日本人の給料が25年間上がらない原因は何なのか(写真:khadoma/PIXTA)

円安、物価高、低賃金……日本で働く私たちには不安ばかりがつのる現在の経済事情。過去20〜30年で社会人の給料水準はどのように変わってきたのでしょうか。世界と日本を比べて見てみると、衝撃の事実が見て取れます。

『アベノミクスによろしく』などの著書があり、賃金問題や労働問題、経済政策などに詳しい弁護士の明石順平氏が、『働くときに知っておきたい「自分ごと」のお金の話 データで見る日本経済の現在地』より、日本経済の未来について自分の頭で考えるために必要なデータを集め、解説します。

賃金を25年前と比べてみたら…

光熱費や物価がこれだけ高騰すると、毎日普通の生活を続けていくことも困難で、「私たちはこの先、日本で生きていくことができるのだろうか」と悲観したくもなると思います。とくに、就活生や新入社員などの、今後何十年も働いていかなければならない若い世代の方々にとって、その思いは切実なはずです。

私は、これから先の厳しい時代を生きていくためにできることは、解決策を自分の頭で地道に考えていくこと以外にはないと思っています。そのためには、知識が必要です。中でも私たちの生活に直結する賃金について知っておくことは、自分の将来を守っていくための最初の一歩と言えるでしょう。

実は、私たちが労働の対価としてもらう賃金は、その国の経済状況を如実に映しています。つまり、賃金を見れば、その国の経済状態がよくわかるのです。


賃金を25年前と比べてみたら(名目賃金伸び率:1996-2021年)

この図はOECD加盟国中34カ国の名目賃金について、1996年と比較した2021年の伸び率を示したものです。ちなみに名目賃金とは、見た目の金額そのままの賃金を言います。

ラトビアとエストニアは、700%以上と伸び率が驚異的すぎて、もはやイメージしづらいほどです。そこで、もう少し身近な国を見てみると、例えば韓国の伸び率は169.6%、アメリカは132.2%です。つまり、韓国は25年のあいだに給料が約2.7倍になり、アメリカは約2.3倍になっているのです。

日本はどうでしょうか。なんと、この中で唯一、日本だけが1996年より2021年の名目賃金が下がっています。日本の次に伸びていないスイスでさえ34.4%プラスということを考えると、日本の−3.6%という数字の異常性がわかるでしょう。

実質賃金ではワースト2位

次に見てみたいのが、実質賃金です。実質賃金は、名目賃金を消費者物価指数で割った値のことで、賃金の真の値打ちを表す数値になっています。例えば、名目賃金が2倍になったとしても、物価が同じく2倍になっていたら、実質賃金は変わらないということになります。


より実際的な賃金の伸び率(実質賃金伸び率:1996-2021年)

名目賃金が1996年と比べてマイナスだったことを考えれば、実質賃金のほうが少しはマシ、と言えるかもしれません。それでも、日本の伸び率はたったの2.9%で、下にいるのはスペインだけです。

そして、この名目賃金と実質賃金の状況は、名目GDP、実質GDPの状況とほとんど一致しているのです。GDP(国内総生産)とは一定期間内に国内で算出された付加価値の総額で、国の経済水準を測る基本的指標となります。また、付加価値とは、サービスや商品などを販売したときの価値から原材料費や流通費用などを差し引いた価値のこと。ひと言でいえば「儲け」ということです。

IMF(国際通貨基金)が「先進国」にカテゴライズしている国の名目GDPの、1996年と比較した2021年の伸び率を見てみることにしましょう。


GDPを25年前と比べてみたら(名目GDP伸び率:1996-2021年)

名目賃金と同様、日本はまた断トツ最下位になってしまいました。次に伸びていないイタリアでも69.8%の伸び率なのに、1.2%しか伸びていません。文字通り、日本だけが桁違いに伸びていないのです。次に、実質GDPの伸び率を見てみます。


