飲食店がアルバイトなどの時給を上げられない理由は?(写真:まちゃー/PIXTA)

会員制の卸売小売店のチェーン「コストコ」が時給1500円で求人を募集し、群馬県の地元企業が悲鳴を上げているニュースが話題となっている。その中で、あらためて外食業界の時給の安さと人手不足の深刻さが浮き彫りとなった。

群馬県の飲食店のアルバイトの時給は、県庁所在地の前橋市をはじめ、高崎市、伊勢崎市を中心に時給1000円を超えるところが多い。最低時給では採用ができないということが常識となっており、県内の最低賃金の895円は超えている。しかし、コストコが募集する1500円には遠く及ばず、人材の獲得競争をする上で、かなり不利な立場に立っているのは事実だ。

群馬県に限らず、現在多くの飲食店が人手不足に苦しんでいるが、事業構造的にアルバイトの時給を上げることがなかなかできていない。しかし、時給を上げることができないがゆえに、人が集まらないという悪循環に陥ってしまっている。

加えて、コロナ禍ではアルバイトを解雇した飲食店も少なくないうえ、新型コロナウイルスへの感染を防ぐため、他の業種で働く決断をしたケースも目立つ。そうした人たちが外食業界に戻ってきたかというと、そういうわけではない。

それでは、外食業界の人手不足はどれほど深刻なのだろうか。それが分かりやすく示されたのが「吉野家」の西新宿8丁目店の例だろう。

同店は2023年4月19日15時から5月1日10時までの間、人員不足のため休業するという張り紙を掲示し、大きな注目を集めた。同店は東京メトロ丸の内線・西新宿駅のC12出口前にある。通りを一本挟んだ先には、警視庁新宿署や東京医科大学病院もあり、GW中もある程度の集客が見込める立地だ。

それにもかかわらず、アルバイトが集まらないために、休業へ追い込まれてしまった。当時、同店は時給1200〜1500円でアルバイトを募集しており、マイナビが7月に発表した「アルバイト募集時の平均時給データ」の関東の平均時給と比べても遜色のない時給で募集をしている。それでも集まらないくらい人手不足は深刻化しているのだ。


非正規社員の人手不足が深刻

実際、帝国データバンクの調査でも、飲食店の人手不足の実態が浮き彫りになっている。パート・アルバイトなどを含む非正社員の業種別では「飲食店」が85.2%で、全業種の中で唯一8割を超えるほど高い。

背景にはパート・アルバイトなどを含む非正社員の就業者全体の7割以上を占めているという飲食店のビジネスモデルが関係している。そもそも飲食店は、利益が出づらいビジネスのため、人件費の高い社員をたくさん雇うのは困難。そこで比較的、時給の安いパート・アルバイトを活用して、営業を行ってきたわけだ。


人手不足を感じているのは外食業界だけではないというのも要因だ。前述のマイナビの調査では、「職種(大分類)別」の時給も発表している。それによると、外食業界の全国時給は1065円となっており、それより下は「販売・接客・サービス」「アパレル・ファッション関連」「エステ・理美容」の3つしかない。多くの調査でアルバイト先を選ぶポイントの1位が「給与の高さ」となっている中、他の職種と人材獲得競争が起きたら、外食業界が選ばれる可能性は低いということだ。

ならば、飲食店も時給を上げればいいのでは、と考える人もいるだろう。しかし、その実現はかなり難しい。外食業界が時給を上げられない背景には、大きく3つの問題がある。

1.FLコストの上昇

現在、外食業界では人件費だけでなく、原材料費の高騰も進んでいる。原材料費(Food)と人件費(Labor)は「FLコスト」と呼ばれ、飲食店を経営する上で重要な指標の1つだ。FLに「家賃(Rent)」を加えたFLRコスト比率を70%に抑えることが利益を確保するために欠かせないといわれている。

しかし、家賃は固定費なので、コストの削減は簡単にできない。そこで人件費と原材料費をコントロールする必要があるが、昨今、どちらも高騰しており、従来のビジネスモデルが通用しない状況に追い込まれている。

飲食店がどのくらい物価高の影響を感じているかというと、シンクロ・フードの調査では「とても実感している」と「やや実感している」を合わせて98.1%もの飲食店が物価高騰を感じている状況が明らかとなっている。

値上がりを品目については「電気」「食用油」「ガス」がトップ3を占めている。いずれも日常的に使うものなのでなかなか節約ができず、コスト増としてダイレクトに負担がのしかかっている状況だ。

しかし、原材料費の高騰に対して、飲食店も手をこまねているだけではない。コスト高に対応するため、さまざまな手を打っている。中でも多くの飲食店で行われたのがメニューの値上げだ。

現在起きているFLコストの上昇は、ビジネスモデルを変革させるくらい大きな出来事だとも言える。それは(2)と絡むことで、より深刻さが増す。

生産性を向上させるのが難しい飲食業界

2.生産性の低さ

コストが上昇していても、生産性を向上させることができれば、それを吸収することもできる。しかし、外食業界は生産性を向上させるのが難しい業界だ。そもそも労働集約型産業であるだけでなく、即時性のあるサービスが必要なため在庫が持てない。つまり、暇な時間にあらかじめサービスを作っておき、忙しくなったら提供するということができないため、生産性の向上に限界があるのだ。

