台湾内外のカルチャー界とビジネス界を結ぶキーパーソンとして活躍するJustin氏(提供:Alife)

日本のメディアから「台湾に次のオードリー・タンはいるのか?」と聞かれるたび、脳裏に浮かぶ人物がいる。

彼の名はJustin(游適任)氏。2015年に創業した「持続可能な開発」に特化したコンサルファーム「Plan b」は、錚々たるクライアントから支持を得ている。台湾のローカルバンク数社、テスラ、IKEA本社や台湾電力、台北メトロなどだ。

33歳にして政府公認のエンジェル投資家であり、彼が運営する台湾最大のコワーキングスペースは台湾で唯一、自社で外国人向け就労ビザの推薦が認められているなど、政府からの信頼も厚い。過去に政府のリバースメンターとしてオードリー・タン氏とともに活動していたこともある。

台湾内外のカルチャー界とビジネス界を結ぶキーパーソンとして活躍する彼が、コロナ禍中、自身の集大成ともいえる事業「Alife」をスタートさせた。それは、「利益の再分配」により循環型経済を実現しようというものだ。「今の時代における価値は、お金だけではない」と語る彼の頭の中を知ろうと、話を聞いた。

台湾で急成長する、新しい賃貸サービス

2022年の推計値で、台湾のGDPはついに日本を抜いたとされている。だが台湾で暮らしていると、日本よりずっと格差社会が広がっているように感じる。

2023年2月に台湾政府が発表した2022年度の実質的な月給平均値は4万4417元(およそ22万円強)で、前年比2.8%と成長しているものの、物価の上昇などを鑑みると、実際にはマイナス0.15%であり、2010年以来となる大幅減少であるとされている。

業界別に見ると、金融保険業の平均月給は10万378元(およそ50万円以上)であるのに比べ、教育業、宿泊・飲食業、サービス業はワースト3で、平均月給は3万元台(およそ15万円以上)だ。

台湾ではこれまでは稼いだお金で不動産を購入し、子どもたちに残すことが親が果たすべき役割のような価値観が強かった。しかし近年では異様とも言える不動産インフレもあり、若い世代において、そうした価値観は急速に薄れてきている。

そんな中で登場したのが、Justin氏らが2年間のリサーチを経て立ち上げた事業「Alife」だ。

これは賃貸住宅やオフィスの提供と、その周辺でのサービス提供などによって、一種の「循環型経済」を実現しようという取り組みだ。

「Alife」はまず、パートナーの不動産会社から物件を借り上げ、賃貸住宅やオフィスにリノベーションする。そして、そこに自らが投資するブランドや企業をテナントやサービスとして組み込むことで、その不動産の価値を高めて、居住者向けに貸し出す。

不動産の価値が高まることで利益はさらに拡大し、「Alife」の投資先は不動産の居住者などの利用でより安定した収益を獲得、「Alife」の投資回収率も高まる。

居住者は「Alife」の会員になることで、同じ金額では到底得ることのできないようなQOLの高い生活を送ることができるようになる。

ここでいう循環型経済とは、「Alife」という経済的なゆるいつながりを生み出し、確立することで、それぞれにとってメリットの高いサイクルを実現しようというものだ。

このサービスにおける主要ターゲットは30〜40代のインターネット世代。台湾ではおよそ700万人が該当する。

この世代は人生の目標を結婚や不動産の購入に設定していないため、「目の前の暮らしには構わず、とにかくお金を稼いで家を買おう」とは考えない。そのぶん、自分が望むライフスタイルの充実を重視するし、ジェンダー平等や環境保護への意識も高い。そうした層に、QOLの高い暮らしを提供しようというのだ。

賃貸住宅の家賃は月額1万6000元〜(およそ8万円)に設定。現在は台北市内で「Alife FL」と「Alife WCH」、2棟のマンションを運営している。

実際のところ、「Alife」の現在の平均家賃は2万7000元(およそ13万5000円)ほど。

台北市内で「Alife」のターゲット層が借りている賃貸物件の家賃平均が2万2000〜2万5000元(およそ11万〜12万5000円ほど)ほどだから、それらの物件と比較するとやや高めだ。だが家賃の中にさまざまなサービスが含まれているという点で、一般の賃貸物件と大きく異なる。


士林官邸のほど近くにある「Alife FL」。共有スペースにはテラス、キッチン、視聴覚室などがある(提供:Alife)

