アップル「超絶ゴーグル」体験でわかった10のこと
6月5日、アップルの世界開発者会議「WWDC 2023」でプレス向けに披露されたApple Vision Pro。2024年初頭に、3499ドル(約49万円)でアメリカ市場から発売される予定だ(画像:アップル公式サイトより)
アップルが6月5日に披露したまったく新しいデバイス「Apple Vision Pro」。アップル本社で行われた世界開発者会議「WWDC 2023」に参加した筆者は、敷地内の体験スペースでApple Vision Proのデモ機を30分試す機会を得た。
その体験からわかったことを「10のポイント」にまとめてお伝えしたい。
極めて高い完成度
すでに知っている人も、これから知る人も、まずはアップルが公開した説明のビデオを見てほしい。
今回の体験については、「デモの映像通り、あるいはそれ以上のものだった」と振り返ることができる。
デモは第三者視点で描かれているが、自分が実際に見た表示内容は極めて明るく、発色も十分で、かつ遅延がなく、非常に自然な視覚と体の感覚をそのまま持ち込むことができるものだった。デモ機は製造段階前の試作品という位置づけだが、製品、ソフトウェア、その組み合わせである体験は、非常に高い完成度だった。
さまざまなヘッドセットやVR体験をした人は、なかなかアラが見つからないと言うだろう。一方でそうした経験がない人からすれば、むしろ自然さのほうが際立ち、すぐに誰でも日常的な活用に取り組むことができる、慣れが要らない直感的な製品となる。
想像を絶する品質のデモ体験が終わった後で、同じ体験をしていた他国のプレスと同様に、「すごい」という言葉しか出てこなくなってしまっていたので、Twitterで質問を募り、言語化すべきポイントの抽出にご協力いただいた。ご質問いただいた皆様、この場を借りて、お礼申し上げます。また、引き続き、ご質問にお答えしたいと思います。
1. 装着すると重い?装着方法は?
Apple Vision Proを使い始める際にまず重要なのは、視力検査だ。もしメガネを使っている場合、ゴーグル部分の内部に磁石でくっつく視力補正のレンズを装着しなければならない。ただし、コンタクトレンズも利用でき、視線入力や虹彩による個人認証もそのまま利用することができる。
正面から見ると、スキーのゴーグルのような見た目だが、正面には外向きのディスプレーが備わり、現実空間におけるコミュニケーションを助ける(画像:アップル公式サイトより)
次に、自分の顔のスキャンを行う。今回のデモでは、iPhoneを用いて行っていた。Face ID(iPhoneの3D顔認証)と同様の顔前面の登録作業、そしてパーソナライズされた空間オーディオと同様の左耳・顔正面・右耳にかけての登録作業を行う。その後、個人設定されたApple Vision Proを装着することになる。
重さは、450〜500グラム
Apple Vision Proを頭に固定する際には、展示されていたゴーグル部分と、後頭部を支えるニットバンド部分に加えて、頭頂部でデバイスを支えるトップバンドを用いていた。
後頭部のニットバンド。ダイヤルを回すと、オレンジの糸が引っ張られて、締めて固定できる(画像:アップル公式サイトより)
ゴーグルをかけて、ニットバンドについているダイヤルを回し、適度に固定する。ちょうどスキー靴などの締め具合をワイヤーで調節するような調整方法だ。そのうえで、マジックテープで長さを調節できるトップバンドで、頭頂部に重さがかかるところまで締める。
こうして、頭頂部、後頭部、そしておでこと目の下にあるパッドで、Apple Vision Pro全体を支える形となる。重さは、450〜500gと説明を受けた。アメリカではちょうど1lb.(パウンド)という重さに相当する。この手のデバイスとしては軽いほうだが、後頭部側にバッテリーなどの重量があるパーツがないため、顔面側が重たいアンバランスさを感じる人もいるだろう。
