レム睡眠は脳にとって革新的なアイデアの宝庫であり、新しい記憶の痕跡を試す絶好の機会になる(写真:naka/PIXTA)

日本人は平均すると1日、6時間35分ほど寝ている。国際平均からは45分短く、働き者の日本人らしい数字だが、それでも生活の3割弱は寝て過ごしている計算となり、いかに快適な睡眠を取れるかが人生の豊かさにも直結する。

スウェーデン・ウプサラ大学の神経学者と健康問題を20年追ったヘルスジャーナリストが、人間の生活に欠かせない睡眠のさまざまな謎を解き明かした『熟睡者』から一部抜粋、再構成してお届けする。

夢が「創造性」を開花させる

会議室で同僚たちと、予定されているイベントについてブレインストーミングをしているとしよう。スポンサーの募集やノベルティグッズの提供、興味深いテーマでスピーチをしてくれるだろう講演者の選定など、ひとりの同僚が次から次へとすばらしいアイデアを出してくる。

まったく思いもよらない視点から、創造的な提案をする同僚。あなたを含め、その場の誰もがただ驚くばかりだ。コーヒーを流し込み、脳を拷問にかけるが、枯れることを知らない泉のようにアイデアが湧く同僚に近づくことはできない。

その秘密はどこにあるのか。

もちろん、その同僚が際立ってクリエイティブなタイプの人物だという可能性もある。

だがもしかしたら、並外れて質のよい睡眠をとり、非常に価値あるレム睡眠から恩恵を受けているのかもしれない。高速で気まぐれ、論理的一貫性もなく、時間と空間の制約などまったく考慮しないのが私たちの夢だ。そのため、レム睡眠は脳にとって革新的なアイデアの宝庫であり、新しい記憶の痕跡を試す絶好の機会になる。

夢の中で私たちの脳は、異なる時間や出来事からランダムに選んだ記憶を混ぜ合わせるのだ。

レム睡眠は、ある意味スムージーを作るミキサーのようなもので、手元にあるすべての材料を放り込んだらスタートボタンを押し、あとはどのような結果になるか待つばかりだ。ときにはレシピを必ず保存しようと思うほど美しい色合いの、美味なブレンドができることもある。そしてときには、排水口にそのまま流したくなるような、まったく食欲をそそらない組み合わせになることもある。

レム睡眠に入る前、脳の深部では「PGO波」と呼ばれる脳波が出現する。この脳波は、 レム睡眠の名前の由来となった急速眼球運動(Rapid Eye Movement:REM)を引き起こす。両眼がシンクロしながら、左から右へ、右から左へと動くが、この動きが脳の両半球のコミュニケーションを促しているのではと考えられている。

このようにして脳は、縦横無尽、自由闊達に記憶の痕跡を活性化できるのだ。

厳格な指揮者である海馬が、どの記憶痕跡が脳内で活性化され、どの記憶痕跡が整理されるかを厳しく判断する深い睡眠中とは異なり、レム睡眠の間、記憶の指揮者は休憩をとる。海馬はただ、脳内の記憶痕跡が何の統制も受けることなく活性化される様子を傍観する。通常は同時に活性化されることのない記憶痕跡が一緒に登場し、混じり合うのも、海馬が休んでいるからこそだ。

レム睡眠中に私たちは、明快かつ合理的な思考パターンからは思いつきもしない、創造的な経験をする。レム睡眠なしには生まれなかっただろう思考の結びつきに、チャンスが与えられるのだ。そのことが、夢が往々にして、極端に支離滅裂で混乱している理由を説明するかもしれない。

「レム睡眠」が元素周期も蒸気機関も生んだ

深い睡眠時には新たに形成された記憶痕跡が固定されるのに対し、レム睡眠では、新鮮な記憶と過去の記憶との新たな組み合わせが生み出されていく。

翌日にはより優れた解決策が得られるかもしれないという思いから、物事やアイデアを「一晩寝かせよう」と言ったりするが、この表現には多くの真実が潜んでいる。

レム睡眠の創造的な世界は、人類の進化に大きなメリットをもたらした。たとえば、眠っているだけで、狩猟技術を向上させることができた。

レム睡眠中に、獲物に気づかれずに近づくための巧妙なアイデアを思いつき、それによって自身と家族の生き残りを確かなものにすることができた。洞穴や寝床をより安全に、より快適にするための決定的なひらめきもそうだ。「フェイスブック」の着想、「蒸気機関」の発明、「元素周期」の発見にもレム睡眠が一役買ったのではといわれている。

元素周期はロシア人化学者ドミトリ・メンデレーエフの夢に実際に現れたという。

1869年2月17日の日記に「夢の中で、すべての元素があるべきところに収まったシステムを見た。目覚めると同時に、すべてを紙に書き写した」と記されている。

135年後、科学誌『ネイチャー』に発表されたドイツの研究によって、レム睡眠の創造的な効果が裏づけられることになった。

研究者たちは、学生を複数のグループに分け、特別な数学の問題を解くための指導を行った。じつは問題を簡単に解ける近道があるのだが、学生たちに事前に教えることはしなかった。

入眠前に解答に辿り着けなかった被験者のうち60%が、問題を「一晩寝かせた」あとに、裏技を思いつくことができた。他方、睡眠をとることが許されなかったグループでは、答えを導き出せた被験者の割合はたった22%だった。

どうやら一晩睡眠をとることで、問題を解決できる確率を高められるようだ。もちろん、解決が確実に保証されるわけではないが。

短い昼寝の場合はどうだろうか。宣言的記憶と手続き記憶は昼寝で強化される一方、創造性が助長されることはないという研究結果が出ている。

最近発表されたドイツの研究では、午後に3時間の睡眠をとった被験者には、たとえ長い昼寝の間にレム睡眠が発生した場合でも、創造性の向上を確認することはできなかったという。

幼児は夢で「世界」を理解する

加齢にともなってレム睡眠の割合が減少することが、研究によって明らかにされている。

それにもかかわらず、多くの年配者が主観的には、若い頃より多く夢を見るようになったと感じている。そのことを説明する原因のひとつは、高齢になると一般的に、夜の間より頻繁に、とりわけ夢の途中で目を覚ますためだと考えられる。


それとは対照的に、乳幼児は非常に多くの夢を見る。これは研究室での測定を通して証明できる。

子どもたちが眠っている間、閉じたまぶたの後ろで眼球が上下左右に動く様子(レム睡眠中であることの証拠)を観察するだけで十分に確認できる。

そもそも、小さい子どもたちが夢をよく見るのは不思議ではない。この未知の世界に生まれたばかりの彼らは、生命を理解し、危険を認識し、他者の行動を正しく解釈し、自分の個性を伸ばしていくために、可能なかぎり創造的でなくてはならない。

別の言い方をすれば、子どもたちが個性を伸ばし、周囲の環境を理解するうえで、レム睡眠が役立つということだ。それに対し、人生の大半を生き、自らのまわりの世界とのつながりや理解を積み重ねてきた高齢者は、子どものように夢に依存しないのだろう。

(クリスティアン・ベネディクト : スウェーデン・ウプサラ大学准教授、睡眠研究者)
(ミンナ・トゥーンベリエル : ジャーナリスト、作家)