(画像:「STARTO ENTERTAINMENT」のサイトより)

12月8日、旧ジャニーズ事務所SMILE-UP.社は、タレントのマネージメントなどを行う新会社の社名が「STARTO ENTERTAINMENT」(スタート エンターテイメント)に決まったことを発表した。

新社名は大きな話題を呼び、X(旧Twitter)では、STARTO ENTERTAINMENT」と、ファンを示す「スタオタ」がトレンド入りした。

筆者は広告会社に勤務していた際に、商品やサービスのネーミングに関わったり、新会社名の普及の広告、広報を手伝ったりしたことがあるが、筆者から見てもこの社名は、よく考えられていると思う。

前回記事では、福田新社長就任の意義と、エージェント契約の可能性について取り上げたが、本稿では新会社の社名の妥当性について論じたい。

「公募」という方法は適切だったのか?

公表とともに立ち上がった「STARTO ENTERTAINMENT」の公式サイトによると、新会社名は、「140,156件のファン公募を全て拝見し議論に議論を重ね」てのものとしている。

公募という方法に関しては、もともと「社名は企業の理念を提示するものなのに、第三者に名前を決めてもらうのは無責任だ」「批判を回避するためにやっているのではないか?」という厳しい意見が目立っていた。

これに対して筆者は「ファンに参加してもらい、一体となって企業活動に取り組むのは、現代的なやり方で、決して不適切な手法ではない」と主張してきた。

批判している人の多くは、「ファンの公募だけで(多数決のようなやり方で)社名決定する」という誤解があったように思える。

実際は、このようなやり方で社名を決めることは考えられない。理由として主に挙げられるのが、下記の4点だ。

1. 旧ジャニーズ事務所を想起させる名前は完全に排除する必要がある
2. 商標権の侵害に配慮しなければならない
3. 識別性、独自性などを担保する必要がある
4. 社名の社会的受容性、流通性も考慮する必要がある

1について、公募では旧名の「ジャニーズ事務所」と投票したファンが多くいたという。いくらファンが望んでも、旧名を残すことは、社会的には許容されない。「J」の文字がつく名称、「○○〇ズ」といった名称も避けるのが適切だろう。

2について、同名、あるいは類似の企業名、サービス名が存在していた場合、他者の商標権を侵害してしまう可能性がある。侵害まではしていなくとも、批判を受ける可能性はある。例えば、旧ジャニーズの補償会社の社名が「SMILE-UP」と決まった際に、プリマハムに「スマイルUP!」という名前の商品群があり、物議を醸した。

3について、一般的な名称の場合、新会社の社名であることが識別しづらくなる場合がある。会社の存在を体現する、独自性がある名称である必要がある。また、他の会社やサービスと混同しない名前を付ける必要がある。

4について、覚えにくい名前、言いにくい名前、奇をてらいすぎた名前だと、人々から受け入れられづらくなる可能性がある。また、人々が話題にしやすい、シンプルな名前を付けることが重要だ。社名が長い場合は、略称で呼ばれることも想定すべきだが、略称は親しみやすいものであるほうがいい。

今年7月にSNSサービスの“Twitter”が“X”と名前を変えたが、4カ月以上経ってもなかなか定着していない。これは、ユーザーの声を聞かず、一方的に名称を変更したことが大きいと考える。また、新名称がサービス内容を体現しておらず、識別性、独自性が薄く、SNSサービスの名称にも関わらず、ネット上で流通した際にユーザーに認識されづらいというデメリットがある。


新会社の社長に就任した福田淳氏(画像:スピーディのサイトより)

「名前」というのは、あらゆる角度から検討して、適切なものを選択する必要がある。筆者が商品やサービスのネーミングの仕事に携わった際も、コピーライターをはじめ、担当者がいくつも案を出し合い、多数の案の中から検討を重ねて決定していた。

最終的には、ありきたりな名称、無難な名称に落ち着くこともあるが、その場合も、多数の代替案を検討した上で、それが最適だと判断して決定されている。

今回14万件を超える応募の中で、「STARTO」に関する応募は11件だったという。少数の案が採用されるまでには、STARTO社が表明している通り、全ての案を見て、議論を重ねて検討するというプロセスを経たのだと思える

