エスコンフィールド北海道(写真:時事)

「コロナ明け」の今年、プロ野球では順調に客足が戻ってきている。6月9日時点での両リーグの平均観客数は2万7805人。このペースで行けば、年間動員数は2386万人になる。コロナ直前、史上最多の動員を記録した2019年の平均3万0928人、年間2653万人には及ばないが、その9割近くにはなっている。

今季は、マスクの着用が「観客自身の判断」になったほか、応援での「声出し」も解禁になっている。球場はにわかににぎやかに、騒々しくなった。

「応援」を主体とするマーケティングに飽和点?

筆者は毎年60試合ほどプロ野球の試合を観戦しているが、今年は「ヤジ」がかなり目立つ。コロナ前も、観客席から声がかかってはいたが、今年はきつくてネガティブなヤジが特に応援席周辺から飛んでいる印象だ。
6月3日の交流戦、阪神-ロッテ戦では、ロッテ応援団が大声で「ブーイング」を行ったのがきっかけとなってブーイングの応酬となった。これはコロナ前はなかったことだ。

3年もの間、沈黙を強いられたファンがその反動で声をあげているという部分はあるだろう。また、足しげく通うファンによれば3年間の間にファン層が多少入れ替わり、従来のマナーを知らないファンが声をあげていると言う側面があるとのことだ。

そういう問題は散見されるとはいえ、球団関係者は安堵しているところだ。

コロナ禍の最中の2年前に話を聞いた西武、DeNAの営業担当者は「今は観客数も制限され、声出し応援もできないなど苦しいが、とにかく、従来通りの応援ができるようになるまで頑張りたい」と言っていた。ようやくそのときがきたと言えよう。

しかしながら、一方で球団のマーケティング担当者からは「応援を主体とするマーケティングは、そろそろ飽和点が近いのではないか」という声も出始めている。

今のNPBの応援団は自然発生的にできたものではない。「私設応援団」は、昭和中期から存在したが、球団にとっては痛しかゆしの存在だった。

客席の一角に陣取って、鉦や太鼓で応援して球場を盛り上げてくれるのはありがたいが、応援団幹部の中には親族の結婚式に選手の出席を要請したり、サインを強要するなど、目に余る行為もあった。チケット転売をめぐる便宜供与の話もあったし、暴力団や反社会勢力とのつながりも指摘されていた。


名古屋、バンテリンドームにある「暴力団排除宣言」(写真:筆者撮影)

2006年の暴力団対策法の施行以降、NPBは、球場から暴力団、反社勢力を排除するため警察と連携を図って応援団を登録制とした。申請者には団体名、代表者氏名、連絡先、構成員の人数、氏名、住所、連絡先を記入し、顔写真を添付することが求められる。今の応援団は、球団から支給されたIDカードを示して球場に入っている。球団の管理下にあると言ってよいのだ。

球場全体が応援歌を歌うスタイルができた経緯

同時に、NPB球団は「応援」を「コンテンツ」の1つとして活用することにした。

ある球団の元事業部長は、

「プロスポーツのプロモーションのためのコンテンツには、2種類ある。1つは、そのスポーツが好きでもない人に、スタジアムに来てもらうためのコンテンツ。ミュージシャンを呼んでミニコンサートをしたり、物産展をやって地方の特産店を味見させるなど、競技と関係ないイベントでもよい。

2つ目はそうして“たまたま”やってきたお客を『リピーター』にするコンテンツ。『また来たい』と思ってもらえるイベントだ。『応援』は、まさにリピーターを作るためのコンテンツだ」

と語った。

私設応援団がリードする応援に、一般の観客が呼応する。球団は関連する「応援グッズ」を販売するとともに選手ごとの応援歌の歌詞を配布したり、応援団と連携する形で「応援」をリピーター醸成のコンテンツとして強化していった。

その結果として、現在の「球場全体が応援歌を歌い、身体を動かす」ような観戦スタイルができたと言えよう。

IDを持っている応援団そのものは50〜100人程度と言われる。応援団は1球団当たり数団体ある。その周辺に一緒に熱心に応援をするコアなファンがいる。彼らは多くの球場で外野の一角に設けられた「応援席」で応援をする。さらにその外側に応援団の応援に合わせて手を叩いたり、声をあげたりする「普通のファン」がいるという構造だ。

応援団は本業の傍ら年間71〜72試合のホームゲームのほか、ロードのゲームにも出向いている。143試合で応援のない試合は皆無だ。応援団はやりくりをしてロードゲームにも出かけている。「応援団」は、球団公認とはいってもあくまでボランティアだ。金も時間も、体力も、家族の理解もいる。

「プロ野球の応援は、味方の攻撃中はずっと立ったままで声を上げて体を動かして応援するんだ。最近、メンバーの高年齢化が進んでいるから、結構きつい。コロナ禍で応援できない期間が長かったので、メンバーは減ったよ。新入団員もいるけど、なかなか定着しなくてね」

