増えている性感染症の1つ、梅毒。感染しない・させないルールとは?(写真:miyamiya/PIXTA)

減少傾向にあった梅毒の感染ペースが加速している。これまで東京都や大阪府、神奈川県などの都市部で感染者が集中していたが、最近は地方での増加が目を引く。特に北海道は顕著で、5年で5倍以上増えている。
今、梅毒が増えている理由は何か、梅毒への感染を防ぐ方法はあるのか。長年、性感染症の臨床にたずさわり、東京都の梅毒患者の約1割が受診するというプライベートケアクリニック東京の泌尿器科医、尾上泰彦医師に聞いた。

小さな傷から入り込み全身へ

梅毒とは「梅毒トレポネーマ」という細菌がもたらす全身性の慢性感染症のこと。皮膚や粘膜の小さな傷から入り込むと血液を介して全身に広がり、さまざまな症状を引き起こす。


梅毒トレポネーマの電子顕微鏡像(写真:国立感染症研究所提供)

1950年頃には日本には22万人もの患者がいたという梅毒。治療薬である抗菌薬のペニシリンが普及したことにより、一気に減少した。

増加が始まったのは、2011年頃。2018年には7000人近くの症例が報告された。2019〜2020年にかけていったん減少したが、2021年になってから増加に転じた。

国立感染症研究所が毎週発表している「感染症発生動向調査週報(IDWR)速報データ」の最新の情報をみると、2023年25週(6月19〜25日)の累積報告数が7124人、その前の週が6762人となっている。


国立感染症研究所感染症疫学センターより

年代別で見ると、女性は20〜24歳、男性は30〜50代に多く、地域では、これまで東京都や大阪府、神奈川県などの都市部に感染者が集中していたが、最近は地方での増加が目を引く。特に北海道は顕著で、5年で5倍以上増えている。

感染症法で梅毒は5類感染症に属し、医師は梅毒患者を診たら都道府県知事に7日以内に届け出る義務がある。しかし「多忙な臨床医が必ず届け出ているかは疑問で、発表されている数値は氷山の一角と考えられます」と尾上医師は指摘する。

増えている背景にあるもの

では、なぜ今これほどまで梅毒が増えているのか。その背景の一因となっているのが、性風俗の広がりだと考えられている。

国立感染症研究所は、「国内の梅毒症例には、性風俗産業の従事歴、利用歴のある症例が一定数報告されている」と報告。世界的にみても、女性の性風俗産業従事者は、梅毒に感染するリスクが高いことが指摘されていて、日本でも同様の傾向がある。尾上医師によると、「梅毒にかかった女性が男性にうつし、その男性が別の女性にうつすという感染状況が起こっている」という。

さらに「マッチングアプリの普及」の影響も大きいとも。尾上医師は「あくまでも想像になりますが」と断ったうえでこう話す。

「コロナ不況で収入が不安定になった女性、孤立した女性がこうしたアプリを使って異性と関係を持つケースが増え、それが梅毒の広がりにつながっているのではないでしょうか。実際に当院でもマチッングアプリ利用の患者さんが増えています」

尾上医師によると、性風俗を仕事とする女性の多くは性感染症対策をしっかりと行っているだけでなく、定期的に血液検査をするなど、何か心当たりがあったらすぐに医療機関を受診しているという。

「一方で、アプリを介して出会いを求めた女性の多くは、性感染症の知識が乏しく、診療を受けられる医療機関がどこにあるかもわかっていません。調べてわかったとしても、“親に知られる”“お金がかかる”といった理由から病気を放置してしまう。それが感染を広めている一因になっていると考えています」

そもそも、梅毒には“感染を広げやすい要素”がある。自覚症状がほとんどないうえ、症状が多様すぎるため、本人が気づきにくく、医師も見慣れていないと正しく診断しにくいからだ。また性感染症ではあるものの、粘膜や皮膚から感染するため、キスや傷口を舐めた程度でも、相手が感染者であれば感染するおそれがある。