「Alife」は新しい生態系

異常ともいえるほどに不動産インフレが加速する台湾では、家賃も毎年吊り上がっている。

高い家賃にプラスして、Wi-Fi環境を整え、NetflixやDisney+に加入し、おしゃれな家電やインテリアを買って、話題の展示会やライブに行くとなると、出費がかさんでしまう。

だが「Alife」の家賃には、そうした会員が欲するライフスタイル系のサービスが含まれているのだ。

Wi-Fiは各部屋に完備され、NetflixやDisney+などの配信サブスクリプションサービスは共有の視聴覚室で見放題。センスのいいインテリアが施された状態の部屋に入居できる。会員なら誰もが利用できる共有空間には、最先端のおしゃれ家電が揃ったキッチンや手入れの行き届いたテラス、おしゃれな業務用洗濯機、ギャラリーやレコード鑑賞スペースなどがある。

士林官邸のほど近くにある「Alife FL」の一階には、台湾で今最も影響力のあるカフェブランドのひとつ「CAFE ACME」が、また台北駅近くの「Alife WCH」の一階にはヘルシードリンクショップの「植薀 Planté」があり、それぞれの入居者は平日毎日一杯、無料で飲むことができる。

もちろん、それぞれのショップは会員以外へもサービス提供できるので、より経営が安定するというわけだ。


(左)「CAFE ACME」のコーヒー、(右)「植薀 Planté」のタピオカドリンク(提供:Alife)

ほかにも、会員限定で参加できる著名人のフリーマーケットやライブ、クリスマスや年越しなどの各種イベントの開催があり、そうした情報が案内される会員限定メールマガジンの発行、提携している清掃会社などライフスタイルブランドによるサブスクリプション、台湾で初となるLINE Payによる家賃の支払い、ペット対応ルームの完備など、充実したサービスが用意されている。

今後は一棟マンション以外に部屋やエリア単位ごとの賃貸物件を増やし、日本を含む海外拠点も展開する予定。サービス開始以来、「Alife」の入居率はつねに90%台後半で、ウェイティングを申し込む人が後を絶たない。

こうした賃貸サービスは居住者またはオフィスの利用者向けに提供されているが、それとは別に、会員限定イベントに参加できる一般会員制度も設けている。Justin氏がこれを「新しい生態系」と呼ぶ。「Alife」の会員組織とその周辺に集まった企業やブランド、著名人たちにとって、より持続可能で経済が循環するしくみを作り出そうとしているのだ。

サービス開始から一年ほどで100組ほどの住居会員、3114人の一般会員、合計3202名の会員を擁し、年間の売上高は2000万元(およそ1億円)を突破した(2021年7月〜2022年6月までの11カ月実績)。


会員限定で実施したフリーマーケットのイベント(提供:Alife)

会員限定で実施されるイベントには、著名人によるフリーマーケットや音楽ライブ、講演会などがあり、なかでもフリーマーケットは1000人以上からの申し込みがあるほど好評だったという。

イベント会場や著名人、ブランドにとっても新規のファンを獲得でき、モノやサービスが売れるなど、メリットは少なくない。

「これまでの不動産業はコンクリートをお金に変えてきたけれど、もうそんな時代ではありません。過去にはマンションの一階にコンビニを入れて利便性をアピールするようなこともありましたが、今はそうした個性のないマンションは売れません。不動産業はコンテンツによって価値を高める時代」とJustin氏は言い切る。


「Alife」のプラットフォーム概念(提供:Alife)

より良いコンテンツがあれば人の流れが生まれ、その場所の価値が高まる。価値が高まることで、場所やコンテンツの持続可能性が高まるーーそんな新しい生態系を生み出すライフスタイルブランドとして、「Alife」は4年以内に現在の売上高の150倍、30億元の達成を目指している。

それでは、Alifeの暮らしは実際のところどうなのだろうか。「Alife FL」に入居して半年ほどになる廖さん(24歳)に話を聞いた。

台中出身の廖さんは、大学院を卒業後、台北にある政府関連の研究施設で助手として働くため、大学生以来の一人暮らしを始めることになった。友人から勧められて「Alife FL」を見学したところ、サービスや設備の良さが気に入り、すぐに入居を決めたという。

現在住んでいるのは、独立した部屋以外に、キッチンとトイレ・シャワーはもう一人の入居者と共用するルームシェアタイプの部屋で、家賃は月額1万6600元(およそ8万3000円)。

「社会に出たばかりの身には安くない金額ですが、政府が作った家賃補助制度に申し込み、1カ月3600元(およそ1万8000円)の補助を受けられることになったので、負担できています。