2. 誰でも簡単「見てつまむ、インターフェース」
装着すると、まず視線入力の登録作業を行う。画面に現れる6つの点を目で追いかける作業を2度繰り返しておしまい。こちらも1分ほどで終わる。続いて、操作に使う手の登録作業。こちらも一瞬で終わってしまい、使い始める初期設定が完了する。
視線のトラッキングは、ゴーグルの内側のセンサーとカメラを通じて行われる。6つの点を2回見る1分程度の設定作業ですぐに使いこなすことができる(画像:アップル公式サイトより)
Apple Vision Proは、コントローラーなどを使わず操作する。操作したい対象を見て(視線を送り)、親指と人差し指でつまんで離せば、スマホやパソコンでいうところの「タップ」の操作。つまんだまま動かせば、ドラッグやスワイプといった操作になる。
ゴーグルの前方だけでなく下向きにもカメラが備わっており、座っている状態で、ももの上に置いた手でつまむ操作をしても認識してくれる。またつまんだまま動かす動作は、上下左右だけでなく前後の動きもできる。
今までのパソコンやスマートフォンは、「見る」動作と「操作する」動作が分離していた。見て→操作するという手順だった。特にパソコンのマウスは、操作したい対象と、操作するポインターの位置の双方を見なければならないため、慣れが必要だった。
しかしApple Vision Proは、見たものをつまむため、見る動作が操作の一環となっており、また指の位置を問わないため、より直感的なユーザーインターフェースになっているのだ。
肉眼と同じ感覚で行動できる
3. 最大の優位性「現実世界の再現性が極めて高い」
Apple Vision Proを装着してまず最初に、そして最も感動したのが、カメラとディスプレーを通して見ている現実世界が、肉眼で見ている状態と同じ感覚で行動できるという点だった。
MacBook Airと同じM2チップに加えて、12のカメラ、5つのセンサー、6つのマイクから入ってくる情報をリアルタイムに処理するためのR1チップが備わり、肉眼と同じ感覚を画面の中に作り出している(画像:アップル公式サイトより)
ディスプレーを通した映像で発生しがちだった、反応の遅延や、手を伸ばしたときの距離感や位置のずれが感じられない。装着したままでも、机やイスを正確に避けることができ、コップをズレなく掴むことができ、手元の紙のノートにペンで正確にメモを取ることもできる。ゴーグルをつけたままでも、極めて安全に歩き回ることができる。
実空間をApple Vision Proを通じて正確に見ることができるため、その中に配置したウインドーや3Dオブジェクトも、位置や高さなどが非常に正確に再現され、一度置いたら首を振って視野を変えたり、歩き回ってまた戻ってきても、ビシッとその場所にあり続ける。奥行きの位置関係に応じて、物体の前に回り込んだり、後ろに回り込んだり、といった処理もスムーズに行われていた。
Digital Crownを回すと、現実世界と仮想世界の境界を調節することができる(画像:アップル公式サイトより)
ゴーグル部分の右上にあるDigital Crownを回すと、現実世界と仮想世界の境界を調節することができ、現実世界の視界をシャットアウトして完全に没入感に浸ることができる。しかし左右から人が話しかけてくると、その人がぼんやりと浮かび上がり、会話することができる。
今回のデモでは確認する術がなかったが、話し始めると、相手には装着している自分の「目」が、外向きのディスプレーに映し出されるはずだ。
4. ディスプレーの品質は?