IDを持っている球団公認応援団のメンバーは語る。地方球場では100人ほどしか応援団がいないケースも散見される。

ライトなファンを増やす「ボールパーク化」

実はNPB球団でも「応援中心のマーケティング」を見直す動きが出ている。応援団はマーケティング的にはいわゆる「リピーター」「ヘビーユーザー」ということになるが、こうした客層ではなく、もっとライトなファンを増やすべきではないかという声が出ているのだ。

MLB球団の本拠地では、来場者がバーベキューを楽しんだり、プールやジャグジーから観戦したり、食事やお酒を楽しむような観戦スタイルが一般的になっている。

一生懸命チームや選手を応援するのではなく「野球場の雰囲気を楽しむ」「家族が半日、野球場で楽しく過ごす」ようなお客が主流になっている。
球場自身もイベントやアトラクションをふんだんに盛り込んで、お客が飽きない演出をしている。いわゆる「ボールパーク化」だ。

NPB球団も「ボールパーク化」をはっきり意識している。このコラムで2021年に西武ライオンズの本拠地メットライフドーム(現ベルーナドーム)の改装について紹介した。

飲食施設や子供の遊び場、グッズショップなどを充実させた改装は、まさに「ボールパーク化」を意識したものだと言える。 

ただし、そうなったからと言って「応援団」を軽視しているわけではない。ライトな観客にとって、大音量の応援は、非日常空間を感じさせる「演出」になる。ボールパーク化と「応援団」は共存が可能だと言えよう。

エスコンフィールド北海道の仕掛け

今季開場したエスコンフィールド北海道は、そうしたトレンドをさらに一歩進めた「ボールパーク」だと言える。

球場周辺には、子供用の野球場、池をめぐる庭園、ログハウス風の宿泊施設、ドッグランなどが立ち並ぶ。人気のパン屋には行列ができている。これらの施設は野球の試合がなくても利用することができる。


エスコンフィールドHOKKAIDO エントランス(写真:筆者撮影)

球場内には、これまでの球場の本拠地にはない本格的な飲食街がある。2階の「七つ星横丁」と名付けられたゾーンでは、職人が目の前で握る本格的な寿司店や広島風お好み焼きの店などが並ぶ。

また外野エリアには地元のクラフトビール「よなよなエール」の醸造タンクから直接飲ませるブルワリーレストランもある。

象徴的なのは、そうした店の椅子の一部が「球場に背を向けている」ことだ。「野球を見なくても楽しめる」空間になっている。

エスコンフィールド北海道の定員は3万5000人だが、客席は2万9000席。残りのお客は指定されたエリアで自由に飲食を楽しみ、思い思いに野球を見ることになる。立ち見もOKで、そのためのカウンターもある。これは西武のベルーナドームにもあるが、はるかに規模が大きい。従来の球場では「自分のお席で観戦してください」と係員が声を上げていたが、この球場ではそれはない。

通常、外野のポール横に設けられる「応援団席」は、この球場では3階席にある。応援の声は頭上から振ってくる印象だが、威圧感はそれほどない。


エスコンフィールド内の飲食店(写真:筆者撮影)

筆者は今年、4回球場に足を運んだが、デーゲームでは居酒屋の店員が「午後8時までやってまーす」と声を張り上げていた。球団が販売するチケットの中には「飲食付き」のものもあるのだ。

従来の「観客動員」の概念では収まらない営業スタイル

入り口で渡されたグルメガイドには34もの飲食店があった。球団グッズを販売する「ファイターズフラッグシップストア」もお客で賑わっていた。

この球場では、野球の試合はもとより、名物となったチアガールによる「きつねダンス」も、両軍の大応援団も「お酒や食事を楽しむための演出」と考えることもできる。「野球はあまり知らないけど、こんな球場なら行ってみたい」という声が、ネット上でも数多くみられる。

野球の試合がない日も、一部の施設は営業している。TOWER11ゲートという入り口から入って、飲食を楽しんだり、スタジアムツアーに参加することもできる。


エスコンフィールド最寄りの北広島駅(写真:筆者撮影)

この球場は、アクセスがあまり良くない(最寄りの北広島駅から徒歩約25分)ために、観客数が伸び悩んでいると報じられているが、試合のない日も数千人が来場しているのだ。従来の「観客動員」の概念では収まらない営業スタイルだと言えよう。

MLBの試合を見ていると、3万人、4万人とお客が入っているのに、観客席に空席が目立つことがよくある。これは球団がさばを読んでいるのではなく、お客が試合中も席を立ってスタジアム内をあちこち散策しているからだ。エスコンフィールド北海道も同様だ。

球場を本格的に「ボールパーク化」するには、大規模な設備投資が必要だ。どの球団でもできることではないだろう。しかしライトな顧客の獲得が、今後の球団ビジネスの核になるのは間違いないところだ。

(広尾 晃 : ライター)