観測史上最も遠い超大質量ブラックホール「UHZ-1」を発見
多くの銀河の中心部に存在する「超大質量ブラックホール」の起源は多くの謎に包まれています。長年の研究で、超大質量ブラックホールは小さなブラックホールから成長して形成されたと考えられるようになってきましたが、その “種” となるブラックホールは、恒星の重力崩壊 (※1) によって生じた軽いブラックホールであるという説と、初期の宇宙にあった巨大なガス雲の重力崩壊で生じた重いブラックホールであるという説の2つが対立していました。
※1…重力があまりにも強くなり、他の力 (電磁相互作用や縮退圧など) で重力に対抗できず、無限に潰れてしまう状態を重力崩壊と呼びます。
プリンストン大学のAndy D. Goulding氏などの研究チームは、以前から注目されていたクエーサー (※2) 「UHZ-1」を「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」で観測し、詳細なデータを得ました。その結果、UHZ-1は宇宙誕生から約4億6000万年後の時代に存在した銀河であること、中心部にあるブラックホールの質量が太陽の1000万〜1億倍であることを明らかにしました。この発見は、最も遠い超大質量ブラックホールであるだけでなく、超大質量ブラックホールの “種” は巨大なガス雲の重力崩壊で生じたという説を後押しするものです。
※2…クエーサーは、その活発な活動から、中心部に超大質量ブラックホールがあるとされている天体であり、銀河の初期形態であるとも考えられています。資料によってはUHZ-1を活動銀河核 (AGN) と表現するものもありますが、ほとんど同じような構造をしている天体であるため、この記事ではUHZ-1の分類をクエーサーとします。
【▲図1: チャンドラとウェッブ宇宙望遠鏡それぞれが撮影したUHZ-1の画像(Credit: NASA, CXC, SAO & Ákos Bogdán (チャンドラのX線画像) / NASA, ESA, CSA & STScI (ウェッブ宇宙望遠鏡の赤外線画像) / NASA, CXC, SAO, L. Frattare & K. Arcand (画像処理))】
■超大質量ブラックホールの “種” は何か?
私たちの天の川銀河を始め、多くの銀河の中心部には太陽の数百万倍から数百億倍もの質量を持つ「超大質量ブラックホール(超巨大ブラックホール)」が存在します。ブラックホールの生成過程としてよく知られている、恒星の中心核の重力崩壊で生じる「恒星ブラックホール(恒星質量ブラックホール)」は、太陽の数倍から数十倍の質量しかないため、超大質量ブラックホールとはスケールに大幅な差があります。
超大質量ブラックホールがどのように形成されたのかは大きな謎です。遠方の宇宙、つまり初期の宇宙を観測すると「クエーサー」が見つかるため、超大質量ブラックホールは宇宙の誕生から間もないころに、あまり時間をかけずに形成されたと考えられています。
では、超大質量ブラックホールはどのように作られたのでしょうか?長年の研究から、超大質量ブラックホールはもっと小さなブラックホールがガスなどを吸収して質量を増やしたというシナリオが有力視されています。その場合、超大質量ブラックホールへと成長するための “種” となるブラックホールの起源が問題となります。
これまでの研究で有力視されている “種” についての説は2つあります。1つ目は、初期の宇宙に存在した非常に重い恒星から生じたブラックホールであるという説です。この場合、初期の質量は太陽の10〜100倍とかなり小さな値となります。この説は、恒星の重力崩壊というよく知られているシナリオから生じるため、多くの詳細が判明しています。しかし一方で、どんなに速くても成長に数億年かかるという問題もあり、一部のクエーサーはこのシナリオでは時間的に間に合わない初期の宇宙に存在します。
2つ目は、「直接崩壊ブラックホール(Direct collapse black hole)」と呼ばれるブラックホールであるとする説です。初期の宇宙には非常に巨大で濃密なガス雲が存在していたと考えられており、自身の重力で崩壊してブラックホールを生じる場合もあります。この場合、恒星の質量限界を大幅に超える、最大で太陽の10万倍もの質量を持つブラックホールが生じます。この説は、1つ目の説よりも素早く質量の大きなブラックホールが形成されるという利点があります。しかし一方で、巨大なガス雲が巨大なブラックホールを生み出す環境を整えるには、いくつかの厳しい条件を満たす必要があるため、条件を満たしたガス雲が数多く存在するのか不明であるという問題があります。
