大谷選手をめぐる報道はヒートアップする一方……と思いきや、実はテレビとネットでは、その報じ方に大きな温度差があります(写真:共同通信)

MLB・アメリカンリーグ6月の月間MVPと前週の週間MVPをダブル受賞、11日(日本時間12日)開催のオールスター戦に3年連続選出など、今週もエンゼルス・大谷翔平選手の活躍は凄まじいものがありました。また、5日には29歳の誕生日を迎えたことで、ネット上には祝福の声が飛び交うなど、相変わらずの盛り上がりを見せています。

あまりの活躍ぶりに気の早いメディアが「今年のMVP確実」「三冠王の可能性も」などと声をあげるなど、大谷選手をめぐる報道はヒートアップする一方……と思いきや、実はテレビとネットでは、その報じ方に大きな温度差があります。その差とはどんなものであり、なぜそういう状況になのでしょうか。

「ZIP!」“8時またぎ”は大谷選手

まずテレビでは、朝から深夜までの全時間帯で放送される報道・情報番組、ワイドショー、スポーツ番組で大谷選手のニュースをピックアップ。単に試合の速報に留まらず、プレーの分析、現地リポート、関係者との秘話、次戦のレビューなど、さまざまな角度から特集しています。

たとえば、日本テレビなら平日は「Oha!4 NEWS LIVE」「ZIP!」「DayDay.」「情報ライブ ミヤネ屋」「news every.」「news zero」、土日は「ズームイン!!サタデー」「news every.サタデー」「シューイチ」「Going! Sports & News」など。TBSなら平日は「THE TIME,」「ひるおび!」「ゴゴスマ〜GOGO!Smile!〜」「Nスタ」「NEWS23」、土日は「情報7daysニュースキャスター」「S☆1」「サンデーモーニング」「サンデー・ジャポン」「アッコにおまかせ!」「Nスタ」などが大谷選手のニュースを手厚く扱っています。

特筆すべきは、大半の番組が最も重要なところで大谷選手のニュースを放送していること。主に番組のスタートにトップニュースとして、あるいは、ライバルの裏番組が始まるタイミングで大谷選手のニュースを扱うことで視聴者を引きつけようとしています。

なかでも象徴的なのは、今春に1時間拡大されて9時までの放送になった「ZIP!」。高視聴率を獲得し続ける朝ドラのほか、「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日系)、「ラヴィット!」(TBS系)、「めざまし8」(フジテレビ系)が一斉スタートする“8時ちょうど”のタイミングで大谷選手のニュースを放送しています。

また、その「ZIP!」のような2時間以上放送される番組では、ある程度時間を空けながら複数回扱うのは当たり前。さらに「めざましテレビ」(フジテレビ系)では「ソクホウオオタニサン!」、「スーパーJチャンネル」(テレビ朝日系)では「きょうのSHO TIME17」、「Nスタ」(TBS系)では「きょうの大谷さん」などの特別コーナーを設けて視聴者を引きつけようとする番組もあります。

言わばテレビは、「回数は多く、時間もたっぷり、内容も工夫を凝らして」という戦略。「局を挙げて全力で大谷選手のニュースを扱い、視聴率獲得につなげよう」という姿勢がうかがえます。

ネット記事は“ある時間帯”に集中

一方、ネットでも大谷選手のニュースは数こそ多いものの、テレビほど「全力」というムードはなく、業界全体では「クール」という印象すらあります。

基本的に大谷選手のニュースを報じるのはスポーツ系のネットメディアが多く、ベースとなっているのは試合の速報記事。「今日の大谷選手はどんな成績だったのか」を知らせるストレートニュースに近いものを小刻みに速報しているだけに、記事のアップは試合中から試合後の数時間に集中しています。

大谷選手のニュースはアメリカ各地との時差があるため、朝から昼すぎの時間帯に集まりやすく、「数時間で一気に消費される」のが日常。野球選手だから当然なのですが、試合以外のニュースが少ないため、それ以外の時間帯はネット記事で引き付けることは難しいとみなされがちです。

野球関連のニュースで試合の速報以上に「数字を稼げる」と言われているのは、NPBの選手出入りに関する情報。一・二軍の選手入れ替え、育成からの支配下登録やトレード関連、秋に行われるドラフト会議の先取り情報などは、それなりの数字を稼げるものとされ、噂話レベルのものも含めて量産されています。

また、「低迷しているチームの監督や選手への批判記事が数字を稼ぎやすい」のもスポーツ系ネットメディアの共通認識。実際、長年低迷している中日ドラゴンズの記事は他チームのファンからも読まれやすく、「中日の試合をあまり見ていないのに、中日の下げ記事ばかり書いている」と言われるライターもいるくらいです。つまり、ネガティブな内容のほうが書きやすく読まれやすいところがあり、ポジティブな活躍を続ける大谷選手とは真逆なのかもしれません。

ここまで挙げてきたように、「テレビは終日だが、ネットは試合から数時間」「テレビは長い特集も多いが、ネットは短い速報がほとんど」「テレビは全力だが、ネットはクール」などの違いがわかるのではないでしょうか。

祈るように活躍を望むテレビ関係者

このようなテレビとネットの違いを生み出している主な理由は、動画使用に関する権利の問題、さらに、映像と文字の違いによるものでしょう。

実際のところ、「大谷翔平」と検索して表示されるまともな動画は、「MLB」「SPOTVNOW」のYouTubeチャンネルくらいで、時折エンゼルスのツイッターなどにも動画はアップされますが、それほど数は多くありません。大谷選手のニュースを報じているネットメディアの動画はなく、文字で報じているだけです。どんなに大谷選手の活躍が凄くても、動画使用にかかる費用対効果を考えると、ネットでは文字だけで報じるという形になるのでしょう。

その点、映像を見てもらうメディアのテレビは、大谷選手のニュースで視聴率が獲得でき、さまざまな番組で使用できるのなら、放映権が高額でも迷う余地はありません。一方、ネットメディアは、「動画コンテンツに注力してもなかなか見てもらえない」「けっきょく文字で書いた記事のほうを読まれる」というまだまだ文字中心の世界。仮に費用対効果を度外視して考えたとしても、熱心な野球ファン以外の人々にプレー動画をどれだけ見てもらえるかは未知数なのです。

そしてもう1つ、テレビが全力で大谷選手のニュースを扱っている理由として挙げておきたいには、中高年層や主婦層に受けがいいこと。平日の日中や土日の午前に放送される報道・情報番組やワイドショーのメイン視聴者層は中高年層と主婦層であり、ここに好かれる人物であることが重要です。

その点、大谷選手は実力だけでなく、人柄や見た目なども含めて好印象。中高年層には野球を長年見続けてきた人が多いだけにその凄さが伝わりやすく、主婦層の中には息子のように見守る人や爽やかなイケメンアスリートとして見る人もいるようです。

今後も大谷選手はオールスター戦の出場から、チームのプレーオフ進出や個人タイトル獲得に向けて活躍し続けていけるのか。テレビ関係者のほうが、オールスター戦でのMVP獲得、エンゼルスのプレーオフ進出やワールドシリーズ制覇、最多本塁打やサイ・ヤング賞の獲得などを待望しているのは間違いなさそうです。また、裏を返せば「ケガだけはしてほしくない」という気持ちもテレビ関係者のほうが強いのでしょう。

大谷選手の活躍が続く限り、テレビはますますそのニュースに人や金を投資していくでしょうし、ネットはより小刻みな速報記事で対応していくのではないでしょうか。

(木村 隆志 : コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者)