ディスプレーはマイクロOLED(有機ELディスプレー)で片目4K以上、合計2300万画素が目の前で広がる。切手大のスクリーンをレンズで拡大しているが、ドットを肉眼で見ることはできないほどに、極めて高精細だ。特に文字表示は滲みなく、印刷のようにくっきりと見える。
片目4K以上の解像度、合計2300万画素の解像度をもつディスプレーは、非常に明るくくっきりと見える(画像:アップル公式サイトより)
視野角は90度前後で、特に上下に若干窮屈さを感じるが、上下左右に首を振っても、カメラを通じた実空間の様子も、表示されたコンテンツも、遅延なく、また破綻なく表示される。
カメラ12台、マイク6台、そして5つのセンサーから取り出される膨大な情報量を、新開発のR1チップがさばいてくれるおかげで、遅延のない体験が作り出され、これがいわゆる「VR酔い」と言われる気持ち悪さを、発生させない理由になるのではないだろうか。
ヘッドホンは不要
5.空間から音が聞こえてくるオーディオ体験
Apple Vision Proでは、内蔵しているスピーカーによって、AirPods Proなどのヘッドホンを使わなくても、豊かな空間オーディオを楽しむことができる。
スピーカーユニットは耳に直接音を届ける仕組みで、ヘッドホンをしなくても空間の広がりを再現する「空間オーディオ」が楽しめる(画像:アップル公式サイトより)
しかも、視野の中に配置している場所から音が聞こえてくるが、例えばFaceTime通話の相手が表示されているウインドーを上下左右、前後に動かすと、声の聞こえ方がリニア(直線的)に変化する。さらに、自分がいる部屋の床の素材などを検知し、音の響き方も、空間に合わせている。デモはじゅうたんが敷かれた部屋で行われたが、フローリングの部屋では、音の聞こえ方が異なるのだ。
またコンテンツを楽しんでいるときは、AirPods Proのノイズキャンセリングのように、外部の音の取り込みが減る。しかし同じ空間にいる誰かに自分が話しかけると、相手の声が聞こえやすくなるよう調整される。
前述のとおり、近くにいる人が視野に浮かび上がってくるので、ゴーグル装着状態でも会話がしやすいよう、自動的に調整される。
装着している人が室内を見ているとき、ゴーグルにはその人の目が映し出され、話しかけやすい雰囲気を作り出す(画像:アップル公式サイトより)
6. 熱くならない?
ARアプリやARゲームなどをiPhoneやiPadで体験すると、端末自体が非常に高温になることがある。カメラが常時ONになり、グラフィックス、機械学習を含めた処理がフル回転するためだ。Apple Vision Proは、その状態を常時こなしていることになる。
しかしながら、30分のデモを終えた後であっても、端末が熱くなったり、熱がおでこに伝わってくることはなかった。M2、R1という2つのチップの熱を、ゴーグル部分の下から吸気し、上に排気する空冷システムが静かに作動し、ゴーグル内に体温以外の熱がこもることを、効率的に防いでいた。
ホワイトボードアプリで資料を共有
7. アバターとのビデオ通話体験
今回のデモにはFaceTime通話が含まれていた。アップル本社の別の場所にいるスタッフからビデオ通話が着信し、応答すると、その人が視野に映し出される。相手もApple Vision Proを装着しているため、通常のウェブカムなどに映ることはできないが、あらかじめ作成しておいたアバター(Persona)が、口の動きや目の動き、手振りなどを自然に伝えてくれていた。
FaceTime通話は、相手がVision Proだけでなく、iPhone、iPad、Macで参加する人とも会話ができる。共有文書を視界に大きく広げたり、画面内もしくは手元の紙のノートでメモを取ったり、非常に自然な会議が展開できる(画像:アップル公式サイトより)
その相手が、ホワイトボードアプリ「フリーボード」を共有してくれた。ビデオ通話でシェアされるコンテンツが空間に大きく広げられ、会議やコラボレーションが円滑に進むことを予期することができた。
繰り返しになるが、これがもし大学の授業の場合、Apple Vision Proを装着したままでも、手元にある紙のノートにメモを取ることは容易だ。普段大学の授業をやっている身からすると、ハイブリッド授業、オンライン授業などで強力な手段となりうる。もちろん、価格というハードルはあるが――。
8. 素晴らしいシアター体験
映像体験も素晴らしいもので、部屋いっぱいどころか、視界を遥かに超えるサイズのスクリーンを配置して映画を楽しむことができる。しかも前述のように高精細なだけでなく、明るさ、発色も申し分ない。一人で楽しむホームシアターのシステムを完全に代替して余りある体験を、Apple Vision Proは提供してくれていた。
視界を遥かに超えるサイズのスクリーンを配置してコンテンツを楽しむことができる(画像:アップル公式サイトより)
3D映画などのコンテンツもそのまま楽しめるが、通常の映画作品を見ると、もしかしたら「カクカクしている」と感じるかもしれない。映画の多くが1秒間に24コマ(フレーム)で提供されているが、頭の動きなどに追従してくる映画以外の部分が24コマよりも素早く描画されるためだ。
匂いまで伝わってきそうな臨場感
9. 空間再現フォトビデオとは?
