と反応し「上書き保存」されて明るく変化した”. (東北大学)
文/彩恵りり