決して働く人の能力や意欲が低いからではない…日本の企業から画期的な新規事業が生まれない根本的理由
※本稿は、三木雄信『仕事が速いチームのすごい仕組み』(PHPビジネス新書)の一部を再編集したものです。
■なぜあなたのプロジェクトは失敗するのか
「プロジェクト的な仕事」が増えているのに、プロマネのスキルを身につけた人は少ない。
こうした現状が、日本企業に大きなマイナスの影響を与えています。
そもそも「プロジェクト的な仕事」では、誰がプロマネの役割を担うのかもはっきりしないことがほとんどです。
その結果、日本のあらゆる職場で同じような失敗パターンが繰り返されています。
そのパターンをわかりやすくグラフ化したのが図表1です。
これはプロジェクト・マネジメントのプロフェッショナルであり、私もソフトバンク時代にプロジェクト・マネジメントの研修をお願いしたことがある中嶋秀隆さんが翻訳された『PMプロジェクト・マネジメント入門』(マリオン・E・ヘインズ著/日本能率協会マネジメントセンター)で紹介されていたグラフを参考に、私なりのアレンジを加えたものです。
見ていただくとわかる通り、グラフの横軸が「時間の経過」、縦軸が「活動レベル」を表しています。
■プロジェクトチームの士気が一気に下がる「あるひと言」
たいていのプロジェクトは、メンバー同士で明確な役割分担もしないまま、「とりあえず、やれることから始めよう」と各自が思いつくまま何となく作業を開始します。
しばらくはそのまま活動レベルが上がっていきますが、あるA地点まで来ると、誰かが「このやり方のままでいいのかな」「前のプロジェクトではこんなことはしなかった」などと言い出します。
すると他のメンバーも不安に思い始め、「確かにそうだな。進め方を見直そう」と再検討が始まり、いったん活動レベルが停滞します。
その後、メンバー同士で仕事の進め方について合意がなされると、再び作業が開始されます。
ところがB地点に来ると、今度は会社の上層部やクライアントから「ちょっと待て。自分が考えていた方向性と違うから、やり直してくれ」と想定外の注文が飛び出します。
いわゆる“鶴の一声”です。
ここで活動レベルは限りなくゼロに近いところまで落ち込み、仕事は振り出しに戻ります。
■納期を守るためなら何でもやる
こうして一からやり直している間にも、納期はどんどん迫ってきます。突然の軌道修正に悪戦苦闘しているうちにやって来るのが「Point of No Return」、つまり「最終期限から逆算して、もう軌道修正も後戻りもできない段階」です。
ここをこえると、あとは期限に間に合わせるために、深夜残業や徹夜を続けてでも大量の作業を突貫工事でやるしかなくなります。時には、本来この仕事とは関係のない人まで駆り出して、人海戦術を繰り広げます。
その時の活動レベルをグラフで確認してください。本来の上限値を完全にこえています。
これが俗にいう「デスマーチ」の状態です。
こうして修羅場をかいくぐり、死力を尽くして何とか期限までに納品すると、活動レベルは一気にゼロになります。
その少し後にちょっとだけ活動レベルが上がっているのは「打ち上げ」です。ここでメンバーたちがお互いの苦労をねぎらい、プロジェクトは解散となります。
これが日本の職場における典型的なプロジェクトの失敗パターンです。皆さんの中にも、まったく同じ経験をしたことがある人は多いのではないでしょうか。
■会社にとっても個人にとっても不幸
このパターンで何が問題かといえば、プロジェクトが本来目指していた目標を達成できずに終わってしまうことです。
Point of No Returnをこえてからは、「納期を守るためなら何でもやる」という状態になってしまい、プロジェクトで本来目指していたはずの「品質」はなおざりにされます。
また、余計な「コスト」もかかります。
例えば資材を発注するのも、「2週間後の納品なら10万円だが、3日後の納品だと特急料金として20万円かかる」と割増料金を要求されることが多くなります。スケジュールに余裕があれば、コンペをして複数の取引先を比較検討し、最も安い価格の資材を選ぶこともできますが、スピード最優先の見切り発車ではそれも不可能です。
また、突貫工事が続いてメンバーの残業や休日出勤が増えれば、その分だけ人件費もかさみます。会社のコストが増大するだけでなく、連日の徹夜を強いるような働き方は個人にとっても幸せではないでしょう。
■なぜ同じ失敗を繰り返すのか
たとえ納期は守れたとしても、品質もコストも目標を達成できなかったとすれば、そのプロジェクトは失敗と言わざるを得ません。
納期後の活動が、打ち上げだけというのも問題です。ただお酒を飲んで「お疲れさま」と言い合うだけでは、プロジェクトを通して得た資産や知見が組織の中に蓄積されません。
