6月16日に渋谷東映プラザ内に移転した「Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下」の7Fスクリーン(Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下)

2023年1月31日に営業を終了した東急百貨店本店跡地の再開発計画「Shibuya Upper West Project」に伴い、ミニシアター「Bunkamuraル・シネマ」が渋谷駅前に移転。6月16日より「Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下」として営業している。

そして7月7日からは「Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下」で、Bunkamura初の配給作品となるオーストリア・ドイツ合作映画『大いなる自由』が公開されている。同作は戦後ドイツ、男性同性愛を禁ずる刑法175条のもと、愛する自由を求め続けた男の20余年にもわたる物語だ。

そこで今回は株式会社東急文化村の美術・映像事業部 シネマ運営部の野口由紀氏、浅倉奏氏、中村由紀子氏に新たにスタートした「Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下」への思い、そして『大いなる自由』がBunkamura初配給となった経緯などを聞いた。


――6月16日の「Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下」オープンから半月以上が過ぎましたが、反響はいかがですか?

浅倉:ありがたいことに本当にいい反響をいただいています。「駅前でにぎやかな場所だけど、エレベーターが開いたら別世界で、それがすごくよかった」という感想とか。スクリーンが大きくて観やすいという意見もいただきました。


ロビーの内装は、国内外でさまざまな建築プロジェクトを手がけてきた建築家、中山英之氏が率いる中山英之建築設計事務所が担当(Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下)

あとは(Bunkamuraの一部施設を除く休館に伴いいったん営業を終了したカフェ、ドゥ マゴ パリの新しい形としてオープンした)「ドゥ マゴ パリ プチカフェ」というスタンドカフェも好評で。


Bunkamuraで営業していたカフェ「ドゥマゴ」の名物として知られる「タルトタタン」をプチサイズにリニューアルして提供(Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下)

オープン当初から皆さん並んで買ってくださっています。

若い客層にも見てもらえる作品を選ぶ

――「ル・シネマ」というとフランス映画をはじめとした洋画作品を上映する、大人の女性をターゲットにした映画館という印象が強いのですが。

野口:Bunkamuraが複合文化施設であり、グランドオープン作品が『カミーユ・クローデル』だったということ、Bunkamura自体が、ジャン=ミシェル・ヴィルモットというフランスの建築家が設計していることもあります。

そして館名も「ル・シネマ」ということもあって、そうしたイメージが強いんだと思いますが、実は移転前から、客層は作品によって違ってきていて。従来のお客さまだけでなく、若いお客さまにもアピールできるような作品も意識的に選んでいたんです。

例えば「ヴィム・ヴェンダース特集」だと男性ファンが多く、ル・シネマ初の邦画作品となった濱口竜介監督の『偶然と想像』では、普段邦画しか観ないというお客さまもいらっしゃいましたし、逆にル・シネマによくいらしてくださるお客さまが、濱口監督に触れる機会にもなりました。

それからインド映画の『RRR』をムーブオーバーで上映させていただいたときも、そこに意外性を感じていただいた方もいらっしゃいました。


株式会社東急文化村の美術・映像事業部 シネマ運営部の野口由紀氏(左)、浅倉奏氏(右)(写真:筆者撮影)

――新しくオープンした「ル・シネマ 渋谷宮下」は、どういったコンセプトで作品を上映していくのでしょうか?

野口:やはり閑静な松濤と、人通りの多い駅前だと雰囲気も違ってきます。それとキャパシティも移転前が150席と126席だったところが、移転後は268席と187席に。両方合わせると1.7倍くらいになるので、キャパシティの違いもあります。

はじめて複合文化施設を飛び出すことになるので、違ったことにもチャレンジしていきたいなと思っています。

旅に出るつもりでチャレンジする

浅倉:当初は移転することに不安がなかった、といえば嘘になりますが、今はせっかくだから旅に出るつもりで。4年後の2027年度中に再開する予定の新しい「ル・シネマ」に向けて新たな光を取り入れましょうということをみんなで話し合った記憶があります。

もちろんこれまで来ていただいたお客さまとしっかりと向き合いつつも、今までル・シネマを知らなかったお客さまを開拓していくという、ハイブリッドなスタイルでやっていけたらと思っております。

野口:7階の大きいキャパシティのスクリーンでは4K上映と、35ミリフィルムでの上映が可能となっています。近年は旧作上映というのがお客さまの人気が高いので、そうした上映も行いながらも、きちんと新作も紹介していけたらと思っています。

――7月7日からは『大いなる自由』が上映されます。これはBunkamura初の自社配給作品となるそうですが。

野口:今までも『ファースト・ポジション 夢に向かって踊れ!』『ディオールと私』など配給会社さんが買った作品を共同出資で提供させていただいたことはあったのですが、自分たちで買い付けて、全国配給するというのは初となります。

――『大いなる自由』は、男性同性愛を禁ずる刑法175条が戦後ドイツで施行されていたということが描かれており、こんな事実があったのかと驚かされるような内容でしたが、どういった経緯でこの作品の配給を行うことになったのでしょうか?

