ムンバイの街並み(写真:Davidovich / PIXTA)

「人口世界一」「IT大国」として注目されるインドですが、日本人がまだ知らない側面も多々あります。防衛大学校人文社会科学群国際関係学科教授の伊藤融氏の新著『インドの正体』を一部抜粋・再構成し、インドの国力を分析します。

インドの国力は総合的にみて、現時点でも相当高く、今後はさらなる伸びも予測される。2022年、独立して75年になるのに合わせて、モディ首相は演説を行い、現在の若い世代が社会の中軸を担う25年後、つまり独立100周年までにインドを先進国入りさせるとの決意を表明した。

近い将来には、「米中印3Gの時代」が到来するといった見方さえある。インドが経済力や軍事力で、米中に並ぶというのはいいすぎだとしても、3番手につける可能性はきわめて高い。

インドの動向が世界秩序を左右

まさにこの点にこそ、インドの重要性がある。中国の台頭に伴い、アメリカの覇権的地位は揺らいでいる。米中二極の世界の可能性も語られるいま、インドの動向が世界秩序のカギを握ると考えられるからだ。

ここでは、世界のシンクタンクなどが発表しているGDPの長期予測をもとに、とくにインド太平洋地域の未来勢力図を描いてみよう。まず、イギリスを本拠とするシンクタンク、「ビジネス経済研究センター(CBER)」が2022年12月に発表した、『世界経済リーグ・テーブル2023』は、2022年以降、5年ごと、2037年までの各国GDPの見通しを示している(下記図)。

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CBERの報告書によれば、中国は2037年の前年、2036年には、アメリカを抜いて世界一の経済大国となるという。米中逆転の時期は当初は2030年代初めともみられていたが、長期化した「ゼロコロナ政策」とその後の感染拡大などで、その時期がやや遅れるものとみられている。

また中国国内の債務問題、今後の少子高齢化の影響、アメリカによる中国経済とのデカップリング(切り離し)政策や台湾問題などを考えると、中国経済が飛躍的に成長しつづけることはないとの見方もある。

同じころに予測を発表した日本経済研究センターは、2036年以降も中国の成長鈍化がつづく公算が大きく、GDPでアメリカを上回ることはないのではないかとしている。また、いったん中国が逆転したとしても、その後ふたたびアメリカが抜き返すという可能性も指摘されている。

しかしそうした点を割り引いたとしても、2030年代中盤のインド太平洋地域においては、中国とアメリカが並び立つ状況が想定される。このなかで、中国にロシアをくわえた権威主義陣営と、アメリカに日本、オーストラリアをくわえた自由民主主義陣営のGDPが拮抗した状態になるのは、ほぼ間違いないだろう。どちらかが圧倒して覇権を確立するような状態は想定しにくい。

この2030年代中盤のインド太平洋地域秩序を考えるとき、重要な意味をもつのがインドだ。

インドは、この時点で米中とはかなり差があるとはいえ、第3の経済大国となっている。単純に考えれば、インドがどちらの側につくかによって、地域の、少なくとも経済秩序の帰趨が決まる。インドの動き次第で、今後の秩序の主導権は、アメリカを中心とした自由民主主義陣営にも、中国を中心とした権威主義陣営にも行く可能性があるということになる。

2050年の日本とインドのGDP

さらに先の未来図になると、この流れがいっそう明確になる。同じくイギリスを本拠とするグローバルなコンサルタント企業、プライスウォーターハウスクーパース(PwC)は、2017年2月に、『2050年の世界』を発表した。同報告書によれば、中国の成長率が2030年代以降、先進国並みに低下するのとは対照的に、人口ボーナスのつづくインドは、2040年代まで高成長を維持する。

その結果、2050年には、インドのGDPはアメリカの82パーセント、中国の56パーセントにまで接近するという(下記図 )。想像したくはない話かもしれないが、このときには日本のGDPは、インドの4分の1にも満たない。


もっと先の、約半世紀後の予測もある。2022年12 月、アメリカの投資銀行、ゴールドマン・サックスは、2075年までに、インドのGDPはアメリカをも上回り、中国に次ぐ世界第2位の経済大国になると発表した。

さすがに2075年というのは、あまりに遠い話に聞こえるかもしれない。ただ、4半世紀後の2050年であれば、いまの大学生から30代までの世代が、社会の中軸で活躍するはずの、比較的近い、現実味のある未来だ。

さて、この2050年の時点で、各国の軍事費のほうはどうなっているだろうか? 軍事費を支える基盤は、いうまでもなく経済力である。そこで、各国のGDPに占める軍事費の割合が、現在と変わらないものと仮定して、PwCの予測をもとに2050年の軍事費を算出してみた。

そうすると、驚くべき結果となった(下記図)。アメリカは、たとえGDPで逆転されても、軍事費ではナンバー1をなんとか維持している。


ただ、米中軍事費の差は大幅に縮小し、2021年時点での2.8倍から2050年には1.4倍に半減する。

インドの軍事費も伸びる

しかしそれ以上に顕著なのは、インドの伸びだ。2021年時点では中国の27パーセント、アメリカと比べると10パーセントにも満たなかったインドの軍事費は、中国の86パーセントにまで肉薄し、アメリカの63パーセントに達する計算になる。

そうすると、インド軍の戦力は、米中に引けを取らない水準に達していることだろう。中国とのあいだで、国境問題やインド洋で戦闘に突入したとしても、勝利できる、という自信もでてくるかもしれない。

なお、日本では岸田内閣が2022年末、防衛費を2027年度までにGDP比で2パーセントにまで増額すると発表した。これを受け、一部メディアでは、「日本がインドをふたたび抜いて、世界第3位の軍事大国となる」などと報じられている。

これは間違いとまではいわないが、読者や視聴者のミスリードを誘う報道だ。というのも、この計算はあくまでも、2021年時点でのGDPを前提にした話にすぎないからだ。

これまでにみたように、IMFの予測では、2027年に日本のGDPはインドに追い越される。CBERの報告でも、2032年までにはそうなる見通しだ。

だとすると、インドが今後も2.5パーセント前後の軍事費を維持するかぎり、日本の防衛費がインドを上回るなどいうことはまず起こりえない。

このように、今後のインド太平洋地域では、アメリカと中国の国力差が縮小して並ぶようになる、あるいは逆転するかもしれない。アメリカと同盟関係にある日本やオーストラリアは、どう頑張ってみても、現状維持が精一杯だ。そのなかでインドの台頭は確実視される。

インドとどう関わるかが今後のカギ


だとすれば、インド太平洋地域の経済・安全保障秩序のゆくえは、インドがどう動くかによって決する可能性が高くなっているだろう。

通商と航行の自由、民主主義、人権、国際ルールや法の支配、社会の開放性等に立脚したリベラルな国際秩序を今後も維持していきたいのであれば、このカギを握る国をできるだけこちら側に引き寄せるしかない。

インドという国とは、いくら嫌でも、厄介でも、やはり関わらざるをえないのだ。

(伊藤 融 : 防衛大学校人文社会科学群国際関係学科教授)