これだけ苦労してプロジェクトをやり遂げたのですから、メンバーはそこから多くのことを学び取っているはずです。その貴重な財産をノウハウとして以降のプロジェクトに生かすことができれば、こんな失敗パターンを繰り返さずに済みます。
しかし実際は、特に反省や振り返りをする機会は設けられず、せっかく得た知見も忘れ去られてしまっているのです。
目標を達成できず、あとに何も残らない。
こんな失敗プロジェクトを繰り返しているうちは、日本の企業が高い成果を出し、ビジネスを成長させることはできないでしょう。
■孫正義でも従業員に逃げられる
プロジェクトを実行するたびにデスマーチに陥っていたら、誰もプロジェクトに関わりたくないと考えるようになります。
私が在籍していた頃のソフトバンクも、同じ状況でした。
「Yahoo!BB」のプロジェクトを立ち上げた時、孫社長は人事部に「今日の夕方5時までに、社員を100人集めろ!」と指示しました。
そして本社やグループ会社から集められた100人の前で、孫社長は「ソフトバンクは第2の創業のつもりで、このプロジェクトに社運をかけて取り組む。ここに集まった人たちはメンバーとして参加してもらうので、全員名刺を置いていけ!」と熱く語りかけたのです。
ところが、名刺を置いていったのは数十人で、多くの社員は名乗らないままその場から立ち去りました。うち10人ほどは、孫社長の目を盗み、非常階段から走って逃げたほどです。その様子を見ていた私は、まるでマンガみたいだと笑ってしまったくらいでした。
この頃のソフトバンクは、新しく立ち上げたものの結局事業として成立せず終わってしまったプロジェクトが相次いでいて、「孫社長のプロジェクトには参加したくない」と考える社員が増えていた時期でした。
孫社長ほどのリーダーであっても、成功率が下がれば人に逃げられてしまうということです。
プロジェクトのメンバーになることさえ嫌がられるのですから、ましてや現場の責任を背負うことになるプロマネなど、誰も引き受けたがらなくて当然です。
■決して能力や意欲が低いからではない
私も多くの日本企業から、「うちの会社では誰もプロマネを志望しないし、人材も育たない」と相談を受けてきました。
それは決して日本のビジネスパーソンの能力や意欲が低いからではありません。権限がないのにリスクだけ負わされるプロマネというポジションが、貧乏くじでしかないからです。
つまり日本の会社の大半は、プロマネが本来の職責を果たせない組織構造になっているところに問題があるのです。
■新規事業のプロジェクトの成功率が低いワケ
新規事業のプロジェクトも、日本企業における成功率は極めて低いのが現状です。
大企業でよくあるのが、社内のコンペやビジネスプランコンテストで選ばれたテーマをプロジェクト化し、アイデアの提案者にプロマネを任せるケースです。
この場合、スタート時には役員レベルが何人も後ろ盾について応援してくれます。
ところが、途中からプロジェクトの雲行きが怪しくなったり、自分が管轄する部門に不利益となる事態が発生した途端、役員たちはさっさと手を引いて逃げ出します。
支援者を失ったプロマネは、必要な人材や予算などのリソースを失い、プロジェクトは完全に頓挫します。
メンバーからは突き上げをくらい、チーム内は混乱に陥ったまま、最終的に中途半端な状態でプロジェクトは解散に至ってしまう……。これが典型的な失敗パターンです。
さらにひどいのは、プロマネ一人が失敗の責任を負うことになり、プロジェクトが終わってからも周囲からの評価は下がったままになってしまうことです。
スタートの時点で、後ろ盾についた役員が「もし失敗しても責任は自分がとる」と明確にしていれば、この事態は回避できるはずです。
ところが日本のプロジェクトは、権限や責任の所在が曖昧なまま進むので、いざ問題が起こった時に結局プロマネが泥をかぶることになります。
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三木 雄信(みき・たけのぶ)
トライオン代表取締役
1972年福岡生まれ。東京大学経済学部卒業後、三菱地所を経てソフトバンクに入社。2000年、ソフトバンク社長室長。マイクロソフトとのジョイントベンチャーや、ナスダック・ジャパン、日本債券信用銀行買収、およびソフトバンクの通信事業参入のベースとなったブロードバンド事業のプロジェクトマネージャーを務める。2006年にトライオン株式会社を設立、2015年に英語コーチング・プログラム『TORAIZ(トライズ)』を開始。日本の英語教育を抜本的に変え、グローバルな活躍ができる人材の育成を目指している。『【新書版】孫社長にたたきこまれた「数値化」仕事術』(PHP研究所)など著書多数。
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(トライオン代表取締役 三木 雄信)