ここで改めて梅毒の症状と治療法について、確認しておきたい。

まず、梅毒に感染すると、潜伏期間(3〜90日)を経て症状が表れる。典型的な症状は、性器周辺にできる小さなしこりと、足の付け根にあるリンパ節の腫れだ。痛くもかゆくもないので放置してしまいがちだが、そういった症状に気付いたら、3週間ぐらい前に性的接触がなかったかを振り返ったほうがいいだろう。

心当たりがあれば、医療機関の受診を。受診先は泌尿器科や皮膚科、婦人科で、性感染症専門医のいる医療機関が望ましい。

医療機関では、問診や診察、血液検査などが行われた後、薬(後述)が処方される。治療費には健康保険が適用され、薬代込みで5000円前後。一方、プライベートケアクリニック東京のように自由診療を行っているクリニックもある(同院では治療費は3万円前後になる)。

「梅毒を疑って速やかに検査をすることは、自分のためであり、周囲に感染させないためでもあります。最近は精度の高い郵送検査もあります。受診しにくい場合は、そういうものも活用してみたらいかがでしょうか」(尾上医師)

では、そのまま放置するとどうなるのか。実は、梅毒のしこりやリンパ節の腫れは、時間が経つと消えてしまうのが大きな特徴だ。しかし、これは治ったわけではなく、病気は水面下で少しずつ進行していく。

「3カ月ぐらい経つと再発して、口や手のひら、足のうらなど全身に、重症化した皮膚症状が表れます。そうなった場合は治療が難渋化します」(尾上医師)

もしそれが妊娠中であれば、死産・早産のリスクが高まるうえ、治療しなければ胎児の脳や脊髄、心臓、血管にダメージが及ぶ。WHO(世界保健機関)の報告では、梅毒感染した妊婦の死産・早産は世界で毎年30万人、未熟児、先天性の疾患を持つ子の出産は21万人だという。

早期診断・早期治療が重要

梅毒はしっかり治療すれば治る病気だ。感染がわかった場合、抗菌薬のペニシリンによる薬物治療を行う。ペニシリンアレルギーを持つ人や、妊婦などでペニシリンが使えない人は、別の抗菌薬が処方される。

治療期間は症状の進行にもよるが、感染初期の第1期(感染から3週間後)では2〜4週間、第2期(3カ月後)では4〜8週間、第3期以降(3年〜10年以上)では8〜12週間の服薬が必要になる。

2022年1月には、初期の梅毒に対してステルイズ(ベンジルペニシリンベンザチン水和物)という注射薬が健康保険で認められた。1回の筋肉注射で済み、抗菌薬の長期的な服用がいらないのが利点だ。

最後に、梅毒から自分や大切な人を守るにはどうすればいいのか。尾上医師への取材をまとめた。


「梅毒をはじめとする性感染症は交通事故と同じ。不用意であれば何回でも問題を起こします。再感染を防いで身を守るのはご自身の意識です」


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と尾上医師。最近は、結婚前の女性が妊娠・出産に影響のある疾患の有無を調べる「ブライダルチェック」や、新しいパートナーができたときに行う「節目検診」のため、医療機関を訪れる人が増えているそうで、それについては評価している。

自分だけではなく、パートナーや家族を守るために、感染を疑ったらすぐ検査を受け、陽性なら治療を受けること。そして何より安全・安心なセックスをするためには、コンドームを最初から最後まで、忘れずに使用することだ。

(取材・文/熊本 美加)


性感染症専門医療機関「プライベートケアクリニック東京」名誉院長
尾上泰彦医師

1969年、日本大学医学部卒。日本性感染症学会の功労会員を務め、厚生労働省のHIV研究に協力するなど、わが国における性感染症予防・治療を牽引。(財)性の健康医学財団(代議員)を務めた。著書に『アトラスでみる 外陰部疾患 プライベートパーツの診かた』(学研メディカル秀潤社)、『性感染症 プライベートゾ−ンの怖い医学』(角川新書)。

(東洋経済オンライン医療取材チーム : 記者・ライター)