素材メーカー・帝人の業績が低迷している。内川社長は「ほとんどの事業が計画通りいかず下振れしている」と危機感をあらわにする(記者撮影)

素材メーカー・帝人の2022年度(2023年3月期)の営業利益はこの10年で最低の128億円(前期比70.9%減)となり、減損特損もあって176億円の最終赤字に沈んだ。苦境の中、「将来的な成長の核」に位置付けながら赤字続きの複合成形材料について、2023年度(2024年3月期)に改善しなければ事業売却も検討する方針を2月に明らかにした。波紋を呼んだ公表の裏側や改善の進捗、今後の成長戦略について、内川哲茂社長を直撃した。

原材料やエネルギーコストの価格転嫁は一定程度進む

――アメリカを中心に手がける自動車向けの複合成形材料の事業は、今年度に改善しなければ事業売却も辞さないという「背水の陣」を敷きました。ここまでの手ごたえは。

まず、原材料やエネルギーコストの高騰については、昨年の段階からお客様に価格転嫁をご理解いただけるように話し合い、フォーミュラ制(原材料コストの変動を顧客への販売価格に自動転嫁する仕組み)を採り入れることに成功したところも一部ある。大変な作業だが、一定程度はできるようになってきている。

ただ、これまで複合成形材料のような組み立て産業の場合、人件費の高騰分は価格転嫁せず、自助努力でオフセット(相殺)する業界の慣習があった。この部分については、お客様にご理解いただくのが難しい状況は続いていて、交渉に時間がかかっている。

あともう1つ難しいのが、サプライチェーン。物流混乱に対して調達を安定させようとした結果、ロジスティクスのコストが上がってしまった。その価格転嫁もお客様の理解を得るのが容易ではない。このあたりを変えるのは、当初から思っていたどおりやはり難しいという感じだ。

――コスト転嫁の交渉で難しい部分もあるが、それも想定どおりではあると。では、公表している改善の施策のうち、自分たちの判断でできる低採算プログラムの撤退、購買の集中化、ベストプラクティスの横展開などの進捗は。

そのような自分たちの判断だけでできるところは、ここまでしっかりと進捗している。もちろんすぐに効果が出るわけではなく、たとえば低採算プログラムの撤退は、今日やめると決めて明日からすぐにやめられるわけではないので、実際に数字として効果が出てくるのはもう少し先になる。それでも、自分たちでやれる改善については、施策を打つというところまでは取り組めているという手ごたえは感じている。

――複合成形材料は、収益改善によって営業利益で130億円の効果を出す目標を掲げています。事業を売却せずに継続するためには、最低でもいくらくらいの改善が必要ですか。

損益の責任は、私や事業責任者にある。私が従業員と約束したのは、従業員が収益改善のために自分たちでつくった100以上の施策が約束どおり進んでいっているか、その成果がどうであるかを見るということ。施策が進んでいれば、約束事としては「できた」という評価、判断でいいと思っている。

損益は為替、原油価格、自動車の生産台数に大きく影響される。もし、そうした外部環境が非常に良くて、それで数字が良くなっても、施策が全然進んでいなかったら、その場合には私は「できている」とはみなさない。

逆に向かい風が強くて数字が良くなくても、必ずしもダメということでもない。だからと言って、130億円の改善効果を出すと言っているのが20億円に留まって、それでもよしとするということはないが、1つひとつやろうとしていることがどうであったのか、数字ではなく中身をちゃんと見る。

事業売却にあえて触れた理由

――複合成形材料の事業売却の可能性についてですが、普通は、具体的に検討に入る時期までは明かさないのがセオリーだと思います。

そう。普通ならば言わないだろう。方針を公表したのは、社内向けの理由が大きかった。

当社が苦しんでいる原因は、アラミド事業で2022年12月に工場火災があり生産性や量が落ちたこと、ヘルスケアで主力のフェブリク(痛風等治療薬)が2022年度に特許切れになったこと、そして複合成形材料の収益性が上がっていないことの3つで、とても明確だ。


うちかわ・あきもと/1966年生まれ。1990年信州大学繊維学部修士課程修了後、帝人に入社。帝人グループ執行役員(複合成形材料事業本部長)や取締役常務執行役員(マテリアル事業統轄)などを経て2022年4月から現職(撮影:尾形文繁)

ただ、私が問題視しているのはそこだけではない。いろいろな事業を一覧表にして傾向を見たときに、計画から下振れていないものがほとんどなかった。会社全体で実行力を失っているか、マネジメントに失望した従業員のモチベーションが低いからか。理由はわからないが、こうした傾向にあるのは大きな危機だ。

従業員には説明会を開き、私の考えをシェアした。そこで、複合成形材料については改善の施策を1年分のコミットメントにして、一緒に頑張ろうと話した。ただし、うまくいかなかったときの覚悟も市場に示さなければいけない、ということも伝えた。

――早い段階でリストラの可能性を示すことで、動揺する人も少なくなさそうです。

たしかに、字面だけ読めば、「結果が出なければ辞めさせられる」というふうに伝わるし、多くの従業員がそう感じたと思う。けれども、どのような事業であれ、ずっと計画どおりにいっていなければ改善が必要なのは当然だ。そして、改善の努力をしても実らなければ、何らかの決断をしなければいけない。

物事には頑張らせてもらえる期間があり、結果を出さなければいけない時期があることは、私自身も認識しなければいけない。従業員にもそれをわかってもらう必要がある。ここまで来たら、社長が覚悟を決めていることを、従業員にも知ってほしかった。

――2017年にアメリカの大手企業を840億円で買収して複合成形材料に参入した狙いは、自動車メーカーと直接取引するティアワンになることで直接ニーズをくみ取り、さまざまなソリューションの提案や、素材開発につなげることでした。もし撤退すれば、描いてきた成長への絵が崩れませんか。

もちろん撤退となれば痛手ではあるし、ここまで積み上げてきたものを大きく毀損することにはなる。ただ、これまでに学べたこともたくさんある。すでに吸い上げたもので、発展する可能性、計画があるところは今後も伸ばしていけばいい。

もしも事業撤退となったときに全部を更地にするということであれば厳しいが、これまで自動車メーカーに近づくためにテクニカルセンターをつくったり、お付き合いする自動車メーカーの数を増やしたり、さまざまなことをしてきた。仮に複合成形材料の事業をやめるにしても、これまでのことを無にするようなやり方はしない。

いま夢を語っても絵空事

――複合成形材料は撤退の可能性があり、ヘルスケアは特許切れしたフェブリクの後に、有力な新薬のパイプラインがない状況です。成長への種がないように見えます。

それは当然言われること。ただ、今後については、発表を先送りしている(来年2月頃に出す見通しの)新中期経営計画の中でお話ししたい。というのも厳しい業績が続いている中で、今後の成長、夢の語り方も、工夫しなければいけないと思っているので。

まずは、約束したことがきちんとできる会社であることをもう一度、株主、投資家の皆様にご理解いただけるようにしたい。かつ、今年度中に、ヘルスケアの分野などでいくつか、次にやることの兆しをお見せしたい。

そのうえで今後についてお話しする順序でないと、今の状態で私が何か夢を語っても、絵空事になる。収益改善の施策を進めて、私を信頼に足る経営者だと思っていただくのが最初だ。まだその第一段階に合格していないので、そこをしっかりとクリアしていきたい。

(奥田 貫 : 東洋経済 記者)