英サポーターなぜ“即興”チャントを合唱? 日本人でも「笑ってしまう」ユーモアあふれる“口撃”の魅力【現地発】
ウィットに富んだ英国人が試合に添える“口撃”のスパイス
ついつい、笑ってしまった。
アメックス・スタジアムで行われた今季プレミアリーグ第8節ブライトン対リバプール戦(2-2)でのこと。後半25分を迎え、試合自体は緊迫した状況にあった。前半に逆転されたホームチームが1点を追う展開。三笘薫のシュートが、目の前でブロックした相手センターバック(CB)フィルジル・ファン・ダイクの手に当たったがPKの判定は下らなかった。ブライトンのロベルト・デ・ゼルビ監督は、敵軍の将ユルゲン・クロップに軽くなだめられながらも不満を抑えきれず、自らがイエローカードをもらってしまう。すると、メインスタンドから、「We want a replay(再試合させろ!)」との合唱が聞こえてきたのだった。
言うまでもなく、前週のトッテナム戦でVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)誤審の被害者となり、「再試合が妥当な解決策だろう」と語っていたリバプール指揮官への当て擦りだ。頭の回転が速い何者かが歌い出し、すぐさま周りのファンも参加して沸き起こる即興的なチャント。クラブの党派を超えてニヤリとさせられる“口撃”の巧さには、毎度のことながら感心させられる。個人的には、プレミアに限らずイングランドのサッカーシーンが持つ魅力の一部だと感じてもいる。
その背景には、ウィットに富んだ国民気質があるに違いない。テレビの討論番組や国会での討論を見ていても思うのだが、この国の人々は、カッとせずに頭を働かせ、シニカルなユーモアを織り交ぜながら相手の痛いところをつくのが上手い。スタンドで繰り出される言葉のパンチが単なる怒鳴り声ではなく、仲間との合唱が可能となるメロディーセンスも、アメックスでの試合開始前に流れる『ヘイ・ジュード』を含む名曲の数々で知られるビートルズをはじめ、世界的なアーティストを輩出し続けているお国柄か?
自虐的ユーモアに垣間見える即興チャントの真骨頂
そして、庶民最大の娯楽とも、文化の一部とも言われるサッカーの話題は、今日のようにソーシャルメディアが発達する以前から国内メディアにあふれている。イングランドのサッカースタジアムでは、ジョークのネタも豊富なコメディアンさながらの観衆が、スタンドでチームと一緒に戦いながらパンチの効いたジョークを繰り出す瞬間を狙っているようなものだ。見事な一撃には、「12人目」同士のデュエル勝利にポイントを与えたくなる。
今季で言えば、第7節でウェストハムのホームに乗り込んだシェフィールド・ユナイテッドのサポーターたち。当日、他会場にいた筆者は生で聞くことができなかったのだが、試合には敗れたアウェー陣営の奮闘はウェストハムのファンサイトでも認められていた。昨季のUEFAヨーロッパカンファレンスリーグ(ECL)王者として、「Champions of Europe. you’ll never sing that(欧州チャンピオンだなんて、お前らには一生歌えない)!」と得意げなホーム陣営に対し、シェフィールド・Uファンたちは、「Champions of League One, you’ll never sing that(3部チャンピオンだなんて、絶対に歌うことないよな)!」と対抗したのだという。
このような自虐的ユーモアの炸裂は、ファンによる即興的なチャントの真骨頂だ。苦しい立場で自らを笑える余裕こそが、この国で言う本当のユーモア精神の持ち主のように思える。まさかの下位低迷が現実的となった昨季終盤、得点に苦労し続けたチェルシーのファンは、珍しく相手ゴールのネットが揺れると、間髪いれずに「We’ve scored a goal(点取ったぞ)!」と歌っていた。
即行で歌い返すことにより、不甲斐ない戦いや見どころに欠ける試合を目の当たりにすることになった会場で、たとえ一瞬でも爽快な気分を味わえるような効果もあることだろう。試合の印象は限りなく薄いが、会場で耳にした笑えるチャントは強烈だった記憶として、16年前のリーグカップ準決勝でチェルシーがウィコム(現3部)と引き分けた一戦がある。
当時4部だった格下のホームは、後半の同点ゴールに沸いた。高々とアナウンスされた得点者の名字は「イースター」。チームとしてのチェルシーは、ホームでの第2戦の大勝で借りを返すことになるが、西ロンドンから北西に35キロほどのウィコムに駆けつけたサポーターは、「You’re not as good as Christmas(クリスマスほどじゃねぇな)!」と声を上げ、駄洒落まがいのチャントとはいえ、すぐに一矢を報いたのだった。
「そう来るのか!?」 思わず笑った“ビーガンクラブ”へのチャント
独断と偏見で近年の最高傑作を選ぶとしたら、3年ほど前にウォルソール(4部)のファンが“局地的”に笑いを誘ったピッチ上へのリアクションになるだろうか。対戦相手は、今では最も環境に優しいクラブとして国外でも知られるようになったフォレストグリーン。その数年前から、前例のないビーガン(完全菜食主義者)クラブとして国内では脚光を浴びていた。
試合当日、筆者自身はウェストハムのロンドン・スタジアムにいた。昼時のキックオフだった試合は監督会見も終わって帰り仕度をしていると、会見室の片隅から数人の笑い声。何かと思って近寄ってみると、携帯画面を見ながら笑っている。覗かせてもらうと、ツイッター(現「X」)のフィード画面。まだ進行中だったウォルソール戦でフォレストグリーンの選手がピッチに倒れた際、ホーム観衆が「That vegan bastard, he’s eating our grass(あのビーガン野郎、ウチらの芝まで食ってやがる)!」と歌ったことを伝える投稿だった。「そう来るのか!?」と、自分も一緒に笑わずにはいられなかった。
もちろん、試合の流れやチームの状況によっては、ジョークを飛ばす心境になどなれない場合もあるだろう。そうした時には、自軍に不利な判定を下した審判や、疑問の選手交代を行った自軍監督に対し、定番の「You don’t know what you’re doing(なっちゃいないな)!」という抗議のチャントが自然発生的にスタジアム内にこだまする。
だが、このチャントもユーモアを伴えば魅力的だ。典型的な例は、試合前やハーフタイム中のスタジアムでプロポーズを行うサポーターがいたシチュエーションだろう。最近は居合わせていないが、偶然の「立会い」は、以前にチェルシーのスタンフォード・ブリッジやフルハムのクレイブン・コテージで経験したことがある。クラブのMCから渡されたマイクを通して投げかけた一世一代の質問に、パートナーから「イエス」との答えが返ってきた途端、スタンドから「You don’t know what you’re doing(そんなこと言っちゃって)!」との合唱で、ひやかし半分の祝福を受けるのだ。今も昔も、敵も味方も、イングランドの観衆は分かっている。サッカーも、そしてユーモアも。(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)