このやり方は、ファンに参加してもらうことで「リスク回避」を図っていると言えるが、会社側が「責任放棄」をしているとは言い難い

「START」ではなく、「STARTO」である理由

STARTO ENTERTAINMENT」の公式サイトによると、「STARTO」は、「STAR(スター)+と(未来へ向かう)」という意味であるという。

上記の説明以外に、「(過去を清算して)新しく始める」という意味での「START」という意味も持たせていることは容易に推測できる
 
「STAR」でも「START」でもなく「STARTO」としている理由は、サイト上では語尾の「TO」を日本語の「と」と掛けていることが説明されており、「共に」「一緒に」という意味を持たせていることがわかるタレントに対して性加害が行われていた実態を踏まえると、この「TO」の重要性が理解できる

一見すると「どう読んでよいのかわからない」というのは事実だし、違和感を覚える人も多い。実際にSNS上では別の読み方を投稿している人も多数見られた。なかには、下ネタを連想している人までいた。

上で述べた4つのポイントに照らして考えてみよう。

1の「旧ジャニーズ事務所を想起させる名前は完全に排除する必要がある」点にについては、旧ジャニーズ事務所は全く想起されない名称になっている。

“O”を末尾につけることで、2「商標権の侵害への配慮」、3「識別性、独自性などの担保」についてもクリアーきている。

近年においては、ネットの検索で引っ掛かる(関連サイトが上位に表示される)、SNSのハッシュタグとして活用できるという点も重要だ。「STAR」や「START」では、これは担保できなくなる。ここでも、末尾の“O”が有効に働くのだ。

問題は4「社名の社会的受容性、流通性への考慮」であるが、SNSの口コミを見る限りでは、現時点では担保できているとは言えない。ただし、この名称が本格的に使用され、広く受容されるようになれば、解消されるのではないだろうか。

スタ担?スタオタ?

SNS上では、これまでのファンを意味する「ジャニオタ」が、今後は「スタオタ」「スタ坦」になるのでは? といった声が飛び交っている。同音反復が多く、少し間が抜けた感じはするが、いずれこうした呼び名が受け入れらえる可能性は高い

会社名の略称として、「スタート」が使われるか、「スタエン」が使われるか、あるいは別の略称が使われるかはわからないが、それは企業側が指定するものでも強要するものではない。ただ、何らかの呼びやすい略称が流通することになるだろう。

他にもある、社名の意義

新会社は、これまでジャニーズ事務所が行ってきた事業に加えて、以下のような「3つの新しいことに挑戦する」と表明している。

・DX化:独自の音楽配信サービスを立ち上げる
・グローバル展開:米国、韓国等、世界展開
・メタバース市場参入:最先端技術でアーティストの才能を拡張

「新しい事業を行う」という意味で、「START」という言葉を社名に含ませたと見ることもできるだろう。

さらに、2つ目の「グローバル展開」というところにも注目したい。

海外でも同じ社名を使用する場合は、やはり海外でも受容性が高く、流通しやすい名称を考える必要がある。近年、企業名に限らず、和名ではなく、横文字の名前が使われることが多いが、グローバル展開を考えると、必然的であると言える。

今年においても、日本の鉄鋼メーカー「日立金属株式会社」が、「株式会社プロテリアル」に社名変更している。

英語でも「STAR」は日本語の「スター」と同様の意味がある。「TO」は日本語の「と」と同じような解釈はされないだろうが、「to」は、「〜の方向に向かう」、「〜する」という意味があるから、外国人にも違和感なく受け入れられそうである


5カ国語で表記された新会社の社名(画像:「STARTO ENTERTAINMENT」のサイトより)

STARTO ENTERTAINMENT」という名前が、日本、あるいは世界で受け入れられるようになるのは、会社の中身がしっかり固められ、事業が順調に滑り出して以降のことになる。

発表された社名が最適かどうかはさておき、少なくとも「中身」がしっかりできた際には、それを表現する「顔」として機能するに足る社名ではないかと、筆者は考えている。

(西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授)