Alifeは共用スペースがとても充実しているので、友人を呼んで共有キッチンで作った料理を中庭で食べたり、一人の時も視聴覚室でNetflixやDisney+を観るなどして楽しんでいます。クリスマスや年越しに企画されるイベントにもよく参加します」(廖さん)


「Alife FL」に入居して半年ほどになる廖さん(中央)、両隣は「Alife」スタッフ(写真:筆者撮影)

「仕事は自分にとって時間を有意義に使うためのもの。プレッシャーが大きすぎない仕事を選び、しっかり働いて、定時の17時には必ず退社します。

不動産を買いたいとは思わないけれど、貯金して老後に備えたいと思います。でも、生活の中のささやかな幸せは楽しみたい。Alifeはそんな暮らしにぴったりフィットしています」(廖さん)

遊びに来る友人の中にも「Alifeに住みたい!」という人は多く、今のルームメイトが出て行ったら友人を誘って一緒に暮らそうと思っているのだそう。

持続可能な社会のための「利益の再分配」

それでは「Alife」の取り組みが、どのように「利益の再分配」をしているのか。

それにはJustin氏のバックグラウンドが深く関わっている。

Justin氏は大学生時代、22歳の時に2つの会社を起業し、売却に成功している。売却で得た利益を資金に、23歳で台湾初となるコワーキングスペース「混」を台北市内で開業した。

そのコワーキングスペースで、後に彼とともに「Plan b」を創業した張良伊氏と出会う。

張氏は「台湾青少年気候連盟」の創業者であり、大学在籍中の2012年に国連の気候変動会議「UNFCCC(COP18)」に出席した人物でもある。

張氏の加入もあって、「Plan b」は国連がSDGsを掲げる2016年以前から、企業や中央・地方政府、大学などのレビュー作成やコンサルティングをしてきた。現在は、クライアントの内側まで入り込み、実際のプロジェクトの実施にまで事業領域を拡大している。


Justin氏率いる「Plan b」のESGレポートやサステイナブルデベロップメント戦略顧問のクライアント(提供:Plan b)

個人投資家でもあるJustin氏は、台湾の行政院(内閣に相当)国家発展基金公認のエンジェル投資家であり、彼が投資すると決めた投資先には国家発展委員会も同額を投資するという取り組みが6年以上続いている(ただし、500万元以下の投資先に限る)。

個人投資家としての活動と、SDGsやESGを専門とするコンサルファーム「Plan b」の両輪を回すJustin氏は、「持続可能な開発」を考える専門家だ。クライアントや自分たちの未来を考えた時、大規模な「経済の循環」を生み出すしくみの必要性を感じたという。

たとえば彼は二軒の独立系書店に投資をしているが、投資を決めた時、書店側から「投資してもらっても、自分たちは大してお金を稼げないのに」という反応があったという。だがJustin氏は「彼らはすでに人の流れやコンテンツという価値を稼ぐことができているのだから、そのサービス単独でお金を稼がなくて良い。彼らが持続的に稼いでくれる価値のおかげで、そのエリアの不動産価値が高く維持できるということを、パートナーの不動産会社たちもはっきり理解しています」と話す。

「『Alife』も同じ原理です。家賃が上がると可処分所得が減り、消費者たちは映画や展示を観るといった行動を減らさざるを得ません。でも『Alife』の住民が家賃を支払うだけで、私たちが投資して生態系に組み込んでいるカフェや書店、映画館やライブハウス、展示会やクリエイターらの持続性が高まります。そして何より会員たちは出費を気にせず、会員サービスを享受する形で文化的な活動に積極的に参加することができます。私たちも投資先からの回収率が高まるのですから、それぞれにとってメリットがあり、持続性も高まります」(Justin氏)

家賃や会員費を「証券」化する取り組み

さらに、Justin氏は「Alife」が発行する金融商品を開発中だという。

これは「Alife」の会員が支払う家賃や会員費を「証券」化する取り組みで、会員たちにもリターンを受けられるようにしようというものだ。近い将来これが実現すれば、若者たちは「Alife」の証券を財産にすることができる。

一連の独特の取り組みで台湾社会を変えようとするJustin氏。オードリー・タン氏しかり、Justin氏しかり。周囲の大人たちが才能のある人物を年齢やジェンダーといった基準で判断せず、その能力や実績を重視して起用できているからこそ、今、台湾の社会全体が前進しているように思えてならない。

(近藤 弥生子 : ノンフィクションライター)