Vol.129-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはアップルが開発した「Apple Vision Pro」。HMDとして非常に高価な製品になった理由を探っていく。

 

アップル

Apple Vision Pro

3499ドル〜

↑アップルが開発した空間コンピュータ。2つのディスプレイに2300万ものピクセルを詰め込んだ超高解像度のディスプレイシステムと、独自に設計されたデュアルチップを備えたAppleシリコンを搭載する。来年初旬以降アメリカで、そのほかの国は来年後半から販売開始予定だ

 

アップルのVision Proは3499ドルと高価。その理由は、片目で4K弱という高い解像度をもつ「マイクロOLED(有機EL)」を搭載しているからだ。このデバイスがどのメーカーで生産されたものかは、公式には公開されていない。しかし、各種技術要素からソニー製である、という説が有力だ。筆者も各種傍証から、ソニー製であろうと考えている。

 

製造原価の多くはこのディスプレイのコストではないか……との予測もある。

 

同時に、Vision Proの価格を押し上げているのが、プロセッサーとしてアップルの「M2」のほかに、独自開発した「R1」を搭載し、実質的に2チップ構成になっていることだ。

 

PCやスマートフォンを接続して使わない“スタンドアローン型”と呼ばれるHMDは数多い。それらのほとんどでは、QualcommのXR向けプロセッサーが使われており、ベースとなっているのはスマホ向けのプロセッサーだ。1チップでQualcommの支援を受けて開発できることが重要で、代替手段は実質的に存在しない。だからQualcommはこの分野で、スマートフォン同様「勝者」の側にいる。

 

とはいえ、Qualcommのソリューションには課題もある。PCほど高い性能を持っていないことだ。消費電力や発熱を考えると無理からぬところがあるのだが、その結果として、スタンドアローン型HMD向けにアプリを作る場合、映像のコマ落ちなどが発生しないよう、処理速度のチューニングが重要になる。また機器を作る側でも、多数のカメラを搭載してAR機器を作ろうとした場合、性能のコントロールに苦慮することになる。

 

この課題については、MetaとQualcommが協力して解決に取り組んでいるが、簡単な話ではない。特に、数百ドルまでで販売する製品をターゲットとする場合、SoCをどんどんコストアップするのは難しい。

 

アップルはここでまったく違うアプローチを採った。ハードウェアの価格を下げるのをやめたのだ。

 

メインのSoCには、MacBook Airにも使われている「M2」を採用。スマホ向けSoCよりも性能面での余裕がある。だが、それでも1チップ構成にはしなかった。カメラなどのセンサー処理を「R1」に割り振ることで、映像表示の遅延を防ぎつつ、さらに処理の余裕を持たせている。

 

わざわざこのような構造にしているのは、処理負荷の上昇を嫌ってのことだ。M2にすべてを任せることはできるだろうし、そうするとコストは下がる。だがその分発熱しやすくなり、目の前に「熱源」がぶら下がることになる。冷やすためにファンを大きくすると重くなり、うるさくなり、バッテリーでの動作時間も減る。

 

しかしR1を併用することで、コストは上がるが負荷が下がり、動作が安定しやすくなり、発熱も抑えることができる。さらには、ソフトを開発する側に与えることができる“性能”も増えるので、開発側がチューニングを必要以上に意識する場面は減る。コストを下げて広く普及させることを“あえて捨てる”ことで、まず理想的な環境を実現しようとした……という判断がここでも見えてくる。

 

では、アップルは「空間コンピュータ」でなにを目指そうとしているのか? その辺は次回解説する。

 

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