野口: 2021年のカンヌ映画祭自体は開催されていたのですが、(コロナ禍のため渡仏するのは)まだ早いかなというところで、スタッフ4人でバーチャルで参加し、そこで出会ったのが『大いなる自由』でした。


2021年カンヌ国際映画祭ある視点部⾨審査員賞を受賞した『大いなる自由』がBunkamuraの初配給作品となる(©2021FreibeuterFilm•Rohfilm Productions)

以前、ル・シネマで『希望の灯り』という(本作主演の)フランツ・ロゴフスキの作品をやっていたこともあり。いい作品だなと心に残り続けていたのですが、そのときはなかなかこの作品を買う配給さんがいなかった。

それが去年の7月にレインボー・リール東京〜東京国際レズビアン&ゲイ映画祭〜で上映されることになり。それで今度は字幕がついた状況であらためてスクリーンで観たのですが、やはりいい作品だなと思ったんです。

Twitterでの反応もよかった

それでお客さまの反応をTwitterで調べたところ、それもよかったんです。新しい映画館をつくるというときに、オープニングこそ旧作(「マギー・チャン レトロスペクティブ」「ミュージカル映画特集 『ミュージカルが好きだから』」)でスタートしましたが、やはり新作もやりたい。あとは独自性というか、わたしたちが選んだ作品を出したいということもあり、この作品がいいのではということで、権利元と相談しました。

ヨーロッパの権利元も、Bunkamuraのことを知っていてくれていて。Bunkamuraの初配給作品だったら大切に上映してくれそうだということで、作品を預けてくれたという感じです。

中村:ちょうどその前、コロナがピークだった時期に浅倉の発案で配信(ル・シネマのセカンドラインとしてオープンしたオンライン映画館「APARTMENT by Bunkamura LE CINÉMA」)を始めていたんです。コロナになった直後に会社から新しいことをやってみたらと言われたこともありまして。自分たちで動き出して、配給を始めたというのも、そういう前段階があったからだとも思います。

野口:ただ大変だけどできないことではないというか、わたしはもともと配給会社で映画の買い付けをやっていた経験があるので。ブランクがあるけれども、契約ってこうだったよなというのはありましたし。浅倉は浅倉で「APARTMENT」で字幕制作を経験していました。

もちろん配給会社さんと一緒にやっていくというのが基本ではありますが、時には自分たちが本当に見てほしい映画を打ち出してもいいんじゃないか、と覚悟して決めました。

――ただ実際の作業はかなり大変だったのでは?

野口:特に今回は劇場を移転しなきゃいけないというのと、オープニングで特集を2つ組んでいるのと、そして『大いなる自由』の配給とで、われわれもかなり限界を超えていましたけど、でもやっぱりいい映画だから。大変でもやってよかったと思っていますね。

浅倉:やはりそう思わせる作品だったというのが大きくて。時代的には昔の話であっても、今作られる意味はあるし、今見られる意味がある。これが見過ごされないようにしなければ、というのが原動力になりました。

野口:今回、やろうと思えば、自分たちが届けたい映画を届けられるという、いい試金石になったので。今はとりあえず『大いなる自由』をきちんと形にしたいなと思っています。

浅倉:やはりプログラミングプロデューサーの中村がこれまで積み上げてきたものもありますし、われわれの劇場で一緒に映画を観てきてくださったお客さまが待っていてくれる、きっとわかってくださるという、お客さまへの信頼があるからやれている感じがします。

中村:信頼関係。劇場はやっぱりそこがいちばん重要だと思います。

毎日何も上映されないスクリーンを眺めていた

浅倉:休館したのが4月でしたが、この2カ月間、何にも上映されない空のスクリーンを毎日見ていて。やはりお客さまがいないと、われわれは何もできないと改めて思いました。


オープニングからの主なラインナップ(Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下)

野口:たとえばオンライン映画館も当初は若い方に向けて始めたところはあるんですが、新たな発見もあって。以前はル・シネマの映画を観るのが好きだったという方が、足が悪くなって、外出ができなくなったという時に、また観られるようになってうれしい、というお言葉をいただいて。

これからもいい意味での裏切りはありつつも、お客さまを裏切ってはいけないなと、パンデミック、そして渋谷宮下のオープンを経て思いました。

(壬生 智裕 : 映画ライター)