成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地(写真:筆者撮影)

中国で空前のパンダブームが起きている。上野動物園のシャンシャンなど海外で生まれたパンダの返還ラッシュで関心が高まっていることに加え、国内で生まれ育った「花花」の愛称で知られる和花がスーパーアイドル並みの人気を集め、パンダのいる動物園に観光客が詰めかけるようになった。

花花やアドベンチャーワールド(和歌山県白浜町)から返還された親子パンダ「 永明(エイメイ) 」「 桜浜(オウヒン) 」「 桃浜(トウヒン) 」が暮らす四川省の成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地(以下パンダ基地)を7月上旬に訪ねると、筆者が11年前に訪問したときからは想像もできないほど混雑していた。

いまや日本でもパンダブームで、成都まで見にいきたいと考える人もいるだろう。実際の現地の様子をレポートする。

なおパンダ基地の案内図もHPにあるので併せて参考にしてほしい。

「人が多すぎるからやめたほうがいい」との声

筆者は、中国人にしょっちゅう「何で日本人ってそんなにパンダが好きなの?」と聞かれてきた。中国でもパンダは人気の動物だが、日本ほどではない。

筆者は2012年夏に成都のパンダ基地を訪れたことがある。そのときは、当日思い立って行ったが、チケット売り場に並ぶこともなく、ゆっくり見て回れた。

そのため、今月初めに「成都のパンダ基地に行こうと思っている」と中国人の友人に話したところ「人が多すぎるからやめといたほうがいいよ」と一斉に反対されたのがむしろ意外に感じた。

中国ではゼロコロナ政策が解除されたのもあり、今年の春以降はパンダ基地は身動きが取れないほど混雑していて、夏休みに入った7月は拍車がかかっているという。

しかしすでに成都に来てしまったし、行かないわけにはいかない。成都の基地は野生に近い環境でパンダを展示しており、屋外で木登りをしたり活発に動く様子を見られるのが特徴だが、暑さに弱いパンダは気温が上がると冷房の効いた園舎に入り、しかも昼は寝てしまう。実は前回の訪問時は午後に到着したため、園舎で寝ているパンダをガラス越しに見ただけだった。今回は混雑を回避しつつ動き回るパンダを見るために、午前8時に基地に到着した。

ちなみに花花フィーバーに沸く成都のパンダ基地は、今年4月下旬に入場制限と事前予約制を導入した。中国のメッセージアプリWeChatから同基地の公式アカウントにアクセスし、行きたい日のチケットを予約してモバイル決済「WeChat Pay」で入場料を支払うと電子チケットが発券される。

入場ゲートのチケット販売窓口は撤去されており、WeChat Payでチケットを事前に買っておかないと入場できない。事情を知らない外国人が入れない事態が続出しているので、くれぐれも注意してほしい。

地下鉄の「パンダ大通り駅」で降りてシャトルバスに乗り換えてパンダ基地に向かう。基地に到着してから、入園ゲートを通るまでに30分ほど並んだ。その後も行列地獄が繰り返されることを知らなかった筆者は、この時に「思ったより短かったな」と安堵してしまった。

パスポートがないと入れない

入場ゲートでは、身分証明書を読み取り機にかざして入園する。パスポートを出すと、ゲート脇の係員に「あなたは違う。専用の入り口に並びなおして」と押し返された。自動ゲートはパスポートを読み取れないらしい。

とはいえここまで30分並んで、振り出しに戻るのは受け入れられない。隣のゲートの女性係員に、「パスポートの人はどうすればいいの? 別のスタッフに並びなおせと言われたけど、ここまで来たのにひどいでしょう」と訴えると、彼女が中にいる若い男性に「この人外国人!」と指さし、筆者を前に押し出した。

若い男性はボランティアのたすきをかけており、私のパスポート番号をメモして、「特別な事情のある入場者」として通してくれた。ということで、パンダ基地に行く人は絶対にパスポートを忘れないでほしい。ここに限らず、ほとんどの観光スポットは身分証明書がないと入れなくなっている。