■「UHZ-1」に最も遠い超大質量ブラックホールを発見
【▲図2: チャンドラとウェッブ宇宙望遠鏡それぞれが撮影したUHZ-1の画像を重ねたもの。チャンドラが非常に大きな正方形で表される解像度であるのに対し、ウェッブ宇宙望遠鏡はUHZ-1の細かい構造を示している。 (Credit: Ákos Bogdán, et al.)】
Goulding氏らの研究チームは、地球から見て「ちょうこくしつ座」の方向にあるクエーサー「UHZ-1」の研究を行いました。UHZ-1は既にNASA (アメリカ航空宇宙局) のX線天文台「チャンドラ」によって観測されており、興味深い対象として見られていたものの、解像度の限界や正確な距離など、詳しい研究を行うためのデータが不足しているという問題がありました。
Goulding氏らは、ウェッブ宇宙望遠鏡でUHZ-1を観測し、詳細なデータを収集して分析を行いました。その結果、UHZ-1の赤方偏移はz=10.073±0.002と計測されました。これは地球から315億光年離れた位置にある、今から133億2000万年前の時代、つまり宇宙誕生から4億6000万年後の時代に存在した天体であることを意味します (※3) 。
※3…この記事における天体の距離は、光が進んだ宇宙空間が、宇宙の膨張によって引き延ばされたことを考慮した「共動距離」での値です。これに対し、光が進んだ時間を単純に掛け算したものは「光行距離(または光路距離)」と呼ばれます。また、2つの距離の表し方が存在することによる混乱や、距離計算に必要な数値にも様々な解釈が存在するため、論文内で遠方の天体の距離や存在した時代を表すには一般的に「赤方偏移(記号z)」が使用されます。
そして、UHZ-1は毎秒5×10の38乗Jのエネルギーを放出しており、このことからUHZ-1には太陽の1000万〜1億倍の質量のブラックホールがあると推定されました。これは観測史上最も遠い超大質量ブラックホールの発見です。
また、UHZ-1に属する恒星の総質量は太陽の1億4000万倍と推定されており、UHZ-1の恒星と超大質量ブラックホールの質量はほぼ同じと、ブラックホールが占める割合が非常に高い銀河であることを示しています。このような極端な比率は、巨大なガス雲が重力崩壊してブラックホールが生じた状況に良くあてはまります。
そして、UHZ-1の観測データは典型的なクエーサーや活動銀河核とは異なるものであることも分かりました。これは、UHZ-1のブラックホールが濃い塵に隠されていること、そして星形成が進んでいることと一致します。
■初期宇宙の謎を次々に明らかにするウェッブ宇宙望遠鏡
今回のUHZ-1の観測データは、超大質量ブラックホールがガス雲の重力崩壊で発生したブラックホールを “種” にしている可能性を高める発見です。しかし、初期宇宙にはまだ多くの謎があり、その謎を解くとされるウェッブ宇宙望遠鏡の観測も始まったばかりです。今回のUHZ-1の観測データを含め、さらなる研究は初期宇宙の様子という究極の疑問に答えるために重要です。
Source
Ákos Bogdán, et al. “Evidence for heavy-seed origin of early supermassive black holes from a z ≈ 10 X-ray quasar”. (Nature Astronomy) (arXiv)Andy D. Goulding, et al. “UNCOVER: The Growth of the First Massive Black Holes from JWST/NIRSpec-Spectroscopic Redshift Confirmation of an X-Ray Luminous AGN at z = 10.1”. (The Astrophysical Journal Letters)“Webb Telescope Gets a Closer Look at the Massive Black Hole Enigmatic UHZ-1”. (James Webb Discoveries)“NASA Telescopes Discover Record-Breaking Black Hole”. (Chandra X-ray Observatory)
文/彩恵りり