大いに苦しんだ昨季とはサヨナラ。「堂々の首位」ヴィッセル神戸はなぜ強い。

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明治安田生命J1リーグが開幕して1か月半が経ち、徐々に今シーズンの様相が見えてきた。

昨季の王者、横浜F・マリノスが3位につけるなか、ライバルの川崎フロンターレはすでに2敗を喫し14位に沈むまさかの展開に。J2からの昇格組ではアルビレックス新潟が8位、横浜FCが最下位とこちらも明暗が分かれている。

第5節終了時点で横浜FMを上回っているのが、2位・名古屋グランパスと今回取り上げる首位・ヴィッセル神戸だ。どちらも堅守(名古屋が失点1、神戸は2)を誇り、安定感のある戦いぶりで好スタートを切った。

特に首位の神戸は昨季の序盤戦で大いに苦しみ、幾度の監督交代を経て残留をつかんだのは記憶に新しい。そのクラブが開幕5試合で4勝と充実の結果を残している。今季の神戸はなぜ強いのか。チームを支えるキーマンとともにひも解いていきたい。

開幕5試合の基本システム

まずは、開幕からのリーグ戦5試合での基本システムおよびメンバーを見ていこう。

守護神は安定したセービングに加え、正確なキックにも定評がある前川黛也。今季は右サイドで推進力を発揮する酒井高徳、守備の要へとなりつつある山川哲史、新天地で豊富な経験を生かす本多勇喜、持ち前の攻撃センスが光る初瀬亮の4人が最終ラインの基本形だ。

中盤は攻守に渡る貢献が見逃せない山口蛍とビルドアップに優れる大粼玲央がダブルボランチを形成。新加入ながら不可欠な存在の齊藤未月がトップ下に入る。その齊藤が本職のボランチに回った第5節のサガン鳥栖戦では、東京ヴェルディから加入した井出遥也がトップ下で起用された。

サイドハーフは右が武藤嘉紀、左は汰木康也がファーストチョイスだが、鳥栖戦で決勝点を沈めた泉柊椰が猛烈にアピール。アビスパ福岡との開幕戦で挨拶がわりのゴールを決めたジェアン・パトリッキ、様々な役割をこなすマルチアタッカーの佐々木大樹も存在感を示すセクションだ。

1トップは圧巻のポストプレーで起点となる大迫勇也が絶対的エースとして君臨。2番手はモンテネグロ代表のステファン・ムゴシャで、後半途中からではあるが武藤とパトリッキもこのポジションを務めている。

臨機応変な指揮官の手腕が光る

冒頭で触れた通り、開幕5試合で4勝とスタートダッシュに成功した神戸。その立役者となっているのが、自身3度目の指揮を執る吉田孝行監督だ。

残留争いに巻き込まれた昨季は、苦境を脱するべく6月下旬に監督に就任。「J1残留」という最大の目標に向けて堅守速攻を基本戦術に設定すると、一体感が生まれたチームは息を吹き返す。終盤戦はリーグ戦5連勝を記録するなど一気に巻き返し、最終的に13位でフィニッシュ。J1残留というミッションを無事クリアしたのだった。

いわば”応急処置”だった昨季の4か月を経て迎えた今シーズンは、ハードワークをベースとし、攻守にアグレッシブに戦うスタイルをアップデート。開幕5試合で失点は2(リーグ2位の数字)と堅守が光り、「いい守備からいい攻撃へ」を体現する戦いぶりを披露している。

生命線である前線からのプレスがとりわけ機能したのが、直近の第5節・サガン鳥栖戦だ。ゴールキーパーを含む最終ラインからのビルドアップを徹底する相手に対し、1トップの大迫勇也とトップ下の井出遥也がパスコースを切りながら積極的なプレスで圧力をかけていく。両サイドハーフも連動した守備は狙い通りで、ホームチームをシュート1本と完璧に封じ込んだ。スコアこそ1-0だったが、完勝と言っていい内容だった。

指揮官は基本布陣を4-2-3-1(攻撃時は中盤が逆三角形の4-3-3へと変化)に設定しながらも、アビスパ福岡との開幕戦では1点リードの終盤に5-4-1へ移行し、第2節の北海道コンサドーレ札幌戦は大迫と武藤嘉紀が2トップを組んだ4-4-2でスタートするなど複数のフォーメーションを使い分ける。けが人など自チームの状況と戦況、そして対戦相手の特徴を見極めて臨機応変に戦う手腕は素晴らしい。

戦術を支えるキーマンたち

吉田孝行監督が標榜する攻守一体のスタイルを最前線でけん引するのが、国内屈指のストライカーである大迫勇也だ。昨季はけがに苦しみ、思うようにプレー時間を伸ばせず。チームトップとなるリーグ戦7得点を挙げたが、結果的にカタールワールドカップのメンバーから漏れた。

