新人脚本家が作り出す、王道ラブストーリーの気になる評価は?(画像:フジテレビ公式ホームページ)

夏ドラマの主要作が出そろい、豪華キャストが集結した「VIVANT」(TBS系)、池井戸潤さんの小説を実写化した「ハヤブサ消防団」(テレビ朝日系)、ひさびさに芦田愛菜さんが連ドラ出演する「最高の教師 1年後、私は生徒に■された」(日本テレビ系)などの局を挙げた力作が話題を集めています。

「古い」「面白くない」などのネガティブなスタート

さまざまなジャンルの作品がそろう中、ここまで賛否の“否”や疑問の声が目立つのが、今クールの月9ドラマ、「真夏のシンデレラ」(フジテレビ系)。森七菜さん、間宮祥太朗さん、神尾楓珠さん、吉川愛さんら“若手キャストをそろえた海辺の青春群像ラブストーリー”というコンセプトは、「月9ドラマ全盛期」と言われる1990年代を彷彿させるものですが、これに厳しい声が集まっているようです。

たとえば、ツイッターの検索窓にタイトルを入れると予測変換で表示されるのは、「ダサい」「つまらない」「古い」「面白くない」などのネガティブなものばかり。ツイートやネット記事のコメント欄を見ても、「ダサい、痛い、寒いの三拍子」「男女の描かれ方が昭和?平成初期?」「フジテレビは過去の栄光にすがりすぎ」などの辛辣な声があるなど、不安を残すスタートとなりました。

しかし、どんなに厳しい声が多くても、「真夏のシンデレラ」にはどうしても目が離せない3つの要素があるのです。

第1話の冒頭、20秒弱にわたって映されたのは海の映像。同作の舞台は神奈川県の江ノ島ですが、ここまでそれ以外のエリアが登場せず、大半が海辺のシーンで占められています。

主人公の蒼井夏海(森七菜)は、現在マリンアクティビティでトップクラスの人気を誇るサップのインストラクター。さらに主要キャストの中には、ライフセーバーの早川宗佑(水上恒司)もいます。

第1話では、夏海と水島健人(間宮祥太朗)、佐々木修(萩原利久)、山内守(白濱亜嵐)がサップをするシーン、海辺で打ち上げ花火があげられるシーン、夏海と健人がサップボードの上から夕日を見るシーン。第2話では、浴衣を着て夏祭りで射的などを楽しむシーン、浜辺で手持ち花火をするシーンなどがありました。

本当の“夏ドラマ”は希少かつ貴重

ここまで“夏”という季節性を前面に押し出したドラマはめったにありません。過去の月9ドラマで見ると、2016年に海辺のレストランが舞台の「好きな人がいること」、2013年に海辺の町が舞台の「SUMMER NUDE」、2008年に湘南の高校が舞台の「太陽と海の教室」、それ以前は1997年の「ビーチボーイズ」、1994年の「君といた夏」くらいでしょう。月9ドラマは1987年から現在まで37年にわたって放送されています。つまり、昨年まで36作の夏ドラマが放送されたのに、夏をフィーチャーした作品は5作程度しかなかったのです。

しかも「真夏のシンデレラ」の“夏”要素は、最高峰の「ビーチボーイズ」と匹敵するレベル。「どこをどう切り取っても夏」というレベルまで徹底することで、今夏の他作品はもちろん過去作品と比べてもトップクラスの夏らしいドラマなのです。

ちなみに現在放送中の作品で夏を感じさせられるのは、五島列島が舞台の「ばらかもん」(フジテレビ系)くらい。ゴールデン・プライム帯だけで約20作が放送されているにもかかわらず、夏ではなく別の季節のほうが合いそうな作品ばかりであり、長年このような状況が続いています。

昭和の時代から夏は四季の中で最も季節性の高い作品が放送されてきた経緯があるだけに、これほど夏に特化した「真夏のシンデレラ」は、希少かつ貴重な存在。逆にこの作品がなければ「本当の意味での夏ドラマは絶滅してしまう」という感すらあるのです。

今や「バチバチの三角関係」は少数派

批判的な声があっても「真夏のシンデレラ」から目が離せない2つ目の要素は、あえてかつて王道だった直球のラブストーリーが選ばれたこと。

ラブストーリーとしてのベースは、タイトル通りの「シンデレラ」。主人公の夏海は、家族思いの心優しい女性で、一方の健人は裕福な家庭で生まれた優等生タイプの好青年であり、シンデレラと王子の関係性に似ています。また、第1話の終盤に「健人が夏海にサンダルをプレゼントして履かせてあげる」というガラスの靴を彷彿させるシーンもありました。

シンデレラというクラシックな設定に加えて、夏海の幼なじみであり想いを寄せる牧野匠(神尾楓珠)との三角関係やバチバチのバトルを真っ向から描いていることもポイントの1つ。