こうした外食業界ならではの特徴が、長時間労働につながるだけでなく、利益が出ないビジネス構造となり、アルバイトの賃金も低いままとなってしまう。結果として、それが離職率の高さに結び付き、人手不足の原因になっている側面を持つ。

産出する付加価値が増加し、高い価格で販売できたら、その分、賃金が上がるのはもちろん、積極的な投資を行って、たくさんの労働者を引きつける魅力的な業界づくりもできるだろう。しかし、外食業界の場合、そう単純に事が運ばない。なぜなら価格の問題は(3)の問題と深く関係しているからだ。

3.安くて当たり前という価値観

日本では、ワンコインで牛丼が食べられたり、ラーメンの価格が1000円を超えなかったりと、飲食店の価格が安くて当たり前だという価値観がある。世界的に見ても日本の外食の価格は安いことで有名だ。

イギリスの経済誌『エコノミスト』が発表している「ビッグマック指数」(2021年7月時点)では、日本は57カ国中31位。主要先進7カ国の中で突出して低いだけでなく、実は、日本だけここ数十年で価格が低迷し続けている。

なぜ日本はビッグマックを安く売れるのかというと、企業努力の賜物というよりも、アルバイト・パートの賃金の安さの影響の方が大きいだろう。つまり、「卵が先か、ニワトリが先か」ではないが、労働者の賃金が安いから外食は安売りができ、外食が安売りするからこそ労働者の賃金が上がらない状況に陥っているのだ。

値上げに対する消費者の反応は厳しい

現に、値上げラッシュがあったとはいえ、日本の消費者の価格に対する要求は厳しい。例えば7月19日からマクドナルドは「都心型価格」の適用を拡大し、一部店舗ではビッグマックの価格を450円から500円に引き上げた。

それに対してもネガディブな反応が少なくない。外食企業の値上げには理解を示しながらも、価格を据え置いている「サイゼリヤ」や「焼肉きんぐ」が大きな支持を集めている現状もある。

一方で消費者側にも日本の賃金が30年にわたって上昇していないという事情がある。一方で、その間、社会保険料は上がり続け、消費税も10%に。労働者の可処分所得が減っているからこそ、外食各社は価格を上げたくても上げることができないのだ。岸田政権下では、国民負担率(実績)が62.8%にのぼるとも言われている。そうした状況下では、飲食店のこれ以上の値上げを容認するのは難しいだろう。

それでは、外食業界の時給の安さと人手不足は解決することができないのかというと、けっしてそういうわけではない。従来の価値観に縛られない方法が求められているが、興味深い取り組みが続々と生まれてきている。

その中の1つが、スキマバイトサービス「タイミー」 を活用した事例だ。タイミーは2018年8月にサービスを開始して以降、利用者が増え続けており、今年の6月に累計ワーカー数が500万人を突破した。深刻な人手不足はもちろん、スキマバイトで来たスタッフを直接採用できるとあって、多くの飲食店で活用が進む。

タイミーはあくまでも、シフトが埋まらないとき活用されるサービスだ。しかし、その活用を前提にした飲食店が登場し、話題を呼んでいる。それが5月に新橋にオープンした「THE 赤提灯」だ。

同店はタイミーと、新橋を中心に飲食店の運営やプロデュースをするミナデインがタッグを組んで誕生しており、メインターゲットに「まだ酒の美味しさや楽しみ方を知らない20歳」を据えている。店舗の運営は基本的に2人の社員と4人のアルバイトで運営。そのアルバイトは全員タイミーによって募集されるスポットワーカーであり、うち2人は必ず未経験者を活用している。

繁盛しても忙しくならない飲食店

なぜこうした体制が可能かというと、それでも回るオペレーションを組んでいるからだ。そもそもミナデインはこれまでの外食業界の常識を覆す提案を得意としている。例えば、同じ新橋で運営している昼は食堂、夜は居酒屋の「烏森百薬」は、「名店のセレクトショップ」と銘打ち、全国からのお取り寄せをメニューとして提供している。全国各地の人気商品が一度に楽しめるところにあり、2018年に開店してから、瞬く間に繁盛店の仲間入りをはたした。

通常の飲食店だと、繁盛店になればなるほど、仕込みに時間を取られたりして労務環境が悪くなってしまうケースが目立つ。しかし、同店の場合、発注をすればいいだけなので、どんなに繁盛しても労務環境が悪くならない。従業員の働きやすさを考えても、メリットは大きい。

THE 赤提灯は、こうした取り組みができるミナデインだからこそできた業態だ。同店でも、あえてカンペを積極的に活用するなど、未経験ならではの初々しさを生かした提案を行う。まだ頻繁に居酒屋を利用したことがない若年層の客と、未経験のアルバイトだから成り立つ提案だとも言えるが、そのアイデア自体が俊逸なのは間違いない。

タイミーの時給は、平均よりも少し高いが、飲食店にとっては繁閑差で使い分けて、人件費をコントロールできるメリットがある。FLRコストのうち、以前は家賃だけが固定費だったが、人手不足が加速して自店で囲い込む必要が出てきたため、人件費も固定費となりつつある中、タイミーのようなサービスを活用することで、飲食店、働く人ともに利益や収入アップを実現できる環境が作れるかもしれない。

(三輪 大輔 : フードジャーナリスト)