基地に向かうシャトルバスでは、男性ガイドが「見どころ」を教えてくれた。「まっすぐ進むとパンダの幼稚園があって、花花はここにいる」「太陽産室には赤ちゃんパンダがいる」などなど。乗客は熱心にスマホにメモをとり、入場したらそこを目指す。

筆者も彼の言葉どおりまっすぐ幼稚園に向かったが、すでに1時間並ぶ列ができており、赤ちゃんパンダがいる太陽産室に行くことにした。

太陽産室も相当並んでおり、日本の花火大会のようにぎゅうぎゅう詰めになって、少しずつ前進する。そして、屋外で遊んでいるはずのパンダがいない。


太陽産室の赤ちゃんパンダの撮影を試みる人々(写真:筆者撮影)

近くにいた親子連れが、「夏休みの作文のために連れて来たのに、パンダはどこにいるんだ」と文句を言っていた。しばらくすると、拡声器を手にした係員が立っていた。「気温が26度を超えたので、パンダは室内に入りました。皆さんは園舎に向かってください」

パンダのいない屋外展示スペースを横目にのろのろと進み、赤ちゃんパンダのいる園舎にたどりついたのは午前9時40分。パンダ基地に来て最初のパンダを見るまでに1時間半以上かかってしまった。

まるでアイドルの握手会のよう

園舎に入ると数人の係員が「1分で写真を撮って出ろ」と怒鳴っている。立ち止まっていると、「そこ、止まるな」と怒られる。まるでアイドルの握手会のようだった。


赤ちゃんパンダ(写真:筆者撮影)

赤ちゃんパンダの園舎を出たら、アイスが売っていた。ほかの人たちにならって、ケースからアイスを取ろうとしたら、「先にお金払って」とケースに貼っているQRコードを指された。WeChat Payでお金を払って決済完了画面を見せてから、アイスを取り出した。現金は受け付けていない。


モバイル決済で購入したパンダアイス(写真:筆者撮影)

前回の反省を生かし8時に到着したのに、想像以上の混雑で今回も外で遊んでいるパンダを見ることはかなわなかった。そのまま大人パンダのいるエリアに向かう。ここも並んだが、子パンダほどではなかった。

3〜4頭見て体力を回復し、11時前に再び花花のいる幼稚園エリアに向かった。1時間ほど並んで園舎に近づいたとき、筆者の後ろにいた女性が係員に「花花はいる?」と聞いた。

係員は「花花はもう寝たよ。見られないよ」と答え、あちこちで悲鳴のようなため息が漏れた。実際、園舎では4頭のパンダすべてが寝ていた。どれが花花なのか、あるいは花花がいたのかさえわからなかった。

園舎を出たら、さらに列が伸びていた。係員は観光客に「2時間並ぶからここはやめたほうがいいよ」「花花の今日の仕事は終わったよ。並ぶのは時間のむだだ」と呼びかけていた。

この混雑の要因の1つはツアー客だった。添乗員の旗があちこちにはためき、社会科見学らしい中学生から、四川省ツアーのついでに寄ったらしいミドル・シニア層までいる。四川省には九塞溝や峨眉山など中国を代表する観光資源が多くあり、いずれも成都市が起点になる。ブームになっているパンダもツアーに必ず組み込まれるのだろう。


夏休みで混雑に拍車がかかる(写真:筆者撮影)

寝ているパンダを起こそうと、子どもが園舎のガラスを叩いていた。日本から2月に返還されたパンダたちは今も公開されていないが、それもわかる気がした。繊細な個体だとこの環境はなかなか厳しい。

列が進まないことに腹を立て、係員に罵声を浴びせる客もいた。係員は拡声器で「文句があるならこのまま帰るか、もっと上の機関にクレームしなさい。われわれに怒っても労力の無駄だ。システムを改善しないとどうしようもない」と応戦している。とても説得力がある。

