池上氏は、教養とは「知識の運用力」だと語ります(画像:『池上彰のこれからの小学生に必要な教養』)

「子どもには、充実した幸せな人生を送ってほしい」

親なら誰でも、そう思うことだろう。しかし変化の激しい時代にあって、子どもが幸せに生きるためには何が必要なのか、どうすればいいのかを見失っている親は少なくない。NHK「週刊こどもニュース」のお父さん役として活躍したジャーナリストで、新著『池上彰のこれからの小学生に必要な教養』を上梓した池上彰氏は、子どもたちにぜひ教養を身につけてほしいと話す。池上氏の語る「教養」とは、どんなものなのだろうか。

クイズ王者に教養があるとは限らない

私の学生時代は、勉強していい学校へ行き、給料のよい会社に入ることが成功のロールモデルでした。もちろん今でもそれは一つの生き方ですが、デジタル化、グローバル化が進む現代では、選択肢はもっと広がっています。

ブログや動画の広告収入で暮らしていくとか、海外で起業してオンラインで仕事をするなどという、以前は想像すらできなかった生き方が珍しくなくなりました。教育現場にはディスカッションや調査レポートを重視するアクティブラーニングが導入され、講義形式の授業に慣れている親御さんたちをとまどわせています。

しかし、どんな時代にあっても、幸せに生きるために身につけておきたいものがあります。それが教養です。

教養は、人生で困難にぶつかった時、助けてくれる人や情報にたどりつく道しるべになります。教養を身につけることでバランスのとれた行動がとれ、社会的に信頼される人にもなります。周囲から好意的に見られることで、自己肯定感も高まることでしょう。どんな時代にあっても、教養は人生のさまざまな局面で強い武器になってくれるのです。

では、教養とはいったい何でしょうか。

それは「知識の運用力」だと、私は考えています。

学校でいろいろなことを学ぶ。本を読む。子どもたちは日々、いろいろな知識を吸収しています。しかしそれではまだ、教養とは言えません。インプットされた知識を暮らしに生かし、つなぎ合わせてよりよい行動につなげていく。それが教養です。

教養は、単なる物知りではない。クイズ番組で全問正解できたからといって、必ずしも教養があるということではないのです。

勉強ができていい学校に入れる頭脳の持ち主なのに、まともなご飯を食べることには無頓着で不健康な暮らしをしている人が周囲にいませんか? 言っていることは正論だけれど、人を思いやることなく徹底的に論破するので周囲に敬遠されがち、なんていう人もいますね。

知識があってもそれを行動に結びつけられない――教養がないと、こういうことになってしまうのです。

教養とはいわば、生きる力です。

これから社会に出ていく子どもたちにはぜひ教養を身につけてもらいたいし、親御さんはわが子に教養を身につけるように働きかけてあげてほしいですね。

銀行に預けたお金は金庫にしまわれている⁉︎

教養は単なる物知りではありません。しかし、土台になるのはやはり知識です。知識がなければ、それをつなぎ合わせてよりよい行動に結びつけていくことはできません。


(画像:『池上彰のこれからの小学生に必要な教養』)

以前出演した番組で、若い人たちに「日本のGDPは世界で何位だと思う?」と聞いたことがあります。すると「100位ぐらい?」と答えが返ってきました。

少し前まで日本の経済規模はアメリカに次いで2位、今は中国に抜かれて3位というのは、私の中では常識レベルの知識なのですが、彼らには「日本はそんなに豊かな国じゃない」という意識があるようです。3位と聞いてびっくりしていましたが、私のほうが驚いてしまいました。

大学生と銀行や債券の話をしていて、話がかみ合わないこともありました。「もしかして、銀行に預けたお金は金庫にしまい込まれていると思っているの?」と尋ねたところ、「違うんですか?」とこれもまた驚かれました。そろそろ世の中に出ていこうという年齢なのに、顧客が預けたお金を貸し出すという、銀行の基本的な役割を知らない。


(画像:『池上彰のこれからの小学生に必要な教養』)

「銀行でお金を借りるのは貧しいからだ」と思っているようで、定収入があるなど返済の見通しの立つ人にしか貸しませんよと説明すると、へぇーと感心します。銀行に借金ができる人にはそれなりの社会的ステイタスがあるという知識がなければ、住宅ローンを組むことだって躊躇するかもしれません。

これは決して一部の特殊な若者の話ではないように思います。

日本の選挙では若者の投票率がとても低いのですが、これも選挙の結果が暮らしに反映するという知識がないことが一因ではないでしょうか。若者が選挙に行かず、60代、70代の政治家が大きな力を持っているために、若い人たちにとって切実な問題である妊娠・出産・仕事と子育ての両立などの政策がなかなか論じられないのです。