Apple Vision Proには、12台のカメラが内蔵されており、これらを駆使した3D写真、3Dビデオの撮影が可能だ。今回のデモでは撮影は体験できなかったが、用意されたコンテンツを見ることはできた。
奥行きのある写真やビデオで、誕生日ケーキのロウソクを吹き消すシーンは、煙が自分に向かってきて、まるで匂いまで伝わってきそうな臨場感だった。思い出の記録と再現という点で、今までの写真やビデオとは異なる体験になっている点には同意できる。
ただ、視野角は狭めで、撮影者が見ている方向を記録する、という側面が強い。それはそれで、撮影者の意図を含む追体験という意味が生じるが、空間全体を記録することができれば、より面白みが増すのではないか、と思った。
10. バッテリーの問題
ゴーグルの右側面後方に、電源プラグが用意されている。簡単に外れないよう、捻って固定するタイプが採用されており、そこからケーブルがバッテリーパックにつながっている。手のひらサイズのバッテリーで、Apple Vision Proを2時間駆動させることができる。バッテリーが外付けとなっているため、ゴーグル部分本体の重さが軽くなっている。
また、このバッテリーパックにはUSB-Cポートがついており、ここにACアダプターから給電すれば、2時間の制限なく使い続けることができる。乱暴にいえば、デバイスとしてはMacBook Airかそれ以下の消費電力に抑えられていると予測できるため、USB-PD 30WのACアダプターやモバイルバッテリーからの給電に対応できるのではないだろうか。
Apple Vision Pro、30分という非常に短いデモ体験だったが、視覚、聴覚、触覚、体感が刺激され、非常に濃密な時間だったことを、この原稿をまとめながら改めて再認識することになった。
これまで、コンピューター、スマートフォン、タブレット、ヘッドマウントディスプレー、VRゴーグルなど、さまざまなデバイスに触れてきて、惜しいなと思う点、不安感や不快感を伴う点などを経験してきた。今回体験したApple Vision Proは、弱い部分を見せず、非常にうまくやってのけている現段階で唯一の製品化直前のデバイスだと位置づけることができた。
特に、実際の視覚から大きな違和感を作り出さないよう、遅延を減らすことにチップレベルから注意深く実装している点。さらに空間コンピューターという新しいカテゴリーに合わせて用意した、見てつまむだけの空間インターフェース。これらの要素によって、一般の人が使い始めて、すぐに慣れることができる自然な環境に仕上がっていた。
使ってわかった「コストメリット」
日本円で約49万円。価格が発表されたとき、アップル本社内でライブストリーミングを見ていた開発者たちも、高いと感じたのか、ため息に似た感嘆の声が漏れた。空間コンピューティングという新しい方法のためのインターフェースという、これまでにないデバイスだ。これまでにないからこそ、単純な金額の高さが際立ってしまう。
しかしデモを通じて、体験価値からコストメリットを見出せる場面も見つけることができた。
例えば、有機ELディスプレーやテレビを、視界を覆うようにデスクに3台置きたい場合。あるいは最高に画質がいい200インチのスクリーンとサラウンドシステムを用いたホームシアターを自宅に組みたい場合。49万円という金額は決して高すぎないと言える。
今後、アップルが、空間コンピューティングを、同社全体のどんなポジションに位置づけていくのか。活用している技術がどのように進歩していくのか。そして、現段階で見出せないキラーアプリは、いったい何なのか。
わからないことも少なくないが、生活の一部で人がゴーグル型のデバイスをつけるようになる「行動変容」(=イノベーション)を起こすには十分な製品を見せつけられたと考える。
(松村 太郎 : ジャーナリスト)