そして、より実質的な伸び率は(実質GDP伸び率:1996-2021年)

一番伸びていないのがイタリア(10.5%)、次がプエルトリコ(13.2%)、その次が日本(13.6%)なので、名目よりはマシといえるものの、やはりかなり厳しい値なのがわかると思います。このように、名目・実質ともに、賃金とGDPとのあいだに強い相関性があることがわかると思います。賃金が低迷していることはつまり、日本の経済が低迷していることを表しているのです。

日本経済低迷の「真犯人」

この日本経済の低迷に大きく影響しているのが、バブル崩壊とその後の金融危機です。バブルというのは、ある資産の価格が異常に上がってしまう現象のことをいいます。1990年前後に起こった日本のバブルでは、株と不動産が異常に値上がりしました。

このとき、日本は金利を下げる政策をとっていました。それは、1985年に先進5カ国で結ばれたプラザ合意によって「アメリカのドルを安くし、それ以外の通貨(円も含む)を高くする」ことが決まったことに関係しています。これで円高になりますから、経済界は円高によって不景気になることを恐れました。そこで、金利(公定歩合)を下げることでお金を借りやすい状況をつくり、この危機を乗り切ろうと考えたのです。

瞬間的に見れば、この政策は成功しました。お金が借りやすくなったことで、借りたお金が株と不動産に流れ、株価も地価も高くなっていきました。しかし、それがバブルと言われるほど急激に高騰すると、極めて危険な状況になります。それは、金融機関が「お金の貸し過ぎ」という状況に陥るからです。お金の貸し過ぎがなぜ危険なのかを説明しましょう。

ひとまずここで、銀行からお金を借りる、ということがどういうことか考えてみたいと思います。たとえばあなたが銀行から1000万円を借りるとき、銀行はあなたに1000万円の札束を直接渡すのではなく、その銀行に開設したあなたの預金口座に1000万円を入金したという記録をつくります。こうして貸せば貸すほど預金残高が増えますので、世の中のお金が増えていきます。端的に言えば、借金によってお金は増えます。これを信用創造といいます。

そして、大半のお金は預金口座に預けっぱなしになり、みんなが一気に口座からお金を引き出すことは基本的にありません。したがって、銀行は実際に保有しているお金よりも、たくさんのお金を貸すことができます。

しかし、何かのきっかけで銀行が信頼を失い、「預けているお金が引き出せなくなるかもしれない」と思われて、引き出しが殺到するとおしまいです。預金残高全部に対応するお金を本当は保有していないからです。みんなが「預けたお金はいつでもちゃんと引き出せる」と信じているからこの仕組みは成り立ちます。「信用」が全てを支えているのです。

バブルは「貸し過ぎ」の状態であり、預金残高が膨れ上がります。そのお金が株や不動産に流れて異常な値上がりを起こしました。「値段が上がり続ける」という前提さえあれば、いざとなったら株や不動産を売って借金返済に充てられますから、銀行も簡単にお金を貸すようになります。

経済低迷の発端は金利を下げ過ぎたこと

しかし、値段が暴落すると、その前提が成立せず、貸したお金が返ってこなくなります。貸した0金が返ってこない状態になった銀行は信用を失います。そうすると、お金を次々と引き出されてしまい、やがてそれに応じることができない状況に追い込まれ、破綻します。


バブル崩壊後から数年を経た1999年11月から、大手の金融機関が次々と破綻していきましたが、簡単に言うと貸し過ぎたお金が返ってこないため、信用を失ったことが原因です。そこから日本経済は長い停滞期に入っていきました。

こうして考えると、日本の経済の低迷の発端は、金利を下げ過ぎたことです。こうやって金利を引き下げてお金の量を増やすことを金融緩和と言います。これによって、日本はバブル期にものすごく痛い目にあいましたが、「アベノミクス」において、異次元の金融緩和を行い、また同じことを繰り返してしまったのです。

(明石 順平 : 弁護士)