イオンのパート待遇「大胆改善」が映す相当な覚悟
賃金が上がらない状況が続いてきた日本全体にも影響を及ぼしそうだ(撮影:今井康一)
人材不足への企業の対応を示す、きわめて象徴的な出来事だ。
イオングループの中心的企業で、総合スーパー「イオン」を運営するイオンリテールが売り場のパート社員たちを中心に同業務の正社員と待遇差を解消する施策を始めた。朝日新聞デジタルをはじめ、複数のメディアが報じている。
正社員並みに働くパートの時給を正社員と同等に
すべてのパート社員が対象ではなく、社内試験にも合格せねばならないものの、月に120時間以上働き、売り場で中心的な役割を果たしているパート社員の時給を正社員と同等にする取り組みだ。簡易的な計算となるが月間120時間とは、1日あたり7.5時間の労働時間とすれば、週4日、月間16日に相当する。パート社員といってもかなりイオンに賭けた働き方をしている人が対象のようだ。
これにより基本給は当然として、手当やボーナス、退職金までもが同一条件となる。もともとイオンではパート社員の募集の際に、ほぼ正社員と同等の処遇をすると紹介しているし、正社員での採用もあるとしていたため、従来路線ではある。ただしボーナスや退職金を含めてパート社員の処遇を同一とするインパクトは大きい。
また、冷静にいえば同一企業内の同一労働であれば、同一賃金になるのは当然といえる。同じような能力をもち、同じような実力を発揮している社員たちがいるのだから、パート社員の待遇は同等でしかるべきであろう、と。さまざまなツッコミはあるかもしれない。
とはいえ、現実的には同業他社で同一労働“非”同一賃金の現実がある。その現実において雇用形態における差をつけないイオンリテールの取り組みはインパクトがあるし、実際に報道で大きく取り上げられた。イオンは狙ったわけではなかっただろうが、同業他社の差別化をアピールできた。これから追随する同業他社もでてくるだろう。
ここでイオンの決算状況を見てみよう(なお、これはイオンリテールのみの決算書ではなくイオン全体の決算書だ)。2022年2月期に収益は7兆6574億円で、経常利益は1743億円稼いでいる。立派な業績といえるが、収益比経常利益率は2.3%なのでけっして高いとはいえない。この費用のなかに「従業員給料及び賞与」の1兆382億円が入っている。
同業他社の状況を見てみよう。セブン&アイ・ホールディングスだ。彼らの同じ2022年2月期のデータでは、収益は8兆7450億円で経常利益は3586億円が出ており、収益比経常利益率は4.1%となっている。「従業員給料・賞与」は5648億円だ。
なお、単純に比較しても絶対的な意味はない、と把握しつつも、両社を比べてみる。収益にたいする従業員給料・賞与は下記の通りだ。
●イオン:13.6%
●セブン&アイ・ホールディングス:6.5%
繰り返すと、この単純な比較にさほどの大きな意味はもたせたくはない。セブンはフランチャイズなどで収益の構造が異なる。
普通に見れば、イオンは従業員のコスト比率が高いように見えるだけだ。しかし、私はこの高比率をさらに引き上げようとしている点に、イオンの相当な覚悟と決意を感じる。
イオンの待遇改善の意味
つまり、労働集約型のスーパーマーケットにおいては、人材の獲得が競争力の源泉なのだ。現場の売場づくりの優劣で店舗の売り上げが左右される。実際、私たちは雰囲気や店員の声かけで通う店舗を決めているのではないだろうか。
パーソル総合研究所は5年前の2018年2月に、「2030年には、7073万人の労働需要に対し、6429万人の労働供給しか見込めず、『644万人の人手不足』となる」というレポートを公表していた。これは圧倒的な不足だ。みなさんの職場で1割の人員がいなくなったら仕事が回るかを考えてほしい。
イオンはグループとしてデジタル化を推進しているが、デジタル化といっても、結局は従業員の1人ひとりの頑張りに依存している。女性が非正規として正社員の穴埋めになってきたが、これからは待遇面も大幅に見直す必要があるのだ。
一般的に、企業経営者は人材難が深刻化しなければ賃上げしない。株主にとっても、雇用できるならば、賃上げしないほうが合理的だ。しかし現在は深刻な人手不足の状況だ。いかに職場と処遇の訴求性をあげるべきかが課題といえる。それを証拠に先日、イオングループがパートで働く40万人の時給を7%引き上げると発表した。
日本では2023年のインフレ率が3〜4%と予想されている。だから各社も賃上げの上昇幅もそれに揃えようとしている。しかし、パート社員は同時に自社の顧客でもある。そのパート従業員にイオンはインフレ率を超える時給のアップを果たすのだ。
イオンリテールは正社員が約2万5000人、非正規が約10万人もいる。それだけ社会的責任が大きな企業といえる。イオン全体のパート従業員は全国で働く小売業の少なからぬ比率を占めるとされる。イオンのこの決断は業界全体に大きな影響を与えるだろう。
不当な解雇・雇い止めにも配慮を
可能ならば、不当な解雇に対抗できる権利についても正社員と同等の条件を付してほしいと私は思う。パート社員で報酬が向上しても、正社員と異なってすぐに解雇、雇い止めされる可能性があるのであれば不安は払拭されない。個人の希望に応じて働き続けられる職場が実現したら望ましいだろう。
また日本型の人材流動化が進むとしたら、パート従業員のように正社員と同等条件でありながら、正規従業員とは違った時間で働く方式なのかもしれない。パート従業員もジョブ型で働くイメージだ。
私は小売店が1人ひとりの頑張りに依存していると書いた。イオンはその方向に舵を切った。しかし、もちろん答えは1つだけではない。徹底的な自動化やロボット化、IT化による省人化によって人材不足を乗り越える企業もあるかもしれない。イオンの大幅改善はこれから企業が人材に払っていく報酬の行方にさまざまな示唆や課題を投げかけている。
(坂口 孝則 : 調達・購買業務コンサルタント、講演家)