地球の衛星「月」は、太古の大衝突「ジャイアントインパクト」で生成されたと考えられていますが、直接的な証拠を見つけるのは困難です。


アリゾナ州立大学のQian Yuan氏などの研究チームは、地球のマントル深部に存在する巨大な塊「LLVP」が、ジャイアントインパクトで衝突した微惑星「テイア」の残骸ではないかとする結果をシミュレーションにより明らかにしました。この研究が正しい場合、成因が明らかになっていない月とLLVPの両方を説明できることになります。


【▲図1: ジャイアントインパクトの想像図(Credit: Hernán Cañellas)】


■「ジャイアントインパクト」は証明の難しい難題

「月」は地球唯一の自然衛星であり、夜空でもひときわ目立つほど巨大です。太陽系全体を見渡しても、月は5番目に大きな衛星であり、周回している惑星との直径比・質量比は太陽系最大です。月と同程度の大きさの他の衛星は、地球よりずっと大きな惑星にあることを考えると、月がどのように地球の衛星として誕生したのかは長年の謎となっています。


長年の研究により有力視されているのは「ジャイアントインパクト」という仮説です。誕生直後の地球に火星程度の大きさの微惑星「テイア」が衝突するジャイアントインパクト(巨大衝突)が発生し、生じた破片の一部が月になったという説です。


現状では、地球や月の岩石を調べたり、他の形成シナリオと共にシミュレーション研究を行うことで、ジャイアントインパクトが正しいと考えられています。しかし、ジャイアントインパクトのエネルギーは膨大であり、衝突時の痕跡は地球の表面付近には残っていないと考えられているため、ジャイアントインパクトの痕跡が表面付近に存在するとは考えられていませんでした。


■マントル深部に存在する巨大な塊「LLVP」

【▲図2: LLVPの分布図。LLVPは太平洋とアフリカ大陸の下側に、2つの塊に分かれて存在しています(Credit: Edward Garnero)】


一方で地球科学の発達により、1980年代に地球の中心核とマントルの境目付近である下部マントル深部に「LLVP」と呼ばれる巨大な塊が存在することが明らかにされました。地球の深部を掘って確かめることは現状の技術では不可能なため、地球の深部の様子は「地震波トモグラフィー」と呼ばれる地震波を使った手法で調べられます。LLVPは “Large low-shear-velocity provinces” の略であり、直訳すれば「大規模低剪断速度領域」という意味であるように、この場所では周辺と比べて地震波の速さが遅い傾向にあります。


LLVPの面積は大陸に匹敵し、厚さは最大で1000kmにもなるため、マントルの8%、地球全体の6%を占めるほどの巨大な塊です。加えて、LLVPは太平洋とアフリカ大陸の下側と、2つの塊に分かれています。このため、LLVPは地球誕生時よりも後に生成されたことを示唆しています。しかし、LLVPの起源は未だによくわかっていません。現在最も有力な仮説としては「プレートテクトニクスで沈み込んだ海洋地殻の残骸」という説が提唱されていますが、一方で「テイアの残骸」とする説も次点候補として上がっていました。


■LLVPはテイアの残骸である可能性がシミュレーションで明らかに

Yuan氏らの研究チームは、地球とテイアの衝突をシミュレーションし、その結果としてLLVPが形成されるのかどうかを調べました。


月の石の分析結果から推定すると、LLVPには周辺のマントルと比べて鉄が多く、密度が高いと推定されます。Yuan氏らのシミュレーションからは、テイア由来の物質は周辺のマントル物質と比べて 2.0〜3.5%密度が高いことが示唆されます。今回のシミュレーション結果では、LLVPの現状と同じく、地球に衝突したテイアの残骸が2つに分裂し、下部マントルの深部に沈み込むことが明らかにされました。


また、LLVPが塊として存在する理由も明らかにされました。もしジャイアントインパクトの際に発生した熱が多い場合、テイアの残骸は完全に融けてしまい、その後のマントル循環でマントル物質と混ざってしまいます。しかし今回のシミュレーションでは、下部マントルまでは熱がさほど伝わらないことが明らかにされました。この場合、紅茶に沈み込んだジャムのように、下部マントルに沈み込んだテイアの残骸はマントル循環の中でもマントル物質と混ざらず、塊のまま存在します。これは、LLVPが下部マントルの深部で塊として存在する現状と一致します。


このためYuan氏らは、LLVPがテイアの残骸である可能性は十分にあると考えています。この研究結果が正しい場合、成因が明らかになっていない月とLLVPの両方を説明できることになります。


■マントル循環に影響するかが次の研究課題

LLVPを直接採集し分析することは、当面は技術的に不可能なため、この研究結果を確かめるためには、LLVPが存在することによって発生する間接的な影響を調べる必要があります。


Yuan氏らは、LLVPが存在することによるプレートテクトニクスへの影響について調査を行うことを次の研究課題としています。LLVPがテイアの残骸である場合、LLVPは太古の地球に存在したことになります。この場合、プレートテクトニクスの原動力となるマントル循環に影響を与えた可能性は否定できず、従って大陸形成のような地球表面のダイナミクスにも大きな影響を与えます。Yuan氏らは、LLVPの存在とプレートテクトニクスの影響に関するシミュレーションを行うことで、今回の研究結果の妥当性を検証する予定です。


 


Source


Qian Yuan, et al. “Moon-forming impactor as a source of Earth’s basal mantle anomalies”. (Nature)Lori Dajose. “The Remains of an Ancient Planet Lie Deep Within Earth”. (Caltech)

文/彩恵りり