苦しんだ1年を経た今季は、開幕からコンディションの良さを感じさせるパフォーマンスを随所に見せている。

特に最大の武器であるポストプレーの質はやはり圧倒的だ。相手ディフェンダーの厳しい寄せに屈しないフィジカルの強さはもちろんだが、注目は競り合うタイミング。DFとボールの間に素早く身体を入れることで優位に立ち、全身を巧みに使った熟練の技で文字通りマイボールにして、味方につなげる。

指揮官が求める前線からの守備に関しても、「コースの切り方、消し方が本当にうまいし、加えて強度も高い」(齊藤未月)とチームメイトが絶賛する通りだ。ゴールの有無を問わず、ピッチにいるだけで心強い選手である。

中盤で欠かせないのが、新加入ながらすぐにフィットした齊藤未月だ。持ち味とする豊富な運動量で広範囲をカバーし、攻守に気の利いたプレーで潤滑油となる。本職であるボランチのほかに、トップ下やアンカー(攻撃時)、左サイドハーフ(後半途中から)など複数ポジションで機能するサッカーIQの高さも魅力だ。

特にトップ下で起用された際の精力的なプレスは、守備陣からすれば相当助かるだろう。大迫の働きを讃えている齊藤だが、自身の動きも相当に冴えている。ボール保持者の選択肢を狭めるアプローチは実に効果的で、トップ下に配する指揮官の思いが汲み取れる。

3月下旬に国際親善試合を戦った日本代表には招集されなかったが、説得力のあるプレーが続けばそう遠くない未来に声がかかっても不思議はない。

最終ラインに目を移すと、酒井高徳と初瀬亮の両サイドバックが躍動している。左右どちらもこなせる酒井は今季ここまで、右サイドでのプレーに専念。指揮官がシンプルに前へ仕掛けていく戦術を採用していることもあり、ペナルティエリア内に侵入する機会が増加している。2ゴールを決めた第3節・ガンバ大阪戦では、思い切りのいいシュートで快勝に貢献した。

左サイドの初瀬は、ストロングポイントの正確なクロスで攻撃に彩りを添える。その左足はプレースキックでも発揮され、大胆なサイドチェンジでアクセントにもなる。さらにロングスローによるチャンスメイクもあり、崩しの局面でのアイデアは尽きない。

フィジカルの強さを生かした推進力が強みの酒井が「剛」なら、多彩なキックと技巧で決定機を生み出す初瀬は「柔」といったところか。左右のコントラストも要チェックだ。

“小さな魔法使い”をどう組み込むか?

リーグ戦5試合を終え、ほぼ文句なしの戦いを披露している神戸だが、不安材料もある。それはリードされた展開での仕掛け方だ。

今季ここまでのリーグ戦で唯一の黒星を喫した第4節・浦和レッズ戦。前半に先制を許す展開のなか、77分に泉柊椰を投入したタイミングで大迫勇也と武藤嘉紀の2トップへシフト。ターゲットマンの大迫にロングボールとクロスを集めたが、最後まで浦和の牙城を崩せず0-1で敗れた。

ロングボールで手数をかけずに打開したい意図は伝わったものの、一辺倒になってしまえば必然的に相手守備陣も守りやすくなる。空中戦に加えて、細かなコンビネーションを織り交ぜた崩しの必要性を感じさせた。

その意味で、神戸にはスペシャルな存在がいる。26日に行われたルヴァンカップの横浜FC戦で今季初出場を果たしたアンドレス・イニエスタだ。スペインが生んだ“小さな魔法使い”の武器である精緻なスルーパスは、相手がどれだけ守備を固めていようとも、それを無力化してしまうだけの破壊力がある。

ハードワークを軸とした現在の戦い方、そして5月に39歳となるイニエスタのコンディション面を踏まえれば、フル稼働はおそらく難しいはずだ。例えばラスト20〜30分で投入し、膠着した展開を打破するジョーカーとして役割をまっとうする――。プレータイムに制限を設けつつ、攻撃面で違いを作る形が現実的な起用法となるのではないか。

イニエスタに続き、スペイン人ピボーテのセルジ・サンペールも復帰が待たれる。独特のボールタッチと配給のセンス、戦術眼を持つ彼らをうまく組み込み、スタイルを進化させたい。これからの季節、特に夏場の暑さのなかでハイプレスを持続するのはどうしても厳しいものがある。ポゼッションで“休憩”する時間帯も必要になるはずだ。

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開幕から守備陣にけが人が相次ぐなか、巧みな用兵で乗り切っている指揮官がどのような最適解を導き出すのか。2021シーズンに記録したクラブ歴代最高のリーグ戦3位を超えるために、日々のハードワークと試行錯誤は続いていく。