オークションの最高額落札者が損をしてしまう理由とは(写真:Mills/PIXTA)

「実験経済部」それは韓国ソウルの中学に実在する部活動です。

中学生でもわかる、ゲームを使った活動によって世界中の名門大学へ卒業生を送り出し、法曹界や医学界など様々な分野に優秀な人材を輩出しています。2019年には13年以上に渡る活動が韓国政府からも評価され経済教育大賞を受賞しました。

顧問を務めるナ先生ことキム・ヨナン氏の著書『チョコレートパイは、なぜ1個目がいちばんおいしいのか? ――韓国最強「実験経済部」の生徒が学ぶ中学生でもわかる経済の話』より、実験経済部の活動内容を再現、5回にわたってお届けします。

競争で勝ったのに不幸だって?!


ナ先生が、カラフルなクリップが入ったガラスのビンをみんなに見せながら、こう言った。

「このビンにはクリップがどのくらい入っているでしょう?」

「そうだなあ、出して数えてみましょうか?」

とジェジュン。

「いいえ、今日はこれでゲームをします。これから、このガラスのビンを競売にかけます。各自が希望の金額を書いて提示する『入札式』の競売です。ビンに入っているクリップを1つあたり10円として、このビンをいくらで買いたいかを書いてもらいます。いちばん高い額を書いた人が、このビンを買うことができます。落札した人は、自分が書いた金額を私に支払い、私は『実際にビンに入っているクリップの数×10円』分の金額をあげます」とナ先生。


「本物のお金でくれるんですか?」とジェヨン。

「もし、2000円って書いた人が落札して、実際にビンに入ったクリップが70個だったらどうするんですか?」とギョンホ。

「そしたら落札した人は、先生に2000円を払って、先生はその人に700円をあげるということです」とナ先生。

「ってことは、むやみに高い金額を書いたら痛い目にあいますね! クリップがどれくらい入っているか、よく見なくちゃ」とソナが言った。

「クリップを出して数えることはできなくて、外側から眺めることしかできません。みんなじっくり見てから、入札用紙に名前と入札額を書いて、先生に出してください」とナ先生が言った。

みんな前に出てきて、ビンの中のクリップの数を予想しはじめた。しばらくビンを見回してから、本物の入札者のように、慎重に入札額を書き込んだ。

しばらくして、全員の入札用紙を受け取ったナ先生は、教壇を手でトントン叩きながら言った。

「さて、誰に落札されるか確認してみましょうか。ナム・シヒョンさん! シヒョンさんが800円、最高額を書きましたね。ビンはナム・シヒョンさんが落札しました! トントントン!」とナ先生。

「おお! 今回はシヒョンが当せんか! 臨時収入だな」

みんなから羨望の混じったお祝いの言葉がかけられた。

勝者の不幸、いつでも勝者がいいわけじゃない!

「それではクリップがどれだけ入っているか、確認してみましょうか?」

ナ先生がビンを持ち上げて言った。

「ごまかしがあるといけないから、先生が数えますね!」

ギョンホとチャンミンがビンを開けて、教壇の上にクリップをざあっと出した。みんな目を見開きながらクリップが数えられるのを見守った。

「38個!」

ギョンホが叫んだ。

「38個ということは380円ね。では、シヒョンからまず800円をもらってから、380円を渡せばいいわね。シヒョン、お金の準備はできてるわね?」

ナ先生はとぼけたように言いながらシヒョンに手を差し出した。シヒョンは何かだまされたというような納得いかない表情で、財布からお金を取り出した。その瞬間、ナ先生がシヒョンの手を止めて、こう言った。

「だめだめ! 冗談よ、シヒョン。先生が生徒からお金を巻き上げたら大問題だわ」

「もう、先生! それでも約束だから受け取らなくちゃ!」

生徒たちが、お金を受け取るべきだと主張すると、ナ先生が話を続けた。

「『勝者の不幸』というのが、こういうことなんです!」とナ先生。

「勝者の不幸?」

「そうだよね、シヒョンは勝者なのに、いちばん損してる! たしかに勝者の不幸だ!」

ソナとジェヨンが言った。


「そうですね、シヒョンは勝者なのに、クリップを数えてみたら、逆に損してしまいましたね。こういうことが実際にも起こります。以前、一山(イルサン)湖公園にある7坪の小さな売店を1年間経営する権利が競売にかけられたことがありました。結果的に8600万円で落札されたわ」とナ先生。

「本当ですか? 1年間の売り上げがそんなにありそうな場所なんですか?」

全員驚いた表情だった。

「ビンの中からクリップを取り出して数えることができなかったように、湖公園の売店の1年間の売り上げも確実にはわからなかったのよ」とナ先生が言った。

楽観的に高く評価すれば損する確率も高くなる

「どうしてそういうことが起こると思いますか? 外国では、ある土地の石油を試掘する権利を競売にかけることもありますが、その場合も、その土地からどれだけの石油を採掘できるかは誰もわかりません。正確な生産量がわからない状態で、自分なりに価値を推定して入札するんです」とナ先生。


「だとしたら、その土地の実際の価値は、何人かが考える価値の平均になる可能性が高そうですね! でも、その土地の価値を最も高く評価した人が落札するから、勝者の不幸も生まれそうです」

ジェヨンがせっせとメモを取りながら言った。

「ジェヨン、とてもよく理解できてるわね。では、みんながビンを買うために書き出した価値の平均がいくらなのかも、確認してみましょうか?」

ナ先生は1枚ずつ入札用紙を見ながら、黒板に書き出していった。

「200円、500円、100円、800円、300円、200円、400円、平均を出してみると……」


「うわ、ほんとに380円に近い! ジェヨンの言ったとおりですね。実際には、みんなの考えた平均的な価値である可能性が高いけれど、その価値を最も高く評価した人が落札するから、勝者の不幸が起こるわけですね!」

今度はジェジュンが授業の内容をまとめた。

ナ先生が言った。

「うまくまとめてくれましたね。みんなはほしいものの平均価値をきちんと判断して『勝者の不幸』を避けていってください! では、今日はこの辺で終わりにしましょう!」

(キム・ナヨン : 韓国・ソウルのヤンジャン中学校社会科教師)