控除に非課税手当、所得税の仕組みは複雑(写真・CORA / PIXTA)

政府税制調査会が取りまとめた中期答申「わが国税制の現状と課題−令和時代の構造変化と税制のあり方−」に、増税項目がずらりリストアップされているとして話題になっている。

答申内容については、東洋経済オンラインの拙稿「嫌われ者の消費税、人生トータルだと実はフェア 目先の増税を離れ、『そもそも論』説く政府税調」で詳述したが、果たしてどれほど増税項目が列挙されているのだろうか。

「検討」=「増税」なのか?

話題になっているものを挙げると、退職金課税の強化、生命保険料控除の見直し、通勤手当への課税が取り沙汰されている。これらはまるで「サラリーマン増税だ」(旧時代的な用語法だが)、という論調もある。

確かに、前掲の項目は、政府税調の答申で触れられており、本文に「検討する必要があります」などと記されている。

しかし、答申で「検討する必要」と記されれば、すべて「増税」を意味するのか。決してそうではない。政府税調の提起=増税という見方は、曲解にすぎる。それは、本文の記述を丁寧に追って素直に解するとわかる。

筆者は政府税制調査会の委員として当中期答申の取りまとめに関わったが、本稿の意見にわたる部分は筆者の私見であり、政府税制調査会の見解を代表するものではない。

そもそも、当中期答申は、国民が将来の税制を考えて主体的に参画する助けとなることを目指して取りまとめたものである。そして、わが国の各税目について、網羅的に個々の仕組みを紹介しつつ、今日抱えている課題を挙げた。まるで税制の入門書のような書きぶりである。

政府の会議における答申は、政策提言が単刀直入に書かれていることが多く、それは当該政策分野の知識がないと理解できないものだったりする。しかし、今般の中期答申は、前掲拙稿でも記したように、政府税調が2000年に出した中期答申のスタイルに倣って、政策提言だけを書くのではなく、税制の知識がなくとも読める形で取りまとめられた。

所得税の控除項目を記したワケ

所得税制についても、給与所得や公的年金や金融所得などが課税対象となり、通勤手当や遺族年金などは非課税となり、基礎控除、配偶者控除、扶養控除、生命保険料控除などの控除が課税対象から差し引かれたうえで、累進課税がなされる――ということを、答申本文で事細かく記している。

「サラリーマン増税」という見方があるのは、所得税制について個々の控除がずらりと答申本文に記されているのを見て想起したのだろう。しかし、それは当答申が税制の知識がなくても読めるようにするために記したものであって、「増税」すべきだから列挙したのではない。

筆者には、この答申をどう読めば「サラリーマン増税」と書いてあるといえるのか、まったく理解できない。

ここで、「政府税調は増税ばかり提起している」という先入観を正しておこう。

例えば、政府税調は、2014年6月に取りまとめた「法人税の改革について」で、「企業が国を選ぶ時代にあって、国内に成長分野を確保するには、法人税率の引下げは避けて通れない」と、2015年度と2016年度の税制改正で実行されることになる法人税改革に先鞭をつけた。法人税率の引き下げを提起したのである。

通勤手当は、所得税の課税対象となっていない非課税所得として答申で挙げられてはいるが、これを直ちにどうせよとはいっさい言っていない。

確かに、非課税所得については、「政策的要請により非課税等とされている制度については、(中略)他の所得との公平性や中立性の観点から妥当であるかについて、政策的配慮の必要性も踏まえつつ注意深く検討する必要があります」と記されてはいる。

だからといって、これが直ちに「増税」を意味すると読むのは深読みにすぎる。

生命保険と金融商品は別モノか

生命保険料控除は、保険には貯蓄性、投資性の高いものが多く、他の金融商品と同様の性質がありながら、金融商品への拠出に控除がないものがある一方で、生命保険料には控除があるという不公平がある。この点について、答申では「金融商品間の税負担の公平性及び中立性に照らして問題があると考えられます」と、課題を提起した。

これを見て、生命保険料控除が見直されて「増税」になると想起したのなら、それは不公平があることを認めたも同然である。生命保険料控除は廃止・縮減しないとこの不公平はなくならない。

退職金課税については、政府税調の中期答申にも記されているが、もっと率直に切り込んだのは、新しい資本主義実現会議だった。

そもそも、退職金課税では、多額の退職金を一度に受け取ると、累進課税されることにより多くの所得税を払わなければならなくなるという点に配慮しており、退職金を一時金として受け取る場合には他の所得とは合算せず分離課税している。

その際、勤続年数20年までは1年につき40万円、勤続年数20年超の部分については1年につき70万円の控除があり、その分だけ所得税負担が軽減されることとなっている。

この20年超の勤続に対する税制優遇に、新しい資本主義実現会議がかみついた。この控除の増額が自らの選択による労働移動の円滑化を阻害している、と指摘したのである。

財源確保ではなく、多様な働き方に対応

同会議が6月に取りまとめた「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」では、労働移動の円滑化を阻害しているとの指摘を踏まえ、「制度変更に伴う影響に留意しつつ、本税制の見直しを行う」と明記した。これが「退職金課税の強化」と受け止められた。

ただ、これは政府税調の答申ではない。しかも、新しい資本主義実現会議での議論も、「増税」が主目的なのではなく、成長分野への労働移動の円滑化を阻む制度的要因を取り除くことを主目的とした提言である。

政府税調では、これまでにも退職金課税は時折議論の俎上に載ることがあった。そこでの議論は、財源確保のための増税を前提としたものではなく、多様な働き方に対応する税制への転換を期してのものである。

現に、今の所得税制では、退職金を一時金払いで受け取るときのほうが、年金払いで受け取るよりもトータルで払う所得税が少なくなることが多い。だから、現行の退職金課税は、退職金の受け取り方やライフコースの選択に中立的ではない。この点を、政府税調の中期答申で指摘したのである。

退職金課税について触れてはいるが、「サラリーマン増税」と呼ばれるような取り上げ方はしていない。

誰がどのような形で負担するのか

子ども予算や防衛費など、新たな財政需要が生じているだけに、それをいっさいの増税なしに、後代に負担を付け回す形で財源を確保するわけにはいかない。そうした雰囲気を世論は感じ取っているせいか、「税制の見直し」というと直ちに「増税」と想起しがちではある。

増税を避けたいなら、国民にとって優先度の低い歳出を削るしかない。しかし、削減対象となる歳出が多くは見つからないなら、何らかの増税は甘受せざるをえない。

そうなった場合は、どの税目でどの程度、どの国民に負担増を求めるかを決めざるをえない。それは、行政サービスの便益を受けた国民を中心に負担増を求めるか、負担能力のある国民を中心に負担増を求めるか、が問われる。

いっさいの増税を避けていては財源が確保できないのなら、今後問われるのは、増税か減税かのどちらか、という選択ではなく、どの税の増税ならまだ甘受できるか、という選択である。

(土居 丈朗 : 慶應義塾大学 経済学部教授)