あるいは、軽い気持ちでネットいじめやSNSでの中傷を繰り返す。それがデジタルタトゥーとして残ることには無頓着です。

最近の企業は採用しようと思う学生のSNSをチェックすることが多く、しっかり調べると過去の発言もちゃんと出てくる。企業は不採用の理由を教えたりはしませんが、ネットでの発言が影響を及ぼしているケースは少なくないと私は見ています。

知識を得ることは、教養を身につけるための第一歩です。勉強はいい学校へ行く、いい会社に入るためではなく、豊かな人生を送るために必要なのだということを、子どもたちにわかってもらいたいと思います。


(画像:『池上彰のこれからの小学生に必要な教養』)

教養の土台となる知識は手間をかけて手に入れる

最近は、知識のインプットに動画サイトを使う人も増えています。YouTubeやTikTokで調べ物をする子どもも珍しくありません。ただ、こうした動画が玉石混交であることはよく知られています。

特に個人が発信しているものは、偏った考えで作られていたり、思い違い・勘違いをそのまま流したりしているケースがあります。中には、意図的にフェイク情報を流す人も。

これからの社会を生きる子どもたちは否応なくデジタル情報と関わっていきますから、動画やネットをやみくもに遠ざけるわけにはいかないでしょう。ただし、正しい情報は発信するのも手に入れるのも手間がかかるのだということは、伝えてほしいと思います。

ネットには時折「マスゴミ」という言葉が登場します。権力者に忖度して真実を報道しない、都合が悪いことには無視を決め込む。マスコミなんてゴミのような存在だというわけです。

しかし、確認の取れないことは報道しないのが、まともな報道機関の基本姿勢です。何かを報じる時は複数の情報源を当たり、間違いがないかを何人もがチェックします。その過程で確認が取れなければ報道されません。そこまでしても「お詫びして訂正します」となることがたびたびです。正しい情報を発信するのは、そのくらい難しいことなのです。


(画像:『池上彰のこれからの小学生に必要な教養』)

タイムパフォーマンス重視で視聴を早送りするご時世ですが、知識を得る際にはできるだけ手間をかけてほしい。ネット検索で最初に出てきた情報を鵜呑みにするのではなく、複数のサイトを当たってみる。気になることは本でも調べてみるなど、子どもたちにはいろいろな情報源から知識を得る習慣を身につけてもらいたいですね。

教養は知識を掘り下げたその先にある

では、そのようにインプットした知識を教養のレベルに引き上げるには、どうすればいいのでしょうか。それには、ものごとを深く考える姿勢が大切だと思います。


現在の教育課程では小学校6年生から勉強が始まる、歴史の教養を例にとりましょう。

十七条の憲法を定めたのは聖徳太子だとか、江戸幕府の成立は17世紀の初頭だなどと、歴史は暗記ばかりでつまらないと感じているお子さんがいるかもしれません。

しかし歴史の教養は、そこからもう一歩踏み込んだところにあります。そのできごとが世の中をどう変えたのか、歴史の教訓を後世にどう生かすのか。そんなふうに考えを深めていくことで、教養が身につくのです。

○○戦争が起きたのは××年という知識から踏み込んで、「なぜ戦争が起きるのか」「戦争をなくすための取り組みはどうなっているのか」を考える。国連ではこういう決まりを作ったらしい、など。

日本が戦争に巻き込まれることはないのだろうか。沖縄にたくさんアメリカ軍基地があるのはなぜだろう? テレビで言ってる北方領土って何だ? いろいろなことがつながり、知りたいことが増えてきます。

差別はいけないと誰もが思っているけれど、差別はなくならない。なぜなんだろう。考えを深める中で、差別が生まれた経緯を知り、人間の愚かさ・未熟さに気づくこともあるでしょう。そうした発見は、自身が差別をしない、他の人を大切に扱うふるまいに通じるはずです。

歴史を深く掘り下げていくと、「今」は「過去」のできごとの上に成り立っていることがわかってきます。そして、自分もまた「今」をよりよくするための社会の一員だと理解する。それこそが教養だと思うのです。

情報の精度を見抜く選択眼を持ち、正しい知識をインプットする。インプットした知識を掘り下げ、考えを深める。そうやって教養を身につけた子どもは、人生の荒波だって前向きに乗り越えていくと思います。

(池上 彰 : ジャーナリスト)