劇場などがある新エリアも

気温は37度、疲労困憊で歩いていると、以前来たときはなかった新エリア「無限山丘区」への入り口があった。「こちらは比較的空いています」との掲示板もある。そのまま進むと、このエリアにはツアー客がおらず、人も3分の1くらいだった。

園舎の前はやはり人だかりだが、列に並ぶまでではない。1時間ほど歩き回って数頭のパンダを見ることができた。このエリアは、将来的にはパンダ基地の中心部になるようで、「劇場」やフードコート、土産物屋、郵便局があった。

地図を見ると、ここは広大な園区の真ん中にあたり、最初に入った「南門」と反対側にある「西門」もそう遠くない。パンダ基地の公式サイトには「現在、成都パンダ基地の新エリアはまだプレオープン段階にあり、見所が少ないため、旧エリア(南大門)からの入園をお勧めします」とあるし、西門へはほとんどアナウンスされていない未知のルートだが、あの人混みには戻りたくないので、西門を目指すことにした。

「無限山丘区」を出て同じく新エリアの「冒険渓谷区」に入ると、さらに人は少なくなる。というか、人に会わなくなる。パンダ基地にいるという感覚もなくなる。誰もいない道を10分少々歩くと、再びパンダが過ごす園舎区域があった。

この辺りまで来ると、筆者のように炎天下をふらふら5〜6時間歩き回ってたどり着いた暇人か、混雑を避けるために知られていない西門から入って来た人しかいない。そしてパンダの数は、あの混雑していたエリアと変わらない。コスパが違いすぎる。

西門の入場ゲートはがらがらだった。筆者が出たのは午後3時だったが、朝入っても、大して並ぶことはないだろう。西門周辺はショッピング・飲食エリアになっており、新しい建物が並んでいるが、営業している店はごくわずか。文字通り「プレオープン」のようだ。

西門を出たら、最寄りの地下鉄駅「軍区総医院駅」へのシャトルバスも出ている。バスの停留所から地下鉄駅までは300メートル弱あるが、ほかの乗客と同じ方向に歩けば迷うこともないだろう。

結論として、中国の友人が声をそろえて「行かないほうがいいよ」と言ったのは納得だった。パンダというより、人を見に行ったようなものだ。11年前のゆったりとした状況を知っているだけに、「何でこんなにパンダが人気になっているの」と驚かざるをえない。

そして前回来た時よりもエリアが倍に広がっているにもかかわらず、なぜかパンダ基地がそのことを積極的にアナウンスしていないため、増えた人が皆旧エリアに押し込められている。導線の解消も必須だ。

これから成都のパンダ基地に行く人は、西門から入ることも検討したほうがいい。花花、赤ちゃんパンダがいるエリアからは遠くなるが、南門から行っても混雑でほとんど見られないのは同じだ。

パンダ基地は成都以外にも3カ所ある

また、四川省のパンダ基地は成都以外にも3カ所あるので、そちらに行くほうが満足度が高いかもしれない。都江堰市の基地は成都市内から高速鉄道で30分もかからず、同市には世界遺産が複数あって観光客が分散するため、パンダ基地はそんなに混んでいない。


雅安の基地のパンダ(写真:筆者撮影)

シャンシャンがいる雅安市の基地も、地元の旅行サイトに「人がほとんどいない」と書かれるほどすいている。昨今のパンダブームでまあまあにぎわっているが、筆者が7月に訪問したときはゲートで並ぶことはなかった。

最後に、ここに行くならWeChat Payとモバイル決済アプリの「アリペイ」を忘れずにインストールしてほしい。ほかの施設に漏れずほぼキャッシュレスとなっており、飲み物やアイスの自販機はこの2つの決済でしか買えないものが多かった。

(浦上 早苗 : 経済ジャーナリスト)