人間の家庭教師よりも、ChatGPTのほうが優れている!?(写真:metamorworks/PIXTA)

ChatGPTは、理解しにくい問題に対して、個別に丁寧に指導してくれる。これまで家庭教師を雇うことができなかった家庭の子供たちも、親切な家庭教師に教えてもらうのと同じことになる。その効果は非常に大きい。また、同様のサービスを社会人の学習にも利用することができる。

昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第98回。

ChatGPTが家庭教師の役割を果たす

ChatGPTなどの生成系AIは、子供たちの学習で家庭教師の役割を果たすことができる。例えば、小学生が「78 ÷ 8はいくらで、余りはいくらか?」という問題にどのように取り組めばよいのか、という疑問に直面したとしよう。

大人であればこの問題を解くことはできるが、小学生に対してなぜその解法が正しいのかを説明するのは戸惑うだろう。しかし、これをChatGPTに問うと、非常に丁寧な答えが返ってくる(実際に試していただければ、すぐにわかる)。

こうした問題につまずいてそれ以降進むことができなくなり、数学が嫌いになってしまった子供たちは、多いだろう。わからなくても、学校の先生に個別に質問することができない。裕福な家庭の子供なら家庭教師に質問することができるが、貧しい家庭の子供たちはできない。そうした子供たちにとって、救いの神が現れたことになる。

ウェブを探せばこうした説明はどこかに存在するかもしれないが、それを見つけ出すのは容易でない。それに対して、ChatGPTは、質問に対して直接的に答えてくれる。

教育関連のオンライン雑誌Intelligent.comが6月8日に公表した調査結果は衝撃的だ(アメリカ人801人に対するLINE上での5月の調査結果)。

それによれば、高校および大学生の85%、学齢期の子を持つ親の96%が、「人間の家庭教師よりChatGPTのほうが優れている」と回答した。すでに完全にChatGPTに切り替えた高校生・大学生は、回答者の39%だ。親は30%に上る。切り替えによって成績が向上したと回答した割合は95%だった。

切り替えた科目では、数学が最も多く、外国語やハードサイエンス(化学や生物学)が続く。無料でいつでも利用できるという点は、確かに圧倒的な競争力といえるだろう。

勉強といえば学校で行うものというのが多くの人の考え方だが、昔からそうであったわけではない。ヨーロッパの伝統的な社会では、貴族社会における教育は学校ではなく、個別のチューターによって行われていた。

チューター制度は、イギリスのオックスフォードやケンブリッジなどの大学に引き継がれている。学生は、わからないことをチューターに相談する。理解度は個人によって異なるため、個別の指導が好ましいことは間違いない。また、アメリカの大学院ではTA(教員助手)という制度が広く展開されている。

チューター制度の問題点はコストがかかることだが、ChatGPTがそれを解決した。

学校を置き換えるのではなく、家庭教師を置き換える

学校は、単に知識を学ぶだけでなく、集団生活を経験し、友人を作るために極めて重要な役割を果たしている。したがって、現代社会において、学校がまったくなくなってしまうようなことは考えられない。

しかし、知識習得の相当部分が、ChatGPTによるチューターによって置き換えられる事態は、十分にあり得ることだ。

つまり、ChatGPTは教育過程そのものを置き換えるのではなく、それを補完するものとして存在し得る。これまでの学校教育の良さはそのままにし、これまでチューターが行っていた家庭教師の役割を果たし得るのではないだろうか。

あるいは、これまでチューターが利用できなかった人に対して、チューターの役割を果たすことがあるだろう。社会人の場合には、こうしたケースが多いだろう。

ChatGPTによる学習の最も大きな特徴は柔軟性だ。いつでも学習を行うことができる。朝早くでも、真夜中であっても構わない。また、学習内容を自由に変更することも可能だ。理解できないことがあれば、質問の仕方を変えて理解するまで説明を求めることができる。数学や統計学などのハードサイエンスにおいては、このような学習が可能であることは大きな利点だ。

貧困のために進学できない子供たちは、開発途上国には依然として多い。これらの子供たちが自ら独学によって学ぶ可能性が広がることは、非常に重要な意味をもつだろう。

先進国でも丁寧な教育サービスを受けることのできぬ子供たちが多数存在している。これまでは裕福な家庭の子供たちのみが利用できた個別指導が、貧しい家庭の子供たちにも無償で利用できるのは、極めて重要な変化だ。

こうしたサービスが利用可能となり、貧富の差が縮小することが期待される。

「ChatGPTを家庭教師として用いるのは、必ずしも学齢期の学生に限られたことではない。ChatGPTは、社会人の勉強においても、家庭教師の役割を担っていくだろう。外国語やプログラミングの勉強には、すぐにでも使うことができる。

回答が正確になれば、試験制度にも影響

ただし、現在のChatGPTでは、幻覚(ハルシネーション)による誤りがある。そのため、ChatGPTの回答を完全に信頼するわけにはいかない。しかし、将来は技術の進歩によって正確性が増すだろう。

現在でも、特定のデータベースにAPI接続し、正確な回答のみを得ることが可能だ。すでに、GPT-4を統合した学習支援サービスが登場している。例えば、語学学習アプリのDuolingoや、教育プラットフォームのKhan Academy、さらにはLINEのAI先生【体験版】など。東洋大学は、5月9日にAI利用教育システム「AI-MOP」の開発・導入を発表した。

近い将来に、さまざまな学習用アプリが登場すると予想される。特に、入学試験や資格試験のためのアプリが増えるだろう。

小学生の勉強や社会人の学習などといった広い区分けでなく、資格試験に特化した学習アプリが数多く登場するだろう。また、学校の受験に関しても、各大学や中学校に特化したアプリが現れることが予想される。

これによって、学習塾や予備校、社会人向けの教育講座などは大きな影響を受けるだろう。そうしたサービスを提供してきた個人や機関にとっては、存亡にかかわる問題となる。家庭教師は、多くの学生にとって重要な収入源であり、それがChatGPTによって代替されてしまうことは、深刻な課題となる。

それだけではない。資格試験そのものの必要性も再考されるだろう。ChatGPTに聞けば容易にわかることなら、誰でもできるわけであり、資格を持つ人だけができるということではなくなるからだ。

さらに、学校の入学試験や就職試験も、根本的な変革を迫られるだろう。実際、学生の就職活動において重要な役割を果たすエントリーシートを30秒で作成するサービスが登場し、企業は選考方法を変えざるを得ないだろうとされている(朝日新聞6月26日)。


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(野口 悠紀雄 : 一橋大学名誉教授)