近年は三角関係やライバルとのバトルを描かないシンプルなラブストーリーが主流になっていました。制作サイドがその傾向を知らないはずがなく、あえてかつて王道だった形を選んだ様子がうかがえます。主に若年層の視聴者から「古いけど新しさも感じる」というニュアンスの反応が見られるのは、三角関係やバチバチのバトルを真っ向から描いているからでしょう。

今夏ゴールデン・プライム帯で放送されているラブストーリーは、男性の恋愛ベタな理由をフィーチャーした「こっち向いてよ向井くん」(日本テレビ系)のみ。深夜帯では、初恋相手と偽りの結婚生活をはじめる「ウソ婚」(関西テレビ・フジテレビ系)、ストーカーとの危険な恋を描いた「癒やしのお隣さんには秘密がある」(日本テレビ系)、軽度の知的障害を持つ主人公にスポットを当てた「初恋、ざらり」(テレビ東京系)が放送されています。

いずれも直球というよりは変化球のような設定が選ばれたことがわかるのではないでしょうか。その点、特別な設定ではなく普通の男女の恋を描く「真夏のシンデレラ」は、やはり希少価値が高い作品なのです。

“月9”というドラマ枠で見ても、ラブストーリーは2018年冬の「海月姫」以来、約5年ぶり。それまでは年4作中1〜3作のペースでラブストーリーが放送されていましたが、この約5年間はほぼ刑事・医療・法律の手堅い3ジャンルが占めていました。これは視聴率の低下を止めるための戦略であり、約5年かけて一定の成果を挙げられたからこそ「ラブストーリー“も”放送する」という本来の形に戻ってきたのでしょう。

もし「真夏のシンデレラ」が目も当てられないほどの大失敗に終わってしまったら、月9ドラマは再び刑事・医療・法律の3ジャンルに戻ってしまい、多様性が失われてしまうかもしれません。「3ジャンルだけでなくラブストーリーも含めた月9ドラマの多様性を守る」という意味でも「真夏のシンデレラ」は重要な作品なのです。

新人脚本家のみずみずしいセリフ

「真夏のシンデレラ」から目が離せない3つ目の要素は、新人脚本家の大抜擢。

脚本を担う市東さやかさんは、昨年「第34回フジテレビヤングシナリオ大賞」の大賞を受賞したばかりであり、当作が連ドラデビュー作。フジテレビ看板枠の月9ドラマに起用されたわけですから、市東さん自身もシンデレラと言っていいでしょう。

市東さんを抜擢したのは、同賞の審査をしていた中野利幸プロデューサー。その才能にほれ込み、連ドラの書き方を教えながら今作に挑んでいる様子が伝わってきます。2010年代ごろからドラマの世界では、主力脚本家が50〜70代に集中するなど高齢化が不安視されてきたという背景もあって、アラサーの市東さんと若手育成に挑む中野プロデューサーを応援したくなってしまうのです。

その市東さんが影響を受けたのが、第33回の大賞受賞者で、昨秋に「silent」(フジテレビ系)を手がけて称賛を集めた生方美久さん。市東さんは自身が1次審査で落選した第33回で「同じ看護師のアラサーである生方さんが受賞したことを知って再挑戦を決めた」という経緯があるそうです。

直球のラブストーリーに好意的な声も増えつつある

新人脚本家の魅力は、「感覚が視聴者層に近い」「ベテランや中堅とは異なるセリフや描写が書ける」などと言われていますが、ここまでの2話でもみずみずしいセリフや描写がいくつかありました。

たとえば第1話で、夏海が健人に夕日を見ながら「(夕日が沈むまでの目安は)指1本15分。日没まで。けっこう当たるよ」と伝えるシーン。さらに第2話でも、健人が夏海の好きなクジラのおもちゃを射的で取り、夏海から「ほしかったんでしょ」と聞かれ、「ほしかったよ。(夏海が)ほしがってたから、ほしかった。プレゼント」と返したシーンがありました。

今後もこのような新人脚本家らしいみずみずしくも印象的なセリフや描写が見られるのではないでしょうか。

実は第1話より第2話放送終了後のほうが、「舞台が夏の季節にぴったりな海。かつての月9らしい感じの恋愛もの」「夏を感じられるし、観てる間はドラマの世界に浸れる」「久しぶりにキュンっとするドラマで私的にハマった予感」などの好意的な声がジワジワと増えています。

夏という季節性にこだわり特化した作品だからこそ、王道かつ直球のラブストーリーをあえて選んだからこそ、新人脚本家を大抜擢したからこそ、いくつかのツッコミどころはあるでしょう。ただそれでも放送が進むたびに、見ている人々の満足度は高まっていきそうなムードが漂いはじめているのも事実です。

(木村 隆志 : コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者)