保険金の不正請求疑惑で揺れるビッグモーター。兼重宏行社長のLINEが流出しましたが、同社の広報姿勢を考えると「起こるべくして起きた」のかもしれません(写真/編集部)

中古車販売大手「ビッグモーター」の保険金不正請求問題をめぐって、社長から送られたというLINEメッセージが流出した。同社は内容を認め、謝罪したものの、メディアに責任転嫁するような文章だったこともあり、火に油を注ぐ結果となっている。

筆者は約10年にわたって、ネットメディア編集者として、あらゆる炎上事案を見てきた。その経験からすると、今回のLINE流出は、起こるべくして起きたと考える。そして、この流出によって、世間からビッグモーターへの評価は、ネガティブなものに決定づけられてしまったと感じている。

社長のメッセージが流出、メディアを痛烈批判

2023年7月18日、ビッグモーターは経営陣の報酬について、兼重宏行社長が1年間全額、副社長らも3カ月間10〜50%を自主返納すると発表した。外部専門家による特別調査委員会の報告書を受けたもので、「コーポレートガバナンスの機能不全や歪な企業風土醸成に重大な責任を負っている」ことを理由としている。

しかし翌日19日になって、ネット上に流れた「兼重社長から全店長に宛てたグループLINE」は、みずからによる責任を棚に上げたような印象を残した。

拡散されたスクリーンショット画像によると、兼重氏は、全社員の2%に満たない一部のBP(板金塗装)従業員による「過去の不祥事」だとしつつ、「世間の関心を集めるために、会社全体の組織ぐるみだと決めつけて報道」されていると指摘。

また「今回の件には一切関係ない、店舗とサービス向上の写真」を使って報じていると、メディア批判とも取れる内容が書かれていた。なお調査報告書によると、ビッグモーターグループの従業員数は2021年9月時点で5324人、うちBP部門は620人(11.6%)とされている。

【2023年7月25日9時44分追記】初出時、数値に一部誤りがあったため、上記の通り修正いたしました


報告書によるとBP部門の社員は約12%いたそうで、兼重氏のLINE文言とは微妙に違っている/出所:ビッグモーター調査報告書

メッセージは、その日の夜には「炎上系」と呼ばれるインフルエンサーによって拡散され、ネットユーザーの注目をあびた。マスメディアも追随し、産経新聞は7月20日夜、関係者からLINE文章を入手したと報道。その後、取材に対してビッグモーターが事実関係を認め、「不適切な内容が含まれていることについて猛省」しているとの回答を得たと報じている。

LINEメッセージにはさまざまな問題点

今回のLINEメッセージ、内容はもちろんながら、送信に至るまでのプロセスにも問題点が多々ある。いくつも指摘できそうだが、筆者は以下の3つがまず頭に浮かんだ。

(1)重要事項を共有するツールとして、LINEは適切だったのか

(2)送信時刻は適切だったのか

(3)なぜ、このタイミングで「流出しない」と判断したのか

では、ひとつひとつ見ていこう。

(1)重要事項を共有するツールとして、LINEは適切だったのか

コロナ禍によって、チャットツールが活用されるようになった。SlackやMicrosoft Teams、Chatworkなどなど、各社サービスが競い合っている状況で、LINEも企業向けサービス「LINE WORKS」を提供している。ただ、今回流出したスクリーンショットは、見たところ通常版の「LINE」と推測される。

調査報告書にも兼重氏(報告書では「A社長」と表記)らが、LINEでやりとりしていた描写があり、以前から業務連絡ツールとして常用されていた可能性は考えられる。しかし今回のように、会社全体の士気を左右しかねない重要な内容であれば、時系列順で流れてしまうLINEよりも、メールなどのほうが無難だったのではとも感じられる。

(2)送信時刻は適切だったのか

兼重社長によるLINEメッセージは、朝7時に送信されたという。「店長クラスは、昼夜を問わず、会社のことを考えるべきだ」との意見もあるだろうが、一般論としては「今回のメッセージ程度であれば、一刻を争うものではない」と見る向きが多いだろう。

ちなみに参考までに、ビッグモーターの中途採用サイト(現在は閉鎖)に載っていた「営業社員の1日」を見ると、朝9時からの環境整備(清掃)を経て、9時30分スタートの朝礼で予定・課題を共有するところから、日々の仕事が始まることになっている。

(3)なぜ、このタイミングで「流出しない」と判断したのか

ビッグモーターの保険金不正をめぐっては、1年ほど前から疑惑が報じられており、LINE流出前日に国土交通大臣が「言語道断」と触れたことで、ついに隠しきれなくなっていた。メディア各社が追いかけるなか、当然ながらグループLINEに「内通者」が潜んでいても不思議ではない。

公式サイトの店舗一覧によると、ビッグモーターブランドは全国263店舗。すべての店長と、強固な信頼関係が築かれているのであればまだしも、これを機に「膿を出し切りたい」と考えているスタッフもいたのではないか。

従業員を信じすぎていたのか、それとも「社員教育」が徹底されているとの自信が強かったのか。はたまた、騒動の規模を見誤っていたのか--。いずれにせよ、タイミングも内容も、「いま送信したら流出して、炎上するに決まっている」としか思えないものだった。

企業トップのメッセージは会社に大きな影響を及ぼす

企業トップからのメッセージは、ときに企業ブランドを高め、社内外にファンを増やす武器となる。一方で、ひとたび使い方を誤ってしまうと、現場社員の足を引っ張ってしまうこともある。筆者が以前、当サイト(東洋経済オンライン)のコラムで紹介した事例を、ちょっとおさらいしてみよう。

たとえば、スシローで迷惑客による「醤油ペロペロ」が話題になった直後、運営会社の社長が、ツイッターでメッセージを投稿した。スシロー公式アカウントは、それまで基本的に商品紹介目的で使われていたが、突然の「社長登場」にポジティブな反応が寄せられた。

(参考記事:スシロー、寿司テロ騒動後に社長が見せた「巧さ」

ドン・キホーテの公式キャラクター「ドンペン」が、新キャラに交代されると発表した際の、ドンキ社長ツイートも話題になった。「私も事情がわからず関係部署に確認します」「あんまり権限ないんですw」などと、硬軟取り混ぜながら経緯説明したことで、消費者にプラスのイメージを与えた。

反対に、ネガの印象を与えてしまったのが、焼肉ライク社長のツイートだ。一般ユーザーからの「スーパーで買った肉を家のフライパンで焼いた方が安い」との投稿に「イラッとしました笑」と反応。設備や人件費といった諸経費を念頭に置いた発言だったのだが、「思っても、言わないほうがいい」などと非難が殺到し、社長はツイッターの更新を止めた。

(参考記事:焼肉ライク、社長が炎上後にとった「最大の悪手」)

これらの発言は、いずれもSNS上でのもので、公開を前提としたものだ。意図せず(予測はできたはずだが)流出してしまったビッグモーターとは、ちょっと事情が異なるが、「発言がどう受け取られるか、考えるべき」といったポイントは通底している。

求められる、「誠実に公開」の姿勢

これまで兼重社長はあまりメディア露出しておらず、また非上場企業のため、株主総会で一般消費者の矢面に立つこともなかった。保険金不正をめぐっても、調査報告書がリークされても、公式発表どころか各社取材にも応じず、なかなか会見を開く様子もない。

世論から「公式発表」が渇望されている現状で、もし閉ざされた空間でのみ語るはずだった「本音」が拡散されれば、どんな未来が想定されるか--。案の定、コンプライアンス意識やリスクマネジメント体制に、さらなる疑念のまなざしが向けられている。

ビッグモーターは、これまでテレビやラジオにCMを大量出稿し、その知名度を高めてきた。マス向けのコミュニケーションは長年経験があったため、どこか「メディアは使ってなんぼ」的な価値観があったのかもしれない。LINEの文面からも、どこか「これだけお金を落としてきたのに、なぜ急に手のひらを返すのか」といったショックを読み取れなくもない。

しかし、SNSの普及によって、「情報の消費」は大きく形を変えた。CM大量出稿はキッカケにはなるが、いかに日常に溶け込ませるか、親近感を覚えさせるか……といった点において、ネット上での広報戦略は、無視できないウエイトを占める時代となっている。

流出してしまったものは仕方がない。むしろこれを糧に、メディアの先手を打って「できるだけ早く、そして誠実に情報公開する」方向に、舵を切れるか。それが今後の立ち位置を左右することになるだろう。

(城戸 譲 : ネットメディア研究家・コラムニスト